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妖精王の光環


<4>



 広々としたダブルベッドの中で、凛がストーンヘンジのガイドブックを読んでいると、シャワーを浴び終えた空我が、白いバスローブ姿でバスルームから戻ってきた。

「……お前、まさかその格好で寝るのか?」

 枕をクッション代わりにして座り、ベッドカバーの上に本を広げた凛は、やや困惑した声音で問いかけた。

 タオルで濡れた髪を荒っぽく拭いていた空我は、凛がいる反対側に回ると、ベッドの端に腰を下ろす。

 振り返って凛を見つめた空我は、にやっと悪戯っぽく笑った。

「寝る時はやっぱ、裸だろ?」

「──だったら、お前はソファで寝ろ」

 間髪入れずにそう言い、凛は手近にあった枕を空我に投げつける。

 飛んできた枕を胸元でキャッチした空我は、スウェット姿の凛を見つめ、大きなため息を付きながら嘆かわしげに首を振った。

「せっかくの初夜なのに、凛は冷たい
 その格好もいただけない──全然色っぽく無い。
 でもまあ……凛ちゃんらしくて、可愛いけど」

「空我……時差のせいで頭が腐ったのか、お前?」

 怒りを通り越して完全に呆れ、存在を無視するように、凛は空我からガイドブックへ視線を戻した。

 しかし、黙り込んだ友人の無関心を良い事に、空我はベッドに身体を滑り込ませると、凛の肩越しにガイドブックを覗き込んだ。

「なあ、何、真剣に読んでるんだ?」

 殴っても、蹴飛ばしても懲りる事なくまとわりついてくる犬のような空我に、凛はどっと疲労を感じたが、渋々と質問には応じた。

「……レイラインって知ってるか?」

 凛が問い返すと、空我は眉根を寄せながら首を傾げた。

「イギリスやヨーロッパのあちこちにある、一定の規則性で配列された先史時代の道──それをレイラインって呼ぶんだ。
 ストーンヘンジは、イギリスに沢山あるストーン・サークルの一つなんだが、レイラインの重要な目印だと考えられてる。
 墓だとか、天文観測所だとか、儀式に使われた場所だとかって、どうして建てられたのかって理由は諸説入り乱れているんだけどな。
 ただ、太古の人々にとって、ストーンヘンジは重要な意味を持つ、神聖な場所だったってことは間違い無い。
 この本には、そういうような事がいろいろ書いてあるんだよ」

 凛の説明を大人しく聞いていた空我は、ベッドヘッドにもたれかかりながら、「ふーん」と気のない返事をした。

「俺にはそういうの、よく判んねぇけど……。
 ところで、そのストーンヘンジ、明日行くのか?」

 説明し甲斐の無い空我の反応にやや落胆しながら、凛はサイドテーブルにガイドブックを置いた。

「いや、明日はロンドンを回りたいな──いろいろ行きたい所あるし。
 大英博物館とか、ロンドン塔とか……」

「明後日だったら、車使っていいって、和磨さんが言ってたからな。
 ストーンヘンジがある所まで、電車使っていくのはちょっと面倒らしいんだ。
 車で行った方が楽だぜ、絶対」

「そりゃそうだけど……車って言っても、ここはイギリスだぞ?」

 日本でドライブするのとは訳が違う──。

 凛がそう言うと、空我は大した事ではないと言うように、軽く片手を振った。

「ああ、心配すんな。俺、国際免許持ってるし、イギリスでも何度か運転してるから」

 頼もしい空我の発言に、凛は驚愕したように双眸を瞠った。

「凄いな──いつの間に国際免許なんて取ったんだ、お前?」

「期間は限られてるけど、国際免許取るの自体は簡単だぜ」

 そう言いつつも、凛の驚く顔を見返した空我は、少し自慢げに笑った。

 その後、フットランプだけを灯して、部屋の電気を消した凛は、ベッドの中に潜り込むと小さくため息をついた。

「……何だか、不思議な感じがする。
 いつも通りお前と喋ってるのに、ここはもう日本じゃないんだよな」

 そう呟き、しばらく暗い天井を見上げていた凛は、不意に横向きに寝返りを打って空我を見つめた。

 何事かを考えるように頬杖をついて寝そべっていた空我は、ベッドの中で凛と間近に向かい合うと、何故か動揺したように瞳を揺らした。

「変な顔するなよ──心配しなくても、追い出したりしないから」

 淡く微笑み、からかうように空我の高い鼻を指で摘んだ凛は、小さく欠伸をもらした。

「おやすみ、空我……また、明日な」

 そう言って、くるりと空我に背を向けた凛は、睡魔に誘われるがままに瞼を閉ざした。

「──……おやすみ、凛」

 凛が眠りに引き込まれてゆくと、ギシリとベッドが軋み、囁きかけるような低い声が耳元に落ちてくる。

 友人の声が酷く苦しげに聞こえる事を不思議に思いながらも、凛は深い夜の安らぎから戻ることができず、そのまま眠りの淵に沈んでいった。




──目の前に広がる、満天の星空。

 きらきらと輝く星々は、意識が吸い込まれるほど美しい光を放ち、深藍の夜空を飾っている。

 そして、東の地平線から昇ってくるのは……二つの月。

 どちらも満月だったが、最初に姿を現した月は青白く輝き、次に現れたさらに大きな月は血を含んだような赤銅色に染まっていた。

 プラネタリウムで星の動きを再現するかのように、星々と二つの月が夜空を巡る。

 ところが、二つの月が天頂に達すると、全てが静止画のように動きを止めた。

 皆既月蝕のように二つの満月が重なり合うと、さらなるエネルギーを内包した巨大な暗黒星が、ゆっくりと闇に隠されたまま姿を現す。

 三つの星が、一直線に並ぼうとしている──そんな神秘の時。

(──……時は来たれり……偉大なる王に栄光を……。
 黒き魔竜の力によりて……地上に……さらなる繁栄を……)

 どこからともなく、抑揚豊かに歌い上げるような声が響いてきた。

 そして、その歌を妨害しようとでもするように、深く響く別の歌が重なり合う。

 両者の歌が混ざり合った途端、世界に混沌としたエネルギーが渦巻き、咆哮する竜のように天空へと駆け上っていく。

 静謐な夜空で輝いていた星々は、禍々しい赤光の中に消え、重なり合った三つの巨星は闇を吸い込んだようにくっきりと浮かび上がっていた。

(……時は来たれり──闇の神イズリューンの顕現により……我らが王に永遠の命と神々の力を与えたまえ……)

 繰り返し、繰り返し、禍々しい呪歌は流れる。

 世界は、人々によって流された血と、燃えさかる炎の中に閉じ込められているかのように赤く染まり、大いなる災厄の時が訪れることを予感して恐れ戦いていた──。




 夢の世界に広がる真紅の闇に囚われてしまったかのように、凛は身動きできなかった。

 身体を動かそうにも、両手両足に重石をつけられたかのように、動けない。

 ところが、身体の芯にはざわめくような快感が走り、熱の塊が背筋を駆け抜けた。

「……あっ…う…うあっ……な、に──」

 かつて経験した事がないような快感に翻弄され、凛は朦朧としながらも、ゆっくりと瞼を上げた。

 薄闇の中で見通せる優美な壁や、天井に視線を向けると、一瞬、自分がどこにいるのかが判らなくなる。

 ぴちゃぴちゃと何かを舐め啜るような音を耳にした時、凛は、身に覚えのない快感が、自分の股間から生まれていることにようやく気づいた。

 恐る恐る視線を向けると、膝を立てて開かされた両足の間に、大きな黒い塊が踞っているのが見えた。

「ううぅ……うっ……くっ……やめろ……」

 敏感なペニスの尖端が強く吸い上げられた途端、目の前に火花が散ったような快感に煽られ、凛は白い喉を仰け反らせていた。

 辛うじて浅ましい喘ぎ声を殺すことができたが、淫靡な愛撫の連続に、いつ己の防壁が崩されてしまうか判らなかった。

「ああっ……やめろ……空我──イヤだ……っ!」

「凛……すまん──俺はもう……限界だ」

 髪を振り乱した凛を見上げ、唇を付けていた肉茎から顔を上げた空我は、欲情にくぐもった声でそう言った。

 凛の体勢に合わせてうつ伏せになっていた空我は、白濁に濡れた楔を清めるように丹念に舌を這わせてゆく。

 何が起こっているのか判らず、信じられない思いで空我の行為を見つめていた凛は、再びせり上がってきた快楽をやり過ごそうと、ぎりっと歯を噛みしめた。

「凛……凛──感じてるなら、声を出していいんだぞ」

「ふ…ざけるな──こんな事をして……絶対に……お前を……許さない……」

 歯を食いしばったままきつく眉根を寄せ、屈辱と羞恥に耐えている凛の美しい顔を、空我は切なげに見つめる。

 武道の心得がある凛の反撃を警戒した空我は、あらかじめ、凛の両腕をバスローブの腰帯を使って縛っておいた。

 それが余計に凛の怒りを煽る事は判っていたが、長年の想いを遂げるには、そうするしかないとも思っていた。

 友人としてのラインを踏み越えた時点で、もはや後戻りできない事は判っていたが、それでも拒絶されるのは辛く、哀しい。

 体格でも体重でも凛に勝る空我は、そんな苦い思いを胸に秘めたまま、さらに情熱的な愛撫をしなやかな肉体に加えていった。