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IceDoll  


 ‡ 第2章

   《15》



 零はすっと躰を沈めると、わずかな隙を見計らって、するりと鷲塚の脇から逃れた。

 そのまま玄関のある方角を目指して全力で走り、ドアを開けようと急いでノブをつかむ。

(――開かない!?)

 どんなに力を入れて押しても、ロックされているのかドアノブが動かない。

 力いっぱい、ガチャガチャと上下に揺する。

 開かない。何故?

 パニックに陥った零は、何度も体当たりをしたが、堅牢な扉が開くことはなかった。

 背後で嘲弄するような嗤い声が響く。

 はっと振り返った零は、リビングのドアの所で泰然と構えている鷲塚を見つめた。

「それは特殊なロックになっていてな。
 外からも内からも、キーがなければ開かない仕組みになっている」

 そう教えて、からかうように部屋の鍵を指で回して見せる。

 怯えきって両目を見開いた零を見つめ、鷲塚は見る者全てを凍りつかせる凄絶な微笑を唇に刻んだ。

(……どこかに、逃げなければ)

 必死で頭を働かせようとしたが、焦りだけが募り、何の解決策も見いだせない。

 唇が震え、歯がカチカチと鳴り、全身が冷たくなってゆく。

 冷酷な鋼色の瞳から視線を外せず、零は金縛りにあったように動けなくなっていた。

 鷲塚が獲物を追いつめるような足取りで近づいてくる。

「言ったはずだ。お前は俺のものだと。
 逆らうことは許さん」

 鷲塚の鋭い眼差しが、射抜くように零を見つめる。

 その視線に縫い止められてしまったかのように、躰が動かず、力が抜けてゆく。

(……怖い、誰か……助けて)

 手首をつかまれ、ふっと意識が飛びそうになる。

 その時、鷲塚が零の唇を強引に塞いだ。

 認識できず、束の間放心する。

 自分の口の中に入り込んできた柔らかく、生温かい感触にたじろぎ、零は我に返った。

 うなじを大きな手につかまれて固定され、左手首を引き寄せられていた零は、苦しげに眉根を寄せ、低く呻く。

 舌をきつく絡めとられ、痛いほど吸い上げられ、唇に歯を立てられる。

 貪り尽くすような激しいディープキス。

 零にとってのファーストキス――こんな、荒っぽいキスが?

 身をもがかせ、必死になって鷲塚から離れようとすると、手首をもの凄い力で締め上げられた。

 逃れるのは許されないのだと、思い知らされた。

「――やめて……どうして、こんな……」

 ようやく唇が離され、躰が解放された途端、零は床の上にずるずると座り込んでいた。

 いつの間にか大粒の涙があふれ出し、透明な雫が頬を伝い落ちていく。

 そんな零を無表情で見下ろしていた鷲塚は、もう一度腕をつかんで引き起こすと、あっという間に零を抱き上げていた。

「いやだ……おろして――」

 無我夢中で暴れようとする零を、鷲塚は冷ややかに睨みつける。

「逆らうなと言ったはずだ。
 お前の家族がどうなってもいいのか?」

 零は躰を強ばらせ、残酷な男の瞳を呆然と見返していた。

(――そうだ。みんなを、守らなければ……)

 パニックで忘れかけていたが、この鷲塚という恐ろしい男は、零だけでなく、鳴川家の生殺与奪の権をも握っている。

 家族を生かすも殺すも、零の行動次第。

 ならば決して、逆らってはならない。

 それが、どれほどの苦痛を自分自身に与えたとしても。

 自分はこの命を、すでに、売り渡してしまったのだから――。

 零は目を閉じ、全身から力を抜いた。

 まるで、今からギロチン台に上らされる罪人のような気分だった。

 死神の大鎌は、もうすでに振り上げられている。

――逃れることは、できなかった。




 ベッドに下ろされた零は、きつく両目を閉ざし、唇を噛みしめたまま動かない。

 その姿を見下ろし、襟元に手を伸ばした鷲塚は、零が着ているスーツをゆっくりと脱がせていった。

 シャツのボタンをひとつずつ外す。

 零はなされるがまま動かない。

 逆らわないと決意したようだったが、今度は意思の無い人形と化したようだった。

 だが、小刻みに震え続けている躰が、感じている恐怖を伝えてくる。

 鷲塚が、スラックスと下着を無造作に剥ぎ取ってしまうと、零は悲鳴をこらえるようにぎゅっと唇を噛みしめた。

 その瞬間、赤い唇が切れ、さらに紅い血が流れる。

 黄昏の陽射しが差し込む部屋の中で、必死に恐怖と屈辱に耐えている零の顔は、驚くほど艶めかしい。

 色素の薄い亜麻色の髪に指を差し入れると、しなやかな柔らかい感触がする。

 うなじを引き寄せながら、血が伝い落ちる唇に己の唇を重ねた鷲塚は、舌を這わせ、零の血を舐め取った。

(……まるで、天使を犯しているような気分だな)

 新堂が言っていた。

 初めて零を見た時、天使のようだと感じたと。

 人間の無意識に刻まれた、神聖な共通イメージ。

 鷲塚にさえ芽生えた、その感覚。

 そして、穢れ無き存在を、力づくで貶(おとし)め、黒々とした欲望で汚していく背徳の喜びも――。

 互いの唾液が混ざり合い、糸を引くほど淫らに、わななく零の唇に口づける。

 キスの仕方も知らない無垢なる者に、己の存在を示すように。

 深く重ね合わせ、塞いだ零の口の中を、鷲塚は舌先で丹念になぞり、敏感な上顎まで舐め上げた。

「……んっ…ぅんっ……ふっ……」

 必死に声を殺そうと耐えながらも、零の眉間が苦しげに歪み、鷲塚の肩を押し返そうと両手に力がこもる。

鼻を抜ける小さな喘ぎは、鷲塚の欲望に青白い炎を灯し、じりじりと灼き始めていた。

(何故、お前に……この俺が惹かれるのか――)

 理由が、判らない。

 だが、欲しいから、手に入れた。

 そして今、囚われた獲物は、組み敷かれて声を上げる。

 快楽に耐えられなくなるまで追い詰め、啼かせてみようか。

 最後は鷲塚自身にすがりつかせて、許しを請わせ、求めさせる。

 どこまでも、堕ちてくればいい……這い上がることのできない闇の底まで。

 零の唇を思うがままに蹂躙しながら、情欲に染まった思考の欠片が頭を過る。

 鷲塚は長いキスを終え、はぁはぁと胸を喘がせて呼吸を乱す零の姿を見下ろした。

 傷一つない躰は、男にしては細く、華奢すぎたが、それでも綺麗に筋肉がついている。

 シーツの上に力無く投げ出されたしなやかな長い腕は、眩しいくらいに白く、柔らかい。

 胸元に豊かな丸い乳房は無かったが、女になる前の少女のような柔らかな曲線を描き、さらに細くえぐれた腹部が優美な弧が続いていた。

 そして、清純そうな零でさえ備える性器。

 両脚の間に根付くペニスは驚くほど矮小で、怯えきり、力無くうなだれている。

 これで、女を相手にできるとは思えない。

 勃起や射精といった男性機能があるのかさえ怪しい。

 零が風俗を頑なに拒んでいたのは、これを隠すためか――。

 男の間では、どうしても矮小陰茎(マイクロペニス)は嘲笑の的となる。

 それにもかかわらず、不思議とその形は、鷲塚の目に淫靡に映り、零に似つかわしいように感じられた。

 根源的な人間の肉欲を、どこまでも拒絶しているようで。

 彫刻を品定めするかのような手つきで、鷲塚は零の肉体をゆっくりとなぞり、滑らかな肌の感触を味わう。

 ときおりびくんと躰が痙攣する。

 感じないよう必死で耐えているのか、零はそのまま動かない。

「……ひっ!」

 だが、鷲塚の手が腰から大腿を撫でた瞬間、零の躰が大きく跳ね上がった。

「――いやだ……お願いだから、もう……見ないで……」

 先ほどまでの固い決意が嘘のように、零の心がもろく崩れ、双眸から涙が流れ落ちる。

 両眼を眇めたを鷲塚は、嫌がる零の両膝に手をかけ、逃れようと抗う細い躰を押さえ込む。

「いやあっ! やめて…見ないでっ!」

 声を振り絞るような悲鳴が上がったが、閉ざそうとする両足を強引に割って、鷲塚は己の躰をねじ込んだ。

 その途端、零の躰からがくんと力が抜ける。

 気絶したのかと鷲塚は思ったが、零は両目を呆然と見開いたまま、瞬きもせずに涙を流し続けている。

「――なるほど。お前はこんな秘密を隠していたのか……」

 さすがに驚愕を隠しきれず、鷲塚は低く呟いて、不可思議な性器を探るように指先でなぞり上げた。

 秘裂からささやかな男根に触れた瞬間、白い躰がびくりと反応する。

「男のモノと、女のモノと……まさしく天使というわけだな」

 その形状を確かめるように触れながら、鷲塚は、顔を背けている零の表情をつぶさに観察していた。

 これほど極端な反応を示すことから考えれば、恐らく零は、人前で秘部をさらしたことなど無かったのだろう。

 セックスはおろか、自慰の経験さえ無いかもしれない。

 試しに小さなペニスを指でしごいてやると、零は引きつれた拒絶の悲鳴を上げた。

 優しげな美貌は血の気が引いて青ざめ、恐怖と屈辱に怯えきっている。

 この肉体を力づくで引き裂けば、零の精神は崩壊するかもしれない。

 ようやく捕えた獲物なのだ。発狂させてしまっては、元も子もなくなる。

 だが、頭の隅では冷静に考えつつも、鷲塚は、己の獣欲が途方もなく膨れ上がっていくのを感じていた。

 無垢なる者を自らの手で堕落させ、淫らな情事と悦楽に溺れさてゆく――サディスティックな恍惚と、官能的な罪悪感の交錯。

 獣じみた肉欲とは無縁のような風情であり、快楽を感じるのかさえ疑わしかったが、鷲塚は躊躇わなかった。

 細くしなやかな躰に覆い被さった鷲塚は、もう一度零の唇を捕らえ、深く口づけた。

 応えてくる様子はなかったが、構わずに白い首筋や柔らかな腕の付け根にキスを落とす。

 その間も、絶え間なく全身に掌を滑らせていった。

 やがて、淡い飾りのような乳首に鷲塚が舌を這わせ始めた時、不意に零が身を震わせた。

 なおも執拗に舐り、吸い上げると、舌先に引っかかる突起が生れる。

 そこに甘く歯を立てた途端、零の喉がひくっと大きく上下し、その扇情的な動きに見惚れて、鷲塚はキスを落とした。