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Fatal Doll



<10>



 手土産がコーヒー豆だけでは何となく寂しいように感じられ、結局、小袋に入ったクッキーを、五種類ほど詰め合わせにしてもらうことにした。

 どれも美味しそうに感じられ、零はついつい、あれもこれもと選んでしまいそうになる。

 念のため「どれがいい?」と意見を求めたものの、甘い菓子類に興味が無い鷲塚は、「どれでもいい」と気乗りしない言葉しか返さない。

 いつもの事ではあったが、やはりこういう時は、新堂と一緒の方が会話が弾むと思い、零は内心でため息をついた。

 その後、ケーキ作りの最中だった丹波は、ラッピングと会計を翔太に代わり、いそいそと厨房に戻っていった。

 ところが、仕事を任された翔太は、鷲塚の冷ややかな迫力に萎縮し、包装紙を巻く指が震えてしまっている。

 零は作業の邪魔にならないように気をつけながら、できるだけリラックスさせようと、翔太に話しかけた。

「翔太君、大学生なんでしょう? 今は一人暮らししてるの?」

 鷲塚に睨まれないよう小声で問いかけると、翔太は一瞬手を止め、上目遣いにちらりと零を見ながら苦笑した。

「あ、いえ……実家から通ってます。
 ホントは出たいんだけど、お金無いから、バイトして貯めようかと思って」

「東京って、家賃高いから大変だよね」

 一人暮らしをしていた頃、自分もアルバイトに明け暮れていたことを思い出し、零は懐かしく感じながらくすりと微笑んだ。

 すると、翔太は躊躇うように瞳を揺らし、心配そうな声で訊ねてきた。

「……零さんがこれからお見舞いに行く人って、家族の誰かですか?」

 突然の質問に驚き、零は思わず考え込んでしまった。

「──家族……家族といえば、そうなのかなあ」

 鷲塚の身内ではあるものの、結婚をしているわけでもない自分が、果たして家族と言ってしまって良いのだろうか?

 どう答えれば良いのか判らず、零が曖昧な返答をすると、翔太は何かを思い悩むようにうつむいてラッピングを終え、手提げのついた紙袋に箱を入れた。

「すみません、変な事聞いちゃって。
 俺の母さんも、二か月くらい前に入院しちゃったから、何となく他人事と思えなくて。
 早くお元気になられるといいですね」

 明るい表情を作った翔太は、手際よくレジを打って、紙袋を零に手渡した。

「翔太君のお母さんもね」

 零がそう答えて紙袋を受け取ると、翔太はうなずきながら優しい表情で微笑んだ。

 けれど、無理をして苦しみに耐えているような瞳を見てしまい、零は胸を突かれるような悲しみを感じた。

「──零、行くぞ」

 鷲塚に促されなければ、呆然と立ちつくしていたかもしれない。

 それほど、押し寄せてきた翔太の感情は強いものだった。

 店のドアを開けた鷲塚の後に続きながら、零は放心状態のまま車に乗り込もうとした。

 だからなのか、その瞬間、肌に突き刺さるほどの強い視線を感じ取り、全身に冷たい震えが走った。

 はっと顔を上げて周囲を見回したが、不審な人間は見当たらない。

 仕事中らしきサラリーマンや、荷物を積んだ台車を押す宅配業者が歩道にいる他は、車が数台路上駐車されているだけだった。

「零──早く乗れ。頭を低く下げていろ」

 だが、鷲塚も何か感じ取ったのか、鋭い声で零に指示を飛ばした。

 低く抑えられた声は落ち着いているが、それでも隠しきれない緊張が混ざっている。

 目に見えない何かに追い立てられるように、零は慌ててサイドシートに滑り込み、身を縮めて頭を下げた。

 鷲塚はすぐにドアを閉ざしたが、自分は何かを探るように、四方を観察している。

 そっと顔を上げて様子をうかがうと、鷲塚は携帯電話で誰かと話しているようだった。

 鷲塚が車に乗り込んでくるまでの時間を果てしなく長く感じながら、零はほとんど息を止めて待っていた。

 危険が迫っているなら、せめて車に乗って欲しい。

 無防備に身をさらして、どこからか狙撃でもされたら──。

 不吉な考えがいくつも頭の中を巡ると、全身がガタガタと震え始める。

 やがて、鷲塚がエンジンをかけて発車させると、ようやく安堵が広がり、零は胸の奥から長いため息を吐き出していた。

「……誰か……こっちを見てたような気がする」

 ぐったりとシートにもたれ、車内の沈黙を破るように零が呟くと、鷲塚はうなずきながら、淡々とした声で応じた。

「素人だろうな──あからさまに殺気を向けてくる。
 俺の住処はバレているから、尾行されたかもしれんな。
 とは言え、今すぐ襲ってくるという様子も無かったが……」

 鷲塚は、紙袋を抱き締めたまま、口もきけずに青ざめている零をちらりと流し見ると、すっと片腕を伸ばし、慰めるように頭を撫でた。

「怖かったのか? 俺に敵が多いことは知ってるだろう?」

 ふっと緊張が緩んだ瞬間、涙が溢れ出しそうになり、零は急いで瞬きを繰り返した。

「……こ、怖いよ……もし、海琉が撃たれたら、どうしようって……」

 唇がぶるぶると震え、それを抑えるようにきつく噛みしめると、ちょうど赤信号で停車した鷲塚は、零のうなじを自分の方へと引き寄せた。

「口を噛むな──傷になるぞ」

 すばやくキスを落とし、戒めるように零の唇を軽く噛んだ鷲塚は、膝の上に置いてあった紙袋を取り上げ、それを無造作に後部座席に放り出した。

 突然の事に驚いていた零は、それを見た瞬間、思わず後ろを振り返っていた。

「ああっ……クッキー、割れちゃうよ!」

 途端に鷲塚はくくっと喉を鳴らし、皮肉げな微笑を口許に刻んで、アクセルを踏んだ。

「そのぐらい気楽に構えておけ。
 気を張りつめすぎていると、疲れるだけだ」

「だけど……」

 物憂げに首を傾げ、零が眉をひそめると、鷲塚は冷静な声でさらに言葉を重ねた。

「だいたい、俺なら、あんなヘマはやらない。
 自分の存在を、親切に知らせてやってるようなものだ。
 高宮と東山には、調べろと言っておいた。
 おかしな動きを見せる組織があれば、すぐに判るだろう」

「……組織──じゃあ、個人的なことだったら?」

 腑に落ちずにそう聞き返すと、鷲塚は不機嫌そうに鼻を鳴らし、じろりと横目で睨んだ。

「お前、俺が対個人で負けるとでも言いたいのか?」

「──そ…そういうわけじゃないけど」

 慌てて言い繕った零は、すぐに「はあ」と長い溜息をついて、両瞼を閉ざした。

「何だか疲れちゃったよ……朝からドタバタしてたし……」

「眠っていろ。着いたら起こしてやる。まだ腹は減ってないのか?」

 口調を和らげて鷲塚が訊ねると、零は目を閉じたまま小さくうなずき、そのまま気を失うように眠りに落ちていた。




 荒神会総長、荒神勲が入院しているのは、鎌倉にほど近い場所にある中規模の私立病院だった。

 引退した前院長と古くからの懇意であったため、勲の希望通り、海に面した個室に入院することができたらしい。

 鷲塚に連れらて入院病棟のエレベーターを上がった零は、消毒薬の臭いが漂う薄暗い廊下を歩きながら、だんだん緊張が高まってゆくのを感じた。

 デイスペースと呼ばれる明るいホールでは、見るからに荒神会の構成員らしき面構えの男たちが、壁際の大型液晶テレビを堂々と囲んでいる。

 何故か病院の寝間着を着ている彼らは、鷲塚に気づくとほとんど同時に立ち上がり、一斉に頭を下げた。

「──散れ」

 鬱陶しそうに鷲塚が顎をしゃくると、彼らは興味津々の眼差しをちらりちらりと零に送りながら、そそくさと病室に駆け込んで行く。

「……あの人たち、病気なの?」

 訝しげに零が訊ねると、鷲塚は唇に冷笑を刻んだ。

「親父の護衛ついでに、肝臓を悪くした連中を大部屋に放り込んだ。
 だが、あの調子だと、役に立つかどうか判らんな」

 嘆かわしげに嘆息をもらした鷲塚は、緊張で顔を強張らせている零を見下ろし、声をひそめて囁いた。

「零、姐が何を言ってきても、できるだけ黙っていろ。
 余計な事は喋るな──いいな?」

 こくんと零がうなずくと、鷲塚は先を促すように背中を押した。

 荒神勲の病室は、廊下を曲がった突き当たりにあり、そのドアの前にはスーツ姿の男が二人、警備員のように仁王立ちになっていた。

 鷲塚を見るとそろって一礼したが、それ後は表情を変えず、直立不動で廊下の先を見つめている。

 鷲塚がドアを軽くノックして名乗った途端、これ以上はないというほど鼓動が早まり、零はごくりと息を呑み込んだ。

「──お入りなさい、鷲塚。随分、遅かったわね」

 スライド式のドアが内側から開くと、そこに着物姿の女性が立っていた。

 藍色の着物に白い帯を締めたその人は、二人を中に招き入れると、艶やかで冷たい微笑みを浮かべて自ら名乗った。

「はじめまして、鳴川零さん──わたくし、荒神勲の妻、芭月(はづき)と申します」