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Fatal Doll



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「これまで経緯から考えると、どういう形であれ、田中翔太はこの組織に属していると見て間違いないでしょう。
 そして、この組織『X』の拠点……アジトに、零ちゃんが捕らわれている可能性が高い。
 ということは、田中翔太の身辺を調べ上げれば、組織『X』にたどり着くわけですから、まずこの子に焦点を当てます」

 東山は、容疑者Aの隣に田中翔太のデータを立ち上げた。

「──『カッツェ』から失敬してきた履歴書に、田中翔太の指紋が残っていました。
 警察のデータベースにアクセスしてみたところ、15歳の時に補導歴がありました。
 微罪なら大抵データは消去されているんですが、珍しく指紋も残っていましたよ。
 どうやら、虞犯(ぐはん)少年として、警察から目を点けられていたようですね」

 虞犯少年──つまり、犯罪予備軍。

 少年法第3条に定められており、将来的に罪を犯し、刑罰法令に触れる行為をする恐れのある少年の事を指す。

 補導時に撮影された写真の翔太は、顔立ちは今よりも幼く少女のようにも見えたが、ひどく荒んだ目つきをしていた。

「……何でえ。このガキ、昔から悪さやってたってことかよ?
 ちなみに、何やらかしたんだ、このガキ?」

 煙草を吹かしながら椅子の背に寄りかかった古谷が訊ねると、東山が双眸を細めてほくそ笑んだ。

「非常に面白いですよ──なんと、援助交際。
 もっと正確に言うなら、美人局(つつもたせ)ですけれどね。
 どうやら、この田中翔太が女装、あるいはゲイの振りをして男を引っかけ、仲間たちが被害者から金を巻き上げるという事を繰り返していたようです」

 東山は、新宿・渋谷エリアの地図を並列させ、翔太が被害者と出会った場所、その後連れ込んで暴行した公園などのポイントをプロットした。

 さらにその上に、暴力団の勢力図を、レイヤ(層)で重ね合わせる。

「ちなみに、彼らが被害者を釣り上げていたのが、新宿と渋谷のこの界隈です。
 昨今この辺りは、ヤクザや外来マフィアの縄張りがカオス状態になっていますが、彼ら未成年美人局集団は、どこか特定のシマの中でというより、転々と移動を繰り返しながら獲物を漁っていたようです」

 東山はさらに話を続けた。

「このように裏街道を走っていた田中翔太は、ある日突然生活態度を改め、真面目に学校にも通い出し、その後は大学に進学しました。
 母親と二人暮らしで生活は相当苦しかったようですが、奨学金をもらえるようになるまで更生していた。
 彼が急変した裏に、実はこの男が絡んでいるのではないかと、私は睨んでいます」

 東山は、ホワイトボードに功刀彰丈の写真を貼り付けた。

「──何者なんだ、そいつ?」

「我が同窓の先輩であり、弁護士先生ですよ。
 この功刀彰丈先生が所属している法律事務所が、西新宿にあるんです。
 何らかの形で二人の出会いがあったのではないかと、私は推測しています。
 この辺りの事情は、本人に直接聞いてみるつもりですけれどね」

 古谷の質問に答えた東山は、指先で顎を撫でながら、ホワイトボードを見つめた。

「とにかく、一旦は日の当たる場所を歩き始めたこの少年は、何らかの事情あるいは心境の変化によって、再びダークサイドに落ちてきました。
 そのきっかけは、恐らく半年前にあると考えて良いでしょう」

 双眸を細めた東山が、低く呟くように言った。

 すると古谷が勢いよく片手を挙げ、自ら情報収集を志願した。

「じゃあ、この翔太ってガキの交流関係、俺が聞き込んできてやるよ。
 昔のワル仲間やら、大学の友人やら、捜せばいくらでも出てくるだろ?
 事件になってたんなら、噂を知っているヤツもいるだろうし……」

 東山と古谷の視線が、鷲塚に集中する。

 鷲塚はうなずいて見せると、話を続けようとする東山の言葉を遮った。

「古谷──この田中翔太が引き起こした事件のバックに、別の組織が関わっていなかったか、重点的に調べろ。
 たとえ直接繋がっていなくても、トラブルを起こしている可能性はある」

 非行に走る未成年者のほとんどは、ある時期になると「遊び」から卒業する。

 だが、その中の一握りに、非行を単なる遊びとは見なせず、そのまま裏社会に呑み込まれ、組織の末端に組み込まれる運命をたどる者がいる。

 警察から虞犯少年と見なされていたなら、かつての仲間の中に、犯罪の深みに嵌った者がいても不思議ではない。

 古谷が「了解」と応じると、鷲塚は東山と高宮の顔の上に視線を巡らせ、改めて確認するように言葉を継いだ。

「苦学生をやっていた翔太が、急に羽振りが良くなったというなら、資金提供をした者が背後にいるはずだ。
 実行犯が所持していた銃器や車両。
 誰が準備したのかを含め、金の流れを早急に洗い出す必要がある。
 黒幕が判れば、動機はおのずと明らかになるだろう。
 仮に翔太が犯行計画を立てたのだとしても──所詮、ヤツは傀儡に過ぎない」

「確かに……かつて田中翔太が引き起こした美人局事件と、今回の一件、軍資金の規模が違い過ぎますからね。
 今のところ身代金の要求はありませんが、準備金の元を取ろうとすれば、かなりの高額請求になるかもしれません」

 皮肉げな微笑を浮かべた東山は、再びGISを操作し、東京都全体のデジタルマップを映し出した。

「さて、それでは、もう一度、地理的プロファイリングをやってみましょうか。
 すでに、ある程度は絞り込んであるんですけれどね」

 それを聞いた古谷が、怪訝な顔つきになった。

「──何だ、そりゃ?」

「簡単に言えば、犯人が住んでいる可能性の高い地域を推定することです。
 我々は手勢が少ないですから、できるだけ捜索対象エリアを限定したい」

 手短に説明した東山は、ワイヤレスキーボードを手元に引き寄せると、モニターと向かい合うように椅子に座った。

「田中翔太の場合、免許を持っていませんから、都内での移動手段は公共交通機関、自転車、徒歩に限られます。
 もっとも、『聖母の家』に通う時だけは、何者かが送迎をしていました。
 防犯カメラ記録に映っていた車両については、現在も調査中です」

 東山がデータをプロットすると、喫茶店「カッツェ」を中心とした通勤圏1時間以内のエリアに、デジタルマップが絞り込まれた。

「『カッツェ』のマスターの話によれば、田中翔太は電車通勤で、1時間ほどかかると言っていたそうです。
 実際は履歴書の住所ではなく、別の場所から通っていたわけですが、毎日の事ですから、やはり1時間以内に活動拠点を置いていたと考えられます」

 地理的プロファイリングの前提──犯罪現場の選択の基本的な基準は、逮捕につながる危険性と労力を最小限にしながら、犯行の動機を満たすことである。

 補足説明をしながら、東山がさらにキーボードを叩くと、地図上に赤く塗られたポイントが浮かび上がった。

「この赤い点は、彼が活動拠点を選択する際に意識するアンカーポイントです。
 自宅の直近など、顔見知りが多い地域は、目撃されるリスクが高くなる。
 そのため、活動拠点として選択する確率は、必然的に低くなります」

 アンカーポイントから遠距離になるにつれて、赤色の濃度が薄くなるグラデーションの円が出現する。

 徒歩30分圏内が、最も濃い赤色に染まっていた。

「さらに、殺人も含まれた重犯罪を計画した事を考慮すると、交番や警察署の近辺──特に以前、美人局事件を起こした新宿や渋谷は、土地鑑はあっても、活動拠点にするにはリスクが高いと考えられます。
 犯行が警察にバレた最悪の事態を想定していれば、この界隈は避けるでしょう。
 尾行を新宿で巻いたというのも、我々の目を、こちらに向けさせたいという意識の現れかもしれません」

 東山がプロットすると、赤いエリアがさらに増えた。

「……パズルみたいだな。じゃあ、こんなのはどうだ?
 鷲塚のオンナを狙うって意思があったんなら、荒神会のシマは避けるんじゃねえのか?」

 古谷が口を挟むと、振り返った東山は「よくできました」と褒めるような笑みを浮かべた。

「いいですね──どんどんいきましょう。
 心理的境界というものも存在しますから、日常的に縁のない場所は避けるはずです。
 社会経済的地位が低い犯罪者は、上位階層の地域を避けるといった事ですが──。
 翔太君の場合はまだ学生ですから、皇居周辺、官庁街、オフィス街……この辺りは除外してもいいかもしれません」

「裏をかいて、オフィス街に潜んでいたらどうなるんだ?」

「地理的プロファイリングは、本来、連続発生事件が対象なんです。
 ただ今回は、犯人の特徴や属性がある程度判っていますから、捜索エリアの優先順位を決めるためにやってます。
 この広い東京都内を隅々まで捜したら、いったいどのくらいの時間がかかることか」

「ふ〜ん」と呟いた古谷をじろりと睨み、東山は嘆息をもらした。

「とにかく、続けますよ。
 サークル仮説によれば、『第一の犯行は、身の安全のために十分離れているが、自由な行動は確保されている、犯人にとっての最適距離の場所で行われる』ということです。
 田中翔太の心理を推測すると、彼自身にとっての最初の犯行は、零ちゃんと接触し、顔見知りになること。
 ただし、その場所が『カッツェ』であることは動かせない。
 だとすれば、彼にとって安全で最適距離にある場所を逆算して、活動拠点を選んだのではないかと、私は考えます。
 恐らく彼は、逃亡ルートも前もってシミュレーションし、実際に試してみたでしょう。
 強引に踏む込まれた場合はどうするか、尾行された際にはどう行動するか──」

 そう話しながらも東山は手を休ませず、地図上に地下鉄の路線図を浮かび上がらせた。

「用意周到になるほど、いざという時の逃亡は、活動拠点からはできるだけ離れた、しかも土地鑑のある別方向へと動きます。
 とは言え、普段の行動の癖というのは、どんな人間にも必ず現れる。
 尾行を警戒した田中翔太は、バスやタクシーではなく、地下鉄を使って新宿へと逃げ、追っ手から逃れました。
 これは、いつも地下鉄を利用している者の行動でしょう。
 ちなみに、『カッツェ』周辺には、二本の路線が交差してます。
 彼にとって、地下鉄が心理的防御ラインであるとすれば、彼の活動拠点は、新宿への逃亡ルートとは別の、もう一方の路線上、あるいは乗り換えた先にあると考えられます」

 東山の指がエンターキーを押す。

 次の瞬間、モニター上のデジタルマップがさらに地域を限定した。

「おお、すげえ! 大分絞り込まれたじゃねえか」

 興味津々といった面持ちでデジタルマップをのぞき込んでいた古谷が、思わず感動の声を上げると、東山は肩をすくめて見せた。

「これでもまだエリアが広すぎて、捜索には時間がかかりすぎます。
 次に第二の犯行地点である『聖母の家』ですが……ここまでの距離は、彼にとって最適距離とは言い難かったでしょう。
 わざわざ車で送り迎えされているわけですからね。
 ただし、第一犯行地点とは別方向で行動するという原則は使えると思います。
 恐らくここが、最も離れたアンカーポイントと見なせますね」

 東山がプロットすると、一時的にエリアが拡大してサークルが重なり合う。

 そこに幹線道路や高速道路、さらに川などの物理的境界を反映させ、東山は再びエリアを絞り込ませていった。

「まずは、この白浮きしたエリアから調べるよう通達してあります。
 該当車両が防犯カメラ上に現れたなら、すぐに連絡が来るでしょう。
 他にも情報が上がってくれば、もっと範囲を狭められますし」

 東山が限定した地域は、古谷が訪れる以前にすでに想定していたものであり、特に目新しい情報は無い。

 鷲塚はクライムマップを一瞥すると、翔太の顔写真へと視線を移動させた。

 事件前に「カッツェ」へ行った時、零と翔太が交わしていた何気ない会話──。

『翔太君、大学生なんでしょう? 今は一人暮らししてるの?』

『あ、いえ……実家から通ってます。
 ホントは出たいんだけど、お金無いから、バイトして貯めようかと思って』

 翔太の言葉は、とっさに出たものだろう。

 だとすれば、あの言葉には何かしらの真実が含まれる。

(……母親が入院しているなら、あの時点で、そう言えば良かったはずだ)

 だが、翔太は「実家」という言葉を選択した。

 容疑者Aも出入りするアジトであることを隠したかったのかもしれないが、「実家」という単語には両親や家族の影がちらつく。

 母親不在の家の中で、容疑者Aだけが「兄」なのか、それとも他に「家族」がいるのか。

 母子家庭で生まれ育った田中翔太が、その心中に作り出した疑似家族──彼が、殺人に多少なりとも良心の呵責を感じているなら、「家族のため」と大義名分を掲げ、自らを奮い立たせようとする可能性はある。

 人間が持つエナジーポイント……根源的な欲望。

 それこそが動機の下に秘められた真実ならば、翔太が望んでいるのは、生まれた時から欠けている「父親」の存在だろうか。

 過去に引き起こした援助交際も、歪んだ感情の表れだとするなら──。

(……今回のパトロンが……翔太の『パパ』か?)

 翔太の日常が半年前に突然崩れたきっかけは、その「父親」が目の前に現れたからなのかもしれない。

(まあ、いい──いずれにせよ……死んでもらう)

 零に手を出した翔太も、関わり合った者たちも、血に塗れ、苦悶にのたうちながら──。

 口の端に冷ややかな嘲笑を浮かべた鷲塚に、その時、古谷が声をかけてきた。

「おい、鷲塚──しばらく情報待ちだろ?
 なら、お前、今すぐ寝ろ! 目つきがヤバすぎる」

 高宮と東山もまた、古谷と同じような怪訝な目つきで、鷲塚を見ていた。