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Fatal Doll



<16>



 スーツを着ている時より、男の色気とでも言うのか、どことなく危うげな艶が増しているような気がして、零は思わず見惚れてしまっていた。

 すると、鷲塚が訝しげな表情で、ぼんやりと立ちつくしている零を見上げた。

「──どうした?」

 我に返った零は照れ隠しのように微笑んでかぶりを振ると、クローゼットのハンガーに、日中着ていたスーツのズボンとシャツを吊した。

「すごいお風呂だね。旅館みたいで、びっくりしちゃった」

 いつになくざわめく気分を落ち着かせるように、零は普段通りのさりげなさで話しかけた。

「あれは来客用だからな。余計に見栄を張るんだ」

 素っ気ない口調で応じた鷲塚の言葉に、「ふーん」と相槌を返した零は、長方形の立派な座卓を見下ろし、どこに座ろうかと思案した。

 床の間は山水の軸と秋の花が飾られているが、それ以外には他に家具も無いシンプルな和室は、普段暮らしている部屋とは異なる趣がある。

 いつもと違う雰囲気のせいなのか、何となく気持ちがそわそわして落ち着かず、零は鷲塚の斜め向かいに置かれていた座布団の上に正座をした。

「……お茶でも淹れようか」

 ポットとお茶セットらしきものを見つけ、すぐにまた立ち上がろうとした時、零に視線を留めた鷲塚が、不意に「腕を上げてみろ」と言い出した。

 言われるがまま、肩と水平に両腕を伸ばして見せると、浴衣の袖口からにゅっと白い腕がのぞいていることに気づいた。

 紺地に白と深紅の変わり縞が描かれた粋な浴衣ではあったが、腕が見えると奇妙なほど子供っぽく見える。

 気恥ずかしくなって腕を下ろすと、同じように感じていたのか、鷲塚が苦笑混じりにため息をついた。

「寝間着だから、まあいいが……。
 確かに、お前の方が薫より背が高いし、腕も長いからな。
 あいつの着物だと、裄も丈も短すぎるんだろう」

「お父さんの浴衣の方が、ぴったりだって言われたよ。
 でも、それじゃ渋すぎるから、こっちを着ろだって」

 桐箪笥から浴衣をあれこれ出してきては、遠慮する零に試着をさせていた芭月の言葉を思い出してしまい、力無い笑いがこぼれてしまう。

 鷲塚は新聞を折り畳みながら、唇を皮肉っぽくつり上げた。

「明日は余計に張り切るだろう。
 お前は大人しく、着せ替え人形をやっていた方がいい。
 ほとんど、あの人の道楽だからな」

 鷲塚のその言葉を聞き、零は戸惑いながら首を傾げた。

「でもさ……着物は一人じゃ着られないし……。
 それに、さっき『振り袖もいいかしら』って、お母さんが言ってたけど、振り袖って女の子が着るんだよね?
 私が着ちゃっても良いのかな?」

 すると、鷲塚は訝しげに片眉をつり上げた。

「お前、今さらそんな事を気にしてるのか?
 普段着でもドレスでも、平気で女物を着てるだろう」

 心の中の躊躇いをどう言葉にすればよいのか判らず、零は眉をひそめて考え込んだ。

「そうなんだけど……何となく気後れするというか……。
 お母さんは、私のこと女だって信じてるみたいだから、そのせいもあるんだけど。
『もっと太らなきゃだめだ』って言われるたびに、何だか悪いことしてる気分になるし。
『ペラペラ』って、はっきり言われちゃったし──」

 肩を落として深い溜息をついた途端、鷲塚はくつくつと笑いながら腕を伸ばし、あぐらをかいた膝の上に零の身体を引き寄せた。

「そんなに『ペラペラ』がショックだったのか?
 女物が嫌なら、いっそ、男の黒紋付きと袴にしてみるか?」

 体勢を崩してよろめいた零は、芭月の言葉を意外なほど気にしている自分に気づき、鷲塚の言葉でさらにいじけてしまった。

「──海琉までひどいよ。
 どうせ私は、お母さんや薫さんみたいに、着物似合わないし……。
 お母さんがそれで納得してくれるなら、袴でもいいけどね」

 からかわれてすっかりしょげてしまい、零は拗ねた声でぼそりと呟いた。

 すると鷲塚は笑いを堪えつつ、零がまとう浴衣の背中心を下に引き、詰まっていた衣紋を大きく抜いた。

 その反動で零は後ろに引っ張られ、鷲塚の胸の中にすっぽり収まってしまう。

「心配するな。仕立てと着付けで、着姿はどうにでもなる。
 それより、女物の長着なら、いろいろ楽しめるぞ」

「──え?」

 零が驚いて顔を上げると、浴衣の脇の下に開いた身八つ口から、鷲塚の手がすっと差し込まれ、湯上がりの火照った素肌を撫でた。

 なだらかな胸元をなぞる大きな手は、すぐに小さな突起を探し当て、摘み取る。

 思いがけない愛撫に驚愕し、零が慌てて身をよじろうとすると、反対側から差し入れられた手が、指先できつく乳首を潰した。

「──ヒッ……い、痛っ…」

 全身を貫いた激痛に身を強張らせた瞬間、じんじんと疼く突起をなだめるように、指先が優しく撫で始めた。

 さらに鷲塚は首筋に口づけし、零の官能を刺激する。

 息を喘がせながら視線を落とすと、浴衣の下で蠢く鷲塚の手が、見えないだけにひどく卑猥に思えた。

「こんな風に、上に着ていても楽しめる──意外に便利だろう?」

 笑みを含んだ声を耳の中に吹き込まれると、抵抗する力を削ぎ取られてしまい、零はいやいやをするように首を横に振った。

「……や、やだ……こんなの……」

 円を描くように動く指先の下で、乳首は芯を持ったように尖ってゆく。

 繰り返される刺激に反応して硬く凝った尖端は、爪先で軽く引っかかれると、全身が震えるような快感を生み出し始めていた。

 だが、離れの別棟とはいえ、障子でしか仕切られていない空間で声を上げるのは、誰かに聞かれてしまいそうで怖い。

 必死で唇を閉ざし、わななきそうになる身体を抑えた零は、淫らな快感に抗おうと何度も頭を横に振った。

「……うっ……あ、うぅっ……くっ……」

 敏感になった左右の突起を摘まれ、指の間で押し潰されると、ズキンと鋭い快感が腰から頭へと突き抜けていった。

 思わず腰をよじらせ、強い刺激から逃れるようと無意識にもがくと、浴衣の裾が大きく乱れてしまい、足が露わになってしまう。

 すると、うなじに顔を埋めていた鷲塚が、それを見て揶揄するように低く笑った。

「扇情的だな、零──俺を煽っているのか?」

「……ち、違う……も、もう…だめ……海琉──今日はもう……」

 このまま乱れ続ければ、どうなるか──。

 確信めいた予感に怯えながら、零は愛撫の手を止めようと、浴衣の上から鷲塚の手を押さえた。

 ところが何を思ったのか、鷲塚は零を片腕に抱きすくめたまま急に立ち上がり、そのまま引きずるようにして、続きの襖を開け放った。

 襖の奥の和室には、ダブルよりも幅広い布団がのべてあり、枕が二つ並べてある。

 首をねじるようにしてそれを見た零は、愕然として息を飲んだ。

「どうやら姐さんは気を利かせてくれたようだぞ。
 布団が一つしかないからな」

 残酷な楽しみを見出したかのように鷲塚は低く笑うと、目を見開いた零を抱えたまま、分厚く大きな掛け布団を引き剥いだ。

 そのまま鷲塚の腕から放り出された零は、埋もれてしまいそうなほどふかふかな敷き布団の上に、仰向けに倒れ込んでしまう。

 すかさず零の身体を組み敷いた鷲塚は、躊躇無く浴衣の衿に手をかけると、大きく左右に開いて胸元をさらけ出させた。

「──お、お願い……今日はもう、許して……今朝も、あんなに……」

 有無を言わさぬ行為におののき、零が声を震わせると、鷲塚は謎めいた笑みを浮かべて唇にそっと口づけを降らせた。

「キスだけならいいだろう?」

 いつも強引な鷲塚には珍しく、零に許しを求めるように訊ねる。

 その言葉に驚き、零が思わず目を瞠ると、鷲塚はさらに深く唇を重ね合わせてきた。

 唇を吸われ、舌が絡められると、いつしか零はそれに応え、深い陶酔に堕ちてしまう。

 鷲塚とのキスは嫌いじゃない──口付けられるたびに甘い痺れが走り、全身が溶けてしまいそうな気がするのだ。

「──嫌か?」

 耳元でそう問われた時、無意識にかぶりを振っていた零は、後でそれを後悔することになるとは思っていなかった。

 だが、鷲塚の口許に邪な笑みが浮かんだ瞬間、零の背筋に不吉な予感が走った。

 そして、その恐るべき予感通り、鷲塚の唇はすぐにはだけられた胸元に落ち、先ほどまでの刺激で赤く色づいた果実をついばみ始めた。

「ううっ…くっ……い、いや……キスだけって……言ったのに……」

 妖しく蠢く舌先が乳首を執拗になぞり続けると、零は声を抑えることができなくなり、抗議するように鷲塚の肩を叩いた。

 しかし鷲塚は、意に介した風もなくうそぶいた。

「キスだけだ──どことは言わなかったがな。
 今夜は、お前が感じるところ全てにキスしてやる。
 お前が他を望むようになるまでな」

 新たな楽しみを見出したように鷲塚はくつくつと笑い、拳を振り上げたまま硬直した零の唇に、触れるだけの軽いキスを落とした。