Rosariel.com
Fatal Doll



<54>



 テーブルの下に這ったファントムは、零の左右の足首から膝へ、そして太腿の方にまで掌を滑らせ、仮面からのぞく唇をにたりと歪めた。

 不気味な笑みが目に飛び込んできた瞬間、零の全身に戦慄が走り、一瞬にして肌がざっと粟立つ。

 ファントムは、ガタガタと小刻みに震えるだけで、動けないでいる零の両脚を大きく開かせ、その内側へ躰を割り込ませてきた。

 その途端、黒のドレスは足の付け根までまくれ上がり、深紅の下着が露わになる。

 淫猥な光景を目の当たりにして、零の躰は羞恥でかっと熱くなり、一瞬で恐怖に凍りついていた。

「──……やめて……」

 血の気を失って震える唇から、怯えて掠れきった声がもれると、零が感じている恐怖を楽しむように御山がくすくすと笑った。

「まだ食事が終わっていないというのに、随分、刺激的な格好になっているな。
 我慢しきれずに、お前から男を誘っているようにしか見えないぞ」

 零を押さえ込んだまま、その肩口からテーブル下に視線を向けた御山は、不意に片手を伸ばし、するりと下着の下へ指先をくぐらせた。

 小さな赤いレースの中で縮こまっている未熟な性器を捕らえられ、あやすように指先でなぞられると、零は「ヒッ!」と喉を絞り、背筋を仰け反らせた。

「この男は、シャブの打ちすぎで頭がイカレたが、お前と鷲塚の事だけはどんな時でも忘れなかった。
 お前を天使だと言っていたぞ。
 いっそ、この哀れな男に情けをかけて、思いを遂げさせてやったらどうだ?
 今のお前の姿は、清純な天使からはほど遠い、淫らな堕天使だろう?」

 御山は残忍な言葉を囁きながら、片腕で零の身体を絡め取り、急所を籠絡させるように指を蠢かせた。

 親指と中指を使って巧みに上下に扱きながら、露出した赤い珠芽を人差し指の腹で延々となぞり続ける。

「──ああっ……うっ、うっ……ぅうッ!」

 びくっと肩を震わせた零は、歯を食いしばり、必死になって残酷な刺激と恥辱に耐えた。

 敏感な躰の中でも、一番刺激に弱く、すぐに快感の虜になってしまう部分。

 そこを責め続けられれば、たとえ嫌悪すべき相手の手でさえ、興奮して血流が集まり、大きく硬くなってゆく。

 ペニスと呼ぶには小さすぎるが、女の陰核よりも目立ちすぎる零の花茎は、御山の興をそそったのか、格好の餌食となっていた。

「濡れてきたな──こんな所で感じているのか、零?
 翔太も上橋も見ているというのに、大股を開いて、はしたないとは思わないか」

 慈しむように柔らかく繊細な愛撫でありながら、耳に注ぎ込まれる言葉は冷酷だった。

 だが、反駁しようにも、口を開けば淫らな声を上げてしまいそうで、零は顔を背けたまま、唇を噛むしか術がなかった。

 いつの間にか御山の拘束は緩んでいたが、ファントムの手が両膝をがっちりと押さえているため、椅子の上でビクビクと身をわななかせる。

 その時、視界を塞がれたまま、柔らかな内股に口を寄せていたファントムが、その存在に気づいたように顔を押しつけてきた。

 花弁が生温かい口に吸い込まれ、舌がもぐり込んでくると、零は悲鳴を迸らせていた。

「欲張りだな、ファントム……ソコは他の男に渡したくないのか?」

 笑いながら手を引いた御山は、左右に首を振りながら身悶える零の顎をつかむと、仰け反らせるようにして上向け、悲鳴を口づけで塞いだ。

 かっと双眸を見開いた零は、反射的に躰を突っ張らせ、顔を振って御山を拒もうとした。

 だが、男の力には敵わず、両目から涙がこぼれ落ちる。

 ファントムの荒れた指が躰の中に侵入し、卑猥に蠢き始めると、恐慌に陥った零は、御山の腕にしがみつき、死にもの狂いで哀願していた。

「──……いやああっ……もう、助けて……止めさせてッ……お願い!」

 両性を有する肉体に執着した廣田は、まるで拷問部屋のような地下室で、零を己の物にしようとしていた。

 そして、残酷な御山の手で、ファントムとして生まれ変わった男は、零にさらなる妄執を抱き、責め苛もうとしている。

 ファントムの怨念を理解し、全てが繋がった瞬間、記憶が脳裏で爆発し、零は恐怖と絶望に押し潰されそうになった。

(──原因は……私自身にあったの……?)

 鷲塚を選び、廣田を拒絶した時から──あるいは、それよりもずっと前から、何もかもが始まっていたのだろうか?

「助けて欲しければ、私に逆らうな。
 お前は大人しく、私の言葉だけに従う人形になればいい。
 そうすれば、ファントムから助けてやる──できるだろう、零?」

 耳元に降り注ぐ優しい声の持ち主に、零は無我夢中でうなずいて見せた。

 もう限界だった──何も考えない人形になれるなら、その方がずっと楽になれる。

「……助けて……お願い……私を、助けて──」

 痙攣するように小刻みに躰を震わせた零は、焦点の定まらない瞳を宙に彷徨わせた。

(……海琉)

 声にならない名前を譫言のように唇に乗せた零は、御山の唇が深く重なりあっても、もはや抗うこともできず瞼を閉ざしていた。

 覆い被さった口からするりと滑り出た御山の舌は、柔らかさを味わうように零の唇をなぞり、さらに奥へと入り込もうとする。

 とっさに拒むように歯を噛み合わせ、全身を硬くして顔を背けかけたが、「舌を出せ」と冷ややかに命じられた。

 操られるように突き出した舌を吸われ、根元まで絡め取られる。

 貪り尽くされるようなキスの後で、赤ワインが口移しで注ぎこまれ、そのまま幾度となく舌が絡みついてきた。

 口を閉ざすことができず、ワインが口の端からポタポタと滴り落ちると、御山の手はその流れを追うように滑り込み、苦しげに喘ぐ零の胸元をまさぐり始める。

 だが、激しい恐怖と、肉体を弄ばれる苦痛に苛まれていた零は、怯えきって震えおののくだけだった。

「やれやれ──どうやら、ショックが強すぎたようだ。
 零はよほど、このファントムのことが怖いらしいな」

 ククっと喉を鳴らして笑った御山は、零の唇から滴り落ちた赤ワインを指先で拭うと、後方に大きく椅子を引いて、テーブルとの間を空けた。

「ファントムを連れて行け。今後、零の前には顔を出させるな」

「──約束が違う! 零は、俺の物だ!」

 男たちの手でテーブル下から引きずり出されたファントムは、突然激昂し、狂ったように暴れながら怒声を放った。

 男たちは四人がかりでファントムを床に押さえ込み、その異常な膂力を奪うように、両腕を背中側へとねじり上げる。

 ファントムの前に腰を下ろした御山は、その醜悪な顔を覆う白い仮面を剥ぎ取ると、憐れみを込めた声で諭すように告げた。

「約束というのは、生きた人間同士でするものだ。
 死人でしかないお前の言葉は、幽霊の恨み言のようなものだろう。
 私には聞こえんよ」

 立ち上がった御山は、憎悪を宿す濁った双眸で睨みつけてくるファントムを見下ろし、薄く唇をつり上げた。

 そして、わずかに右足を引き、鼻面に向けて鋭く振り抜く。

 硬い革靴の爪先で顔面を蹴り飛ばされたファントムは、鼻血を撒き散らしながら大きく仰け反り、絶叫した。

 部屋中に響き渡った凄まじい悲鳴に、放心していた零の躰がビクリとすくむ。

 その姿を振り返った御山は、唇に酷薄な微笑を湛えると、翔太に刃を突きつけられたまま座っている上橋を一瞥した。

「さて──二人とも、待たせて悪かったな。
 せっかくの食事会が、いささか風変わりなものとなったが、許してもらいたい。
 新しい愛人の可愛らしさに、私としたことが、つい夢中になってしまった」

 虚ろな眼差しを宙に向ける零の傍に戻り、落花狼藉の風情を眺めてその頬を撫でた御山は、そのままゆったりとした足取りで長いテーブルを巡った。

「それで、実際のところはどうなんだ、上橋?
 翔太の言う通り、私を裏切り、鷲塚に寝返るつもりだったのか?
 零がここにいると知らせてやれば、鷲塚への何よりの土産になるだろうが……」

 時間をかけて反対側にたどり着いた御山が訊ねると、上橋は不動の体勢のまま、取り乱すことなく淡々と答えた。

「全て、言いがかりです──会長を裏切るような真似はしていません。
 俺は北聖会の一員です。
 いったい、何の証拠があって、俺が寝返ったなどと」

 その言葉を聞いた翔太は、面白くなさそうに片眉をつり上げた。

「つまんない事言うねえ、上橋さん。
 携帯のやり取りを盗聴するのは簡単なんだよ。
 オヤジの居場所を喋ってた相手、荒神会の高宮じゃない?」

「カマをかけようったって、無駄ですよ。
 相手が高宮だと、何故判ったんです?
 俺が、その名前を出した事がありましたか?
 あるんだったら、その盗聴記録とやらを、ここで聞かせていただきましょうか」

 怒気を含んだ声で言い返した上橋は、剣呑な眼差しで翔太を睨んだ。

 すると翔太は薄笑いを浮かべながら首を傾げ、冷ややかに成り行きを傍観している御山の顔色をうかがった。

「お前の分が悪くなったようだな、翔太。
 これが裁判なら、証拠を出せないお前は間違いなく負けるだろう」

 御山はそう言って、片手を振って翔太を下がらせた。

 渋々といった顔つきでナイフを引き、上橋の背から離れた翔太は、退屈をもてあますような素振りでテーブルを周り、零の背後に立った。

 一方の御山は、テーブルの上に置かれていたワインボトルを取り上げ、空になっていた上橋のグラスに手ずから注いだ。

 そして、鷹揚な声音で、上橋に「立て」と命じる。

「だが、火のない所に煙は立たぬというから、翔太に疑われるような事を、お前が口にしたという可能性は捨てきれない。
 情けないとは思わないか、上橋?
 北聖会の直参に、裏切り者がいるという疑惑が持ち上がるのは……」

 椅子から立ち上がった上橋は、床に落としていた視線をそらすことなく御山に向けると、腰を折り曲げ、深々と頭を下げて見せた。

「少し時間を下さい。俺が荒神会とは無縁だという証を、必ずお見せいたします」

 次の瞬間、御山は表情をいっさい変えずに、3分の1ほど残っているワインのボトルネックつかみ、無防備な上橋の頭に振り下ろした。

 ガラスが砕け散る衝撃音と、突然の苦痛を露わにした呻き声が交錯する。

 そして、ガラスの中から一面に飛び散ったワインレッド。

 前屈みになった上橋の髪を無造作につかんだ御山は、氷のような冷笑を浮かべたまま、中ほどで鋭く割れたワインボトルを男の顔に突き立てた。

 非情に手首をひねり、ガラスの切っ先で顔面の皮膚を切り裂いてゆく。

 瞬きすることもできず、一連の惨劇を呆然と見つめていた零の視界は、背後から伸びてきた翔太の手によって塞がれた。

 だが、激痛に彩られた獣のような悲鳴は、消し去ることのできない新たな恐怖を鼓膜に刻みつける。

「残念だ、上橋。貴様には期待していたというのに。
 せっかくのワインだからな──最後まで味わっていくがいい」

 悪夢の中で、御山の冷々とした声が響いた。

 力を失った零の躰が崩れると、背後に立っていた翔太が慌てて抱き締めてくる。

「しっかり、零さん──ああ、もう……いくら何でも、虐めすぎだよ」

 翔太の最後の呟きには、苛立ちと苦悩が滲んでいる。

 深紅のドレスを震える指先で握り締めた零は、全ての力を振り絞るようにして訴えた。

「お願い……海琉に、伝えて──私の事は……探さなくていいって……。
 私はもう……海琉の傍には……帰れない」

 鷲塚の面影が遠退き、闇の中へと消えてゆく。

 名前を呼び続ける翔太の声を聞きながら、零は涙の雫を残し、鷲塚の面影を追うように漆黒の淵へと沈んでいった。