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妖精王の光環


<23>



 レウィーナが語った神話の中に、先刻アルヴァールやエルダインから聞いた話の中に出てきた名前を聞き取り、凛は軽く目を瞠った。

「ダルヴァというのは……バルディーズの左眼に封じられたっていう邪神ですよね?」

 一度、頭の中の知識を整理しなければいけないと思いつつ、凛はそう質問した。

 レウィーナはうなずき、凛の向かい側に置かれた椅子に腰を下ろすと、どう説明したものかと思いあぐねるように首を傾げた。

「ダルヴァは、<光の神族>……白き神々とも呼ばれる神族の長ルファール神の息子だったと言われています。
 誰よりも強く、美しく、賢かったそうなのですが、自分が七柱の神でないことを不満に思っていたようです。
 それゆえに、ダルヴァは、ルファール神の最年少の弟神リィーンを殺してしまった。
 その後、戦いに破れたダルヴァは、永劫に消える事のない劫火の中に閉じ込められ、この世界に終焉が訪れるまで焼かれ続ける罰を架せられたそうです」

 レウィーナの話を聞き、凛は一瞬顔をしかめた。

「ところが、どうしてだかそのダルヴァって神様が蘇り、今はバルディーズの左眼の中にいる……ってことですか?」

 凛がそう訊ねると、レウィーナはうなずいた。

「イルダールの魔道師が、どうやってダルヴァを呼び起こす方法を知り得たのか、それはいまだに判りません。
 ただ、それを知ったランゴール王は、どうしても邪神の力が欲しくなった。
 その力を手に入れれば、世界を支配することができると、そう思ったのでしょう」

 レウィーナは寂しそうに自分の掌を見下ろし、祈るような形に両手の指を組んだ。

「神々の力を、どうしてエルフや人の力で制御することができるでしょう?
 イルダールがいくら魔術を発展させようと、神々の力を望むのは愚かな事です。
 けれど、災いは放たれ、ゆっくりと世界に広がろうとしている。
 エルフたちは、均衡が崩れ始めたこの世界の行方を憂えています。
 だからこそアルヴァール様は、何とか破滅を防ごうとしておられるのです」

 レウィーナは小さくため息をつくと、考え込むようにテーブルに肘をついている凛に、明るく笑いかけた。

「悲しいお話はこの辺にして、お茶を召し上がってください、リィーン様。
 少しくつろがれたら、また散策でもいたしましょう。
<翠晶宮>の中をご案内いたしますわ」

「ありがとうございます。
 あの……ただ、散歩の前にお願いがあるんですが」

 何事かというようにレウィーナが首を傾げると、凛は苦笑して頭を指差した。

「もうちょっと、この頭を気楽な感じにしてほしいんです。
 ばっさり切れれば、その方が良いんだけど……。
 それと、もうちょっと動きやすい格好がいいかな〜なんて……」

 楽しそうに凛を着飾らせていたレウィーナには悪いと思いつつも、ずっとこの格好のままでいなければいけないというのは勘弁して欲しいと、凛は痛切に感じていた。

 いくら見た目が女っぽく──以前よりもさらに女性化したとはいえ、服装まで女らしくする必要はないはずだった。

 先ほど見たアルヴァール王やアルレインは、凛と似たような格好だったとはいえ、何故か十分に男らしく見えた。

 最初は気のせいかと思ったのだが、明らかに凛の方が装飾が多かったのだ。

 多分、レウィーナは凛の事を「女」だと認識しているのだろうが、それが間違いであることを今後主張していかなければならない──と、凛は考えていた。

「まあ、こんなに見事な御髪をばっさりだなんて……。
 ──判りました。リィーン様のお気に召すように結い直しますので、どうぞそれでお許しくださいませ。
 衣裳の方もまた見つくろって参りますから……」

 ヒアシンス色の双眸を愕然と見開いたレウィーナは、仔鹿のように澄んだ瞳を潤ませながら、まるで突然の悲劇に出くわしたかのような口調で言った。

 その顔を見た途端、とてつもない自責の念に駆られ、凛は慌てて言い直した。

「あ、別に、これが気に入らないってわけじゃないんです。
 ただ、俺みたいなヤツに、こんな綺麗な服や髪型は似合わないな〜なんて」

 あはは……と乾いた笑いを立てながら、凛は内心で自分自身の馬鹿げたリアクションに呆れ返ってしまった。

(女の人の涙で、自分の主義主張を曲げるなんて……)

 情け無いと思いつつも、レウィーナに笑顔が戻った事で、ほっとしたのも事実だった。

「リィーン様はお綺麗ですわ──わたくしも見惚れておりますもの。
 何をお着せしても、似合わないなんて事はないと思います。
 でも……もう少し動きやすくて、軽い雰囲気のものをお望みなのでしたら、後で探してまいりますわね」

 にこりと、眩いばかりの微笑みを浮かべたレウィーナを見返し、凛は少し引きつった笑顔を返した。

 ところが、その後しばらくしてからレウィーナが持ってきた衣裳を見た途端、あまりのショックに凛は卒倒しそうになった。

(……これじゃ、ストリップダンサーじゃないか〜!)

 確かに、もう少し動きやすい服装が良いとは言った。

 だが、まさか薄物の腰巻きひとつで動き回るなどとは、全然考えていなかった。

 男は……古代エジプトの王様か、古代ギリシャの戦士といった雰囲気である。

 女は胸元を別の布で巻くらしいが、はっきり言って、真夏のパレオ付きビキニか、アラビアンナイトに出てきそうな踊り子にしか見えない。

 驚くべきことに、真夏になると、エルフたちはこれらの服装で平気で歩き回っているらしいのだ。

「……もしかして、アルレインや王様も……これ、着るんですか?」

 持ってきたのがレウィーナでなければ、新手の虐めかと疑うところである。

 顔色を激しく変える凛を不思議そうに見つめ、レウィーナはうなずいた。

「え〜と──このままで……いいです」

「お気に召しませんでしたか?
 まだ少し寒いかもしれませんが、動きやすい物といえば、これが一番かと」

「すみません。俺、寒いの苦手なので……」

 試着してみろと言い出したレウィーナを押し留めながら、凛はただただ笑うしかなかった。




 レウィーナに案内された<翠晶宮>の中は、凛が最初に想像していたよりも、ずっと広大で複雑な構造だった。

 森の中を縫うように走る長い回廊があるかと思えば、巨大な大樹の周囲を巡る複雑な螺旋階段やミノタウロスでも潜んでいそうな地下迷宮がある。

 レウィーナの説明によれば、職人たちが自分たちの技術を思う存分試すことができる場所──それが、この<翠晶宮>なのだと言う。

「職人たちの手でどんどん建て増しされていった結果、いつの間にか、こうなってしまったのだそうです」

「王様が、作ってほしいと言ったわけじゃないんだ……」

 感心したり、呆れたりしながら、職人たちの見事な「作品」を眺めていた凛は、思わずぼそりと呟いていた。

 朗らかな笑い声を立てたレウィーナは、十字に交差した廊下の中央で足を止めると、右手と左手で別々の廊下を指し示した。

「この廊下の突き当たりにある宮殿には、現在、王が住んでいらっしゃいますが、時期がくれば、また別の宮殿に移られるでしょう。
 自分が手を掛けた宮殿に王が住んでくださるのは、職人たちにとっては、とても名誉な事なのですよ。
……そして、こちらと反対側の宮殿には、アルレイン様が住んでおられます」

「親子なのに、別々の宮殿に住んでいるんですか?」

 呆気にとられた凛の顔を見返し、レウィーナはくすくすと笑った。

「成人の儀式が終わった王族には、それぞれ主となるべき宮殿が与えられるのです。
<翠晶宮>というのは、全ての宮殿を含めた王宮の総称なのですわ。
 アルヴァール様がお住まいになっている今の宮殿は<北星宮>と、アルレイン様がおられる宮殿は<緑明宮>と呼ばれています」

「……ということは、レウィーナさんも宮殿を持っているってこと?」

 妖精王の養女として王族に迎えられたからには、当然そうなのだろうと思い、深く考えずに凛はそう問うた。

 するとレウィーナは金色の睫毛を伏せ、ゆっくりと首を横に振った。

「いいえ、わたくしは……。
 わたくしのような者が、宮殿をいただくなど、恐れ多いことです。
 そうでなければ、他の王族の方々が気を悪くされるでしょう」

 レウィーナは、感情を交えない声で淡々と告げる。

 しかし彼女の憂いを帯びた表情を見取った凛は、自分が聞いてはいけない事を聞いてしまったのではないかと慌てた。

「すみません──余計な詮索をして……」

 凛が謝ると、レウィーナは驚いたように目を瞠った。

「まあ、お気になさらないで下さい、当然の事なのですから……」

 レウィーナがそう言った時、まるで美術館のように広く、美しい廊下の中に、レウィーナの名を呼ぶ声が朗々と響いた。

 はっと顔を上げたレウィーナは、そちらを向いた途端、顔に緊張を走らせた。

 つられたように凛もその方角を見ると、エルフ族の男たちが四人、アルレインの住まう緑明宮の方から歩いてくるところだった。

 その四人の中でも、他の三人を引き連れるようにして近づいてくる男は、2メートル近くありそうなほど長身な上、嫌になるほど筋肉隆々とした体格の男だった。

 優美なエルフ族のイメージには合わない、野性的で精悍な顔立ちをした男は、不躾なほどじろじろと凛を眺め回す。

 赤みを帯びた朱金色の髪と、ターコイズのような明るい水色の瞳を持ったその男は、嘲笑うように唇をつりあげると、急にレウィーナに向き直ってお辞儀をした。

 さすがエルフと言うべきか、その動作には非の打ち所が無い。

「──レウィーナ、相変わらず、あなたはお美しい」

 その男の言葉を聞いた瞬間、凛は思わず、舌を出しそうになった。

 視線だけで天を仰ぐと、レウィーナの硬質で冷ややかな声が耳に飛び込んでくる。

「世辞は無用です、ウォーデン殿」

 背筋を伸ばして、つんと顎を反らしたレウィーナは、王女という位がぴったりくるような、高飛車な雰囲気が漂っている。

 ウォーデンという名の男は、さすがエルフだけあって顔立ちは整っているのだが、その傲慢不遜な態度のせいか、優雅というにはほど遠いように思われた。

 レウィーナと並ぶと、何故か「美女と野獣」という映画のタイトルを思い出してしまう。

 そんな事を考えながら、凛は感情を内面に隠したまま、ポーカーフェイスを保ってウォーデンを観察していた。

 すると、凛の視線に気づいたのか、ウォーデンがじろりと睨み下ろしてきた。

「──今、若殿から驚くべき事を聞かされて、戻ってくる途中だったのですよ。
 王が、人間に……それも呪われた者に汚された人間に、サークレットをお渡しになったと聞いてね。
 まさかと思いきや、ここで偶然にも、その本人に出会うとは……」

 その瞬間、レウィーナの声が鞭のように鋭く響いた。

「ウォーデン殿! リィーン様に対して、無礼ですよ!」

「これは失礼を──あまりの驚きに、礼儀作法というヤツが、頭から吹っ飛びましてね」

 ヒアシンス色の瞳を怒りに染めるレウィーナを見つめ、ウォーデンは愛想良く笑ったが、凛を蔑むように見つめる目は冷ややかだった。