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妖精王の光環


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「……一度、ストーンヘンジが見てみたいな」

 クリスマスが間近に迫ったある日、大学構内のカフェテリアでランチをしていた白神凛(シラカミ リン)は、突然思い立ったように呟いた。

 大盛りカツカレー定食を食べていた友人の仙崎空我(センザキ クウガ)は、凛の言葉を聞いた途端、男らしい黒くくっきりとした眉を怪訝そうにつりあげた。

「──そりゃまた何で? どうして急に世界遺産が見たくなったんだ? 
 この間は、アメリカの研修に行きたいとかって言ってただろう?」

 空我の言葉に、凛はテーブルに頬杖をついたまま、視線を天井に向けた。

「それはそうなんだけど……」

 日頃、歯切れの良い物言いをする凛にしては珍しく、曖昧に口ごもってしまう。

 一方、大皿に盛られたカツカレーを綺麗に平らげてしまった空我は、まだ半分以上も残っている凛の皿に長い腕を伸ばした。

 凛が食べていたチキンのトマト煮から、空我は大きな肉の塊だけを選び取ると、凛が制止する間もなくペロリと食べてしまう。

「……おまえ、その大盛り食って、まだ腹減ってるのか?」

 呆れたように凛が睨むと、空我はニヤニヤと笑いながら、紙ナプキンで口許を拭った。

「少食な凛ちゃんが残さなくて済むよう、親切に手伝ってやったんだろ。
 それより──どうしてストーンヘンジが見たいんだって?」

 中学校時代からの友人である空我は、感謝しろと言わんばかりの口調でそう言い、凛の躊躇を看破するように強引に聞き直してきた。

 凛は法学部に在籍しているが、空我は経済学部に属している。

 将来、父親が経営する貿易会社の後継者となるべく、日々己を切磋琢磨し、精進を積み重ねている──というのが空我本人の談であるが、凛から見ると、ただラグビーと合コンに明け暮れているようにしか思えない。

 身長は185センチと長身で、ラグビーで鍛えているせいか体格はがっちりとしており、空我はまさに筋肉隆々のマッチョマンに見えた。

 さらに彼は、高い鼻梁を持つ荒削りな彫りの深い顔立ちをしており、切れ長の目許に若武者のような清涼感があるせいか、合コンに参加すれば当然のごとく一番人気である。

 どうやら天は、空我に対しては二物も三物も与えたようで、全身が筋肉で構成されているように見えるわりには彼は頭脳明晰であり、性格も多少強引なところはあるが、驕るところがなく明朗快活だった。

 その空我が、どうして完全に毛色の違う凛と、ずっと友達付き合いをしているのかは、甚だ謎であったが──。

 どう説明しようかと考えているうちに、凛はじっと空我を凝視していた。

 すると、空我は浅黒く日焼けした顔をわずかに赤らめ、困惑したように視線を逸らす。

「おい、そんなに見つめるなよ──照れるじゃねえか」

 空我にそう言われた途端、はっと我に返った凛は、手の甲に顎を載せたまま小さく苦笑した。

「ああ、悪い──何から話そうかと考えてたんだ。
 どうせ聞いたら、おまえ、笑うんだろうし……」

「マジメな話だったら、笑わねえよ」

 少し憮然としたように唇を尖らせ、空我は凛の瞳を覗き込むように身を乗り出してきた。

 間近に迫った友人のハンサムな顔を見返し、凛は迫力に押されたようにわずかに身を反らすと、今朝方も見た夢について話し始めた。

「実はさ……最近、立て続けにストーンヘンジっぽい遺跡を、夢に見るんだ。
 緑の丘の上に遺跡が立ってて、その上に満月と本当に沢山の星が輝いてる」

 凛の話を聞いていた空我は、驚いたように切れ長の双眸を瞠り、ややあってからにやりと唇に笑みを刻んだ。

「──いつもクールな凛ちゃんにしては、えらくまたロマンティックな夢だな」

 その瞬間、凛の双眸が冷ややかに眇められた。

「空我──笑わないって言ったばかりだろう。
 真面目に聞く気が無いんだったら、二度とおまえには話さないぞ」

「真面目に聞いてるぜ、俺は。
 ただ、ちょっと感動しただけだ──それで?」

 くすくすと笑った空我は、話の先を促すように、頬杖を突いたまま首を傾げた。

 嘆息をもらした凛は、軽く肩をすくめて見せた。

「夢の中で、その遺跡の真ん中に立ってる俺は……そこから夜空を見上げてるんだ」

「……それで?」

「それでって……それだけだよ」

 凛がそう言うと、空我は眉根を寄せて「はあっ?」と戸惑ったように口を開けた。

「──つまり、ストーンヘンジの中で、おまえはただぼ〜っと夜空を見上げてるわけ?」

 簡潔に要約された空我の言葉にむっとした凛は、ふんと鼻を鳴らしてそっぽ向いた。

「悪かったな──夢なんだからしょうがないだろ?
 俺だって、どうしてこんな夢を見たのか判らないんだから」

 硬く強張った凛の表情を見て、さすがにまずいと思ったのか、空我が宥めるような口調で告げた。

「おまえの潜在願望じゃないのか、それって。
 本当は……法学部じゃなくて、史学部に行きたかったとか」

「バカ言うなよ──ストーンヘンジなんて、イングランド形成以前の古代史だぞ。
 そりゃあ、確かに面白そうだとは思うけど……」

「判った、判った。じゃあ、何でストーンヘンジが見たいって、いきなり言い出したんだ?」

 最初の質問に戻した空我を、凛は横目で冷ややかに流し見ると、時間を確認するように腕時計に視線を戻した。

「もうすぐ冬休みだから、この際、イギリスに行って、この目で確かめてこようと思ってさ。
 ──空我、おまえ、そろそろ次の講義始まる時間だろ?」

 そう言ってテーブルから立とうとすると、ひどく険しい表情を浮かべていた空我は、凛の手首をがっちりとつかんだ。

「待てよ、凛──冬休みにイギリスに行くって?」

 尋問するような厳しい声を発した空我に驚き、凛は訝しげに首を傾げた。

「何か無意識に感じてるものがあるなら、それを見たら答えが出るかもしれないだろ?」

「……凛、もしかして、おまえ一人で行くつもりなのか?」

「ツアーだといろいろ煩わしいからな。
 英語はある程度喋れるから、イギリスだったら何とかなると思う」

 ところが、空我はその意見には賛同できなかったようで、凛の手首を強く掴んだまま首を横に振った。

「一人で行くのは止めとけ、凛──危険すぎる。
 路地に引っ張り込まれて、襲われたらどうするつもりだ?」

 どうやら本当に真剣に言っているらしい友人を見返し、一瞬呆然としていた凛は、呆れ果てたというように盛大なため息をついた。

「女の子だって個人旅行する時代なんだぞ。
 どうして男の俺が、路地に引き込まれて、襲われなきゃいけないんだ?」

 もぎ取るようにして手首を引いた凛を、空我は恐ろしいほどに強い眼差しで見つめた。

「凛──おまえ、じっくりと鏡見たことあるか?」

「……は?」

 訳が分からない質問に、凛は思わず唖然としていた。

「鏡って……あるに決まってるだろ」

 すると、空我は深い皺が刻まれた眉間を指先で押さえ、首を横に振りながら深い深いため息をついた。

「凛──俺も一緒に行くから、予定教えてくれ。
 飛行機のチケットとか、ホテルの予約は終わってるのか?」

 空我の言葉に仰天した凛は、疑問を覚える前に、反射的にかぶりを振っていた。

「いや……まだ全然何も決めてない。
 一人だったら、いつでも行けると思ってたし──」

「だったら、ちょうど良いか。
 俺の叔父貴がロンドンにいるから、ホテルの手配は頼もう。
 チケットは親父に相談してみる──出張用にキープしてある分があるだろうから、それを使わせてもらえないかって」

 そう言って、空我は早速携帯電話を取り出し、テキパキとした調子でロンドン行きの飛行機や宿泊の手配をし始めた。

「だいたい凛──真冬のイギリスなんて、遊びに行くところじゃねえぞ。
 寒いし、日は短いし……食事はまずい」

 ぶつぶつと不平をこぼしつつ、空我は電話で予定を立てていく。

 しばらく思考回路がフリーズし、ただ呆然と友人の姿を見つめていた凛は、信じられない思いで訊ねていた。

「なあ、空我……おまえ、本当に一緒に来るのか?
 そんなに嫌なら、来なくていいんだぞ、別に」

「バカ言うな。おまえを一人で、物騒な外国なんぞに行かせられるか。
 そもそも俺は遊びに行くんじゃない。
 おまえが襲われたり、迷子にならないようにするために、同行するんだからな」

 力強く断言した空我を見つめていた凛は、何度か瞬きした後、ぽつりと呟くように質問した。

「そうか、判った──……それで結局、俺達はいつ行くことになったんだ?」