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猛る獅竜と永遠の契りを


《第1章》 闇に潜む魔獣

<11>



「門の見張り番は一人。
 とはいえ、さほど職務に忠実とは言えんな」

 路地の角から守衛をうかがい見たグウィンザが、辛辣な口調で呟く。

 深々と顎の先までマントの頭巾を下ろしていたエリュイは、布の端を持ち上げて同じ方向を観察しようとしたが、すぐにグウィンザが歩き出してしまったため、何も見ないまま急ぎ足で追いかけた。

 着込まれているせいであちこち擦り切れているが、足首まで届く黒革の外套を着たグウィンザは威圧的だった。

 ただでさえ背が高く、黙っていると険しい強面であるため、目の前に立たれた守衛は怯えたように顔を引き攣らせる。

「ホルゼに会いに来た。預けた物を返してもらいにな」

 低いがよく響く声。

 聞き間違えるはずのないグウィンザのその言葉に、守衛は肩をいからせ、ぎくしゃくした動作で背後を振り返った。

「ホルゼさんは……今日は誰にも会いたくないらしい」

 恐らく、誰も通すなとホルゼから言われているのだろう。

 守衛はそう答えたが、声音には哀願するような響きがある。

 このままグウィンザが素直に引き下がれば、むしろ感謝されるかもしれない。

「あいつの都合など知らん。
 怪我をしたくなければ、ここを通せ。あいつと直接話をつけてくる」

 グウィンザはすげなくあしらい、居丈高にそう命じる。

 侵入者を排除するための長い木杖を手にしていた守衛は、どうするべきかと迷うように、何度も武器を握り直した。

 グウィンザは、馬と共に武器を全て置いてきている。

 武器を持った相手と戦うには不利なはずだったが、意に介した様子もなく平然としている。

 その剛胆さに驚きつつも、どうなることかとエリュイははらはらしながら見守っていた。

「や、やはり、ここを通すわけにはいかん。ホルゼさんは──」

「ホルゼでなければ良いのか?」

 守衛の言葉を遮り、眩い金貨を指先に閃かせたグウィンザが、にやりと笑う。

 きょとんと目を瞠った守衛の肩を馴れ馴れしく抱き寄せるようにして、グウィンザは声をひそめて話しかけた。

「俺が会いに来たのがホルゼじゃなければ、お前は何の問題も無く俺を通せるわけだろう?
 なら、俺が会いたいのはマルクだ。それなら良いか?」

「何を言ってるんだ、貴様は。
 そもそも、マルクなんて住人は──ぐふっ!」

 人目につきにくい門の隅まで連れ込まれていた守衛は、苦悶の呻きを上げ、グウィンザの腕にぶら下がるようにぐったりと崩れ落ちた。

「おいおい……朝から酔っ払っていると、ろくな事はないぞ」

 昏倒した守衛を気遣うように話しかけながら、グウィンザはその腰にぶら下がっていた門の鍵を取り上げる。

 何が起こったのか判らず立ち尽くしていたエリュイに、グウィンザは鍵束を放り投げると、人の悪い笑みを浮かべたまま顎をしゃくって見せた。

「エリュイ。悪いが、この門を開けてやってくれ。
 気分が悪くて動けないらしい」

「は……はいっ!」

 言われた通りにエリュイが門を開けると、グウィンザは守衛を介助するように肩を抱いたまま中へ入った。

「誰か入ってきて騒ぐと面倒だ。門の鍵を下ろしておけよ」

 中庭の植え込みの中に、気絶した守衛を無造作に放り込んだグウィンザは、何事も無かったかのように悠々と周囲を眺めている。

 荒事に慣れたその様子にただただ驚きながら、エリュイは身を翻し、鉄の門に閂(かんぬき)を下ろした。

 ここの住人が戻ってきて、守衛が倒れていることに気づいたら、確かに大騒ぎになるに違いない。

「さて、第一関門は突破だ。次はホルゼの部屋だな。どこだ?」

「三階の……一番奥まったあの部屋です。
 大通りから離れているから静かだと言ってました」

 ほとんど同じ玄関口が連なる風景を見回し、エリュイは三階の回廊を指差した。



 鉄細工の瀟洒な手すりがついた石の階段を、足音を忍ばせて上がる。

 幸い他の住人に出会うこともなく、二人はホルゼが住む部屋の前まで辿り着いた。

 どうするのかとエリュイが問いかけようとすると、壁際に身を寄せていたグウィンザが片手を伸ばし、さっと口を塞ぐ。

 大きな掌に鼻まで押さえられたエリュイは、そのままグウィンザの躰に引き寄せられ、動けなくなった。

 上目遣いで訴えたが、グウィンザは内部の音に集中しているのか、振り返りもしない。

 息苦しくなり、低く呻いたところでようやく、グウィンザは抱き込んでいたエリュイを解放した。

「ああ、すまん。中に何人いるのか確かめていた。
 どうやらお友達を呼んで、楽しくやっているようだぞ」

「こんな朝早くから宴会ですか?」

「まだ夜の続きだと勘違いしてるんじゃないのか?
 ともあれ、連中が暴れ始めると近所迷惑だ。さっさと片をつけることにしよう」

 からかいを含んだ言葉とは裏腹に、グウィンザの双眸が鋭く光る。

 乱闘が起こることを期待しているかのように、楽しげでもあった。

 狩りを前にして高揚する猛獣のような雰囲気に、エリュイは思わず見惚れてしまう。

 鍛え上げられたグウィンザの体躯から放たれる気迫は、あまりにも鮮烈で、有無を言わせぬ迫力があった。

「俺が先に中に入る。お前は後から来て、扉を閉めろ。
 できるだけ、俺の目が届く所にいてくれ。無茶はするなよ」

 グウィンザが両手の拳を何度か開閉させると、指の関節がボキボキと鳴る。

 怖じ気づいた様子など微塵もないその顔には、愉快だと言わんばかりの薄笑みが浮かんでいた。

 まるで友人の家を訪ねて来たかのように、グウィンザはホルゼの部屋の玄関を拳で叩いた。

 エリュイは、扉の影になる壁際に背中を押しつけ、息をひそめて待つ。

 ややあってから、「誰だ?」と問う低い男の声が部屋の中から響いてきた。

 ホルゼの声ではない。

「俺だ。忘れ物を取りに来た。ホルゼに会わせろ」

 そう言い放ったグウィンザの声は傲岸不遜で、中の男を苛立たせるものだったのだろう。

 束の間静かになった部屋の中から、不機嫌な顔つきの、見るからに粗暴な気配を漂わせた巨漢が現れた。

 身長はグウィンザよりも低いくらいだが、その横幅は上回っている。

 男の躰が戸口を塞いでいるため、中に入る隙など見つけられない。

「何だ、てめえは?」

 グウィンザを睨みつけ、男は恫喝する。

 思わず息を止めていたエリュイは、男の視線が自分に注がれるのではないかとドキドキしながら見守っていた。

 次の瞬間、グウィンザの右拳が跳ね上がり、男の鳩尾に叩き込まれる。

「ぐおぉっ!」

 激痛に呻いた男が上半身を屈めると、グウィンザの強靱な足がさらに閃き、無防備になっている顔面を情け容赦なく蹴り飛ばした。

 凄まじい衝撃を浴びて、巨漢は部屋の中へと吹っ飛ぶ。

「無礼な輩は嫌いでな。
『失礼ですが、どちら様でしょうか?』くらいは言ってくれ」

 飄々とうそぶきながら部屋の中に踏み入ったグウィンザに、いきり立った別の男が襲いかかってくる。

 怒号と揉み合い、殴りつけるような打撃音。

 中の様子をうかがい知ることができず、繰り返される乱闘だけを聞いていたエリュイは、部屋の扉が開けっ放しになっているのに気づき、グウィンザの後を追って慌てて中に飛び込んだ。

 近所に騒音が漏れ出ないよう、言われた通りに扉を閉め、閂を下ろす。

 玄関を入ってすぐの床に、口から泡を吹いた巨漢が倒れていた。

 その躰を飛び越えて居間に続く廊下を抜けると、さらに男が二人折り重なるようにして気絶をしている。

 居間に入った途端、グウィンザが別の男を壁に投げ飛ばす姿が目に飛び込んできた。

 とっさに立ちすくんだエリュイの右手側から、ホルゼの怒鳴り声が浴びせられた。

「──エリュイ! お前、この恩知らずが! 助けてやったのを忘れたのか!」

 エリュイは、込み上がる怒りに躰をわななかせながら、寝室に続く扉の前で逃げ腰になっているホルゼに向き直った。

 メギュレから受けた辱めは、笑って許せるようなものでは決してない。

 そうなる事が判っていて、ホルゼは、エリュイを《石竜館》に行かせたのだ。

 恐らくはこれまでにも、同じように、他の誰かを陥れてきたのだろう。

「助けるつもりなんて、最初から、無かったんでしょう?
 今までにも、あなたはメギュレと共謀して、あの救貧院から何も知らない人たちを連れ出し、悪事に利用していたのではないんですか?」

 できるだけ平静な声で話しかけようとしたが、やはり声が上擦ってしまう。

 だが、エリュイを護るように、グウィンザが斜に構えて前に立つと、不思議なほど気分が落ち着いた。

「とんだ言いがかりだ! 
 お前の方こそ、金持ちを誑かして、美味い汁を啜ろうとしていたんだろう?
 だいたい、どうしてお前はまた、その男と一緒にいるんだ。
 最初から俺を騙そうとしていたのか!」

 見比べるように、二人の顔の上を忙しく往復していたホルゼの視線が止まり、激しい嫌悪をエリュイに浴びせてくる。

 喚き散らすホルゼを呆れたように見やり、両腕を組んだグウィンザがふんと鼻先で笑った。

「支離滅裂とはこの事だな。とにかく──エリュイの持ち物をさっさと返せ。
 銀の護符と短剣だ。
 ついでに、腹黒い《石竜館》の主殿が、いったい誰にエリュイを売ろうとしていたのか、何を企んでいるのか。
 貴様が知っていることを、洗いざらい喋ってもらおうか」

 生ける災厄そのもののグウィンザの言葉に、ホルゼは色を失った。