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Fatal Doll



<56>



 思い詰めたような顔で逡巡する功刀を眺めていた鷲塚は、胸の奥でチリチリと燻る苛立ちを味わいながら、ゆっくりと煙草を吹かした。

「極道には、極道のやり方がある。
 貴様がだんまりを続けるつもりなら、自白剤をぶち込んで、喋らせてもいい。
 先に一線を越えたのは、ヤツらの方だ。
 俺たちは、きっちりと落とし前をつけさせてもらう」

 十分に間を置いた後、冷酷な言葉を突きつけると、男ははっとした表情になった。

「……翔太を見つけ出して、どうするつもりだ?」

 冷静沈着な弁護士の仮面が崩れ、感情的な男の素顔が現れる。

 立ち上がった鷲塚はくわえ煙草のまま、功刀のネクタイをつかみ、首を締め上げた。

 鋭く睨みつけてくる功刀の双眸を見返した鷲塚は、唇の片端をつり上げて薄く笑うと、男の顔にフウっと紫煙を吐きかけた。

「それは、俺の捜し物が無事に戻ってくるかどうかで決まることだ。
 ただの誘拐より、略取殺人の方が遙かに罪は重い。
 弁護士センセイなら、よく判っているだろう?」

「そんな、バカな真似を……あの子がするはずがない。
 確かに、一時は荒れていたこともあったが、彼はちゃんと更生したはずだ」

 ショックを隠しきれないような功刀の声音を聞き、鷲塚はその躰を突き放すと、デスクに戻りながら嘲笑を閃かせた。

「ああ……女装をして、男を引っかけ、金を巻き上げていたんだったな。
 今はもう、新しい金持ちのパパを咥え込んでいるようだぞ。
 躰に染みついた悪い癖は、なかなか抜けないと言うことだ」

「──違う! 翔太はそんな子じゃない!」

 鷲塚の言葉に激昂したように、功刀が声を強めて断言する。

 デスクに寄りかかり、その様を冷ややかに眺めていた鷲塚は、疑惑に苛まれて揺れ動く功刀の瞳を見すえた。

「どうやら、貴様もあの小僧に誑かされているらしい。
 あいつの手練手管に、まんまと騙されたのか?
 それとも、貴様自身が、あの小僧に金を貢いでいる、新しいパパというわけか?」

 問いを重ねた鷲塚は、激しい怒りのこもった目で睨みつけてくる功刀に冷笑を浴びせ、煙草を唇に挟んだまま、己の腕時計を指差して見せた。

「──翔太のハリー・ウィンストン。貴様が買ってやったんだろう?
 大学の入学祝いらしいが、田中家の経済力では、逆立ちしても買えない代物だ」

 新堂が思い出した情報の一つ。

 それ自体は大したことではないが、功刀が抱え込んだ疑惑を、さらに深めさせるためには役に立った。

 功刀の腕時計は国産メーカーの物で、東山の情報から考え合わせても、恋人や愛人に高級時計を贈るような性格ではない。

 イヤになるほど堅物で実直な正義漢。

 自ら真反対だと評した東山は、功刀彰丈の人となりをそう語った。

 ならば、翔太に時計を買い与えたのは、功刀ではなく別の人間──そう確信しつつも、鷲塚があえて伝えると、案の定、男の目線が大きく揺れた。

 弁護士でありながら、最大の武器である言葉を失った無様な男。

 その姿を、情の失せた鋼の双眸で見下ろし、鷲塚は肩をすくめた。

「どうやら、俺の勘違いだったらしいな。
 だが、貴様も不思議に思わなかったのか?
 さほど裕福でも無い田中の家が、高額な入院費を、どうやって支払っていたのか」

 翔太が持つ二面性を、功刀は本当に気づかなかったのか?

 それとも、薄々は感じつつも、あえて見ないようにしていたのか──。

 翔太が意図的に裏の顔を隠していたのは間違いないのだろうが、どうやら功刀は、ただの知り合いに対する情以上のものを、心の中に抱え込んでいるらしい。

(とは言え……何も知らないなら、この男に利用価値は無いが)

 零の写真に視線を向けた鷲塚は、焦燥と落胆を同時に感じながら嘆息をもらしていた。

 すると、深刻な顔つきになっていた功刀が、意を決したように重い口を開いた。

「協力する代わりに……ひとつ、条件がある。
 翔太を見つけ出したら、無傷のまま、彼の身を私に預けてほしい。
 そうしてくれるなら、私が持っている情報を、あなたに教えよう」

 煙草を灰皿に押しつけた鷲塚は、斬りつけるような冷厳な流し目を功刀に向けた。

「あの小僧が元凶だ──それを、俺が手放すと思っているのか?
 さっきも言った通り、貴様が何か知っているなら、吐かせるまでだ。
 取引をしているほど、悠長な気分じゃないんでな」

「あなたが捜しているのが零さんなら、私の話を聞いておいた方がいい。
 鳴川零という人物が何者なのか、考えたことは?」

 冷静さを取り戻した功刀は、落ち着いた口調でそう言い、溜息をつきながら背中を椅子に寄りかからせた。

 双眸を眇めた鷲塚は、声のトーンを低く落とし、確認するように質問した。

「零の母親に電話をかけたのは、やはり貴様か?」

「とっくにお見通しというわけだ」

 功刀は苦笑を浮かべると、不自由ながら肩をすくめて見せた。

「もし、翔太が本当に零さんを拉致したのだとしたら、この件を預かっている私としても見過ごせない問題になる。
 零さんに危害が加えられるのは、私としても是が非でも避けたい。
 そういう意味では、あなたと私の利害は一致している」

 淡々と言葉を紡いだ功刀は、表情を消し去った鷲塚の顔を、真摯な眼差しで見つめた。

「鷲塚さん──あなたは、運命というものを信じていますか?」

「宗教の勧誘なら断る」

 鷲塚が素っ気なく鼻を鳴らすと、功刀は苦笑しながら首をひねった。

「では、『因縁』とでも言葉を変えましょうか?
 いずれにせよ、私が今感じているのは、そういう類のものです。
 論理的でないものを、私はあまり信じるタチではないが、今回に限っては、そうも言っていられないような気がします」

「俺が知りたいのは、翔太がどこにいるか……零がどこにいるのかの一点だけだ。
 運命論には興味が無い」

 鷲塚が冷然と撥ね付けた途端、功刀は前のめりになって、訴えかけるように言った。

「私も、あなたと同じです──翔太がどこにいるのか、私は知りたい。
 あの子は、いつか弁護士になって、困っている人を助けたいと言ってくれた。
 あなたが言っている事が真実だとしても、何か理由があったはずだ。
 もし、あの子の父親が関わってきているのだとしたら……私は、彼を助けたい」

 必死に食い下がろうとする功刀を見返し、鷲塚は片眉をつり上げた。

「翔太の父親が何者なのか、貴様は知っているというわけか?」

「翔太は話してくれなかったが、実際には、私が関わっている一件と繋がっています。
 私が『聖母の家』に通っていたのも、それを調べるためでした。
 あそこには、翔太の母親である『田中弥生』さんが入院しているが、彼女は偽物です。
 本物の田中弥生は……どこか別の場所にいる」

 功刀が明かしたその情報は、鷲塚が抱いていた疑念を裏付けるものだった。

 翔太の居場所にたどり着くため、その素性を知る人間を拉致すると決めた時、候補に上がったのが母親の田中弥生と、功刀だった。

 だが、鷲塚響子の隣室にわざわざ入院させ、盗聴器をしかけて情報を流させるために、翔太が実の母親を利用するかどうか。

 報復の標的になるような存在を、鷲塚の目につきやすい場所に残していくか。

 翔太が母親に対して何の感情も抱いていないのなら、見殺しにしても平気でいられるのだろうが、そうでない可能性もある。

 鳴川美弥子からの電話がきっかけとなり、先に功刀を捕らえることになったが、どうやらその選択は間違っていなかったらしい。

 504号室に入院している『田中弥生』もまた、捨て駒──重要な情報は、何一つ知らされていないだろう。

 鷲塚は一度高宮に視線を向けると、功刀にうなずいて見せた。

「いいだろう──翔太を捕らえたら、生かしたままお前に渡してやる。
 ただし、無傷でというのは保証できんがな。
 事が事だけに、何が起こるか予測ができない」

 抑揚の無い声で答えた鷲塚を見上げ、功刀はほっとした顔つきで笑った。

「ありがとうございます。あなたがそう言ってくださるだけで、十分ですよ」

 そして功刀は、ちらりと高宮を一瞥した。

「できれば、私の話を聞くのは、鷲塚さん一人にしていただきたい。
 弁護士としての信念を曲げて、守秘義務を破るにしても、最小限にしたいので」

 鷲塚は軽く肩をすくめ、弁護士の要望通り、高宮を退室させた。

 後でどうとでもなる──頭の隅に、凍てついた独白が広がる。

 鷲塚の冷酷な思考にはまるで気づかないのか、功刀は微かに安堵の表情を浮かべて椅子に座り直し、深く息を吸い込んだ。

「さて……ではまず、翔太の父親の事ですが──。
 あなたも、よくご存知の人ですよ、鷲塚さん。
 田中弥生は、かつて北聖会の会長、御山恭介の愛人でした」

 その名を聞いた瞬間、鷲塚は双眸を鋭く眇めた。

 まさに直観通り、御山が関わっている。

 バラバラだった点が一気に繋がり、全体像が浮かび上がってきた。

 しかし、その後、功刀から告げられた言葉は、鷲塚の想像を遥かに上回るものだった。

「そして、零さんと翔太は、実は異母兄弟なのではないかと、私は考えています。
 私が捜している人……相楽(さがら)香澄という女性が、零さんの実の母親ではないかという可能性があるんです。
 この女性もまた、二十年ほど前に御山と関係があったのですが、失踪して現在も行方知れずになっています」

 さすがに驚きを禁じ得ない。

 何の因果なのか、己の手で一度は断ち切ったはずの「香澄」という存在が、再び亡霊となって、目の前に現れたような気さえした。

 そして、目に見えない呪縛が、零を絡め取り、巻き込んでゆく──。

 鷲塚の脳裏で、嘲笑を浮かべる御山と、悲嘆の涙を流す零の面影が交錯した。




 新堂と同じ医療室に放り込まれていた真那は、銃創を覆う包帯の交換を手伝いながら、胸に湧き上がってくる不安を口にした。

「ねえ、新堂さん──もしかして、あの3億円、あたしが運ぶことになるのかな?」

 1億5千万円ずつに分けられた、現金輸送用の頑丈なジュラルミンケース2個。

 試しに持たされた途端、真那はその重量に音を上げ、思わず泣きそうになった。

 何しろ、現金箱そのものの重さを合わせると、1個分でおよそ20キロにもなるのだ。

 2個で合計40キロ。両手で持って歩き回ることなど、不可能な重量に感じられた。

「そりゃ、さすがに無いだろうよ……移動は車だろうしな」

 動作を確かめるように腕を動かした新堂は、胸部に走った痛みを堪えるように顔をしかめると、しょげ返っている真那の頭を叩いた。

「心配すんな。お前が運び屋になっても、周りは俺たちが守ってやる。
 零さんを取り戻せるなら、現金は奪われても構わないって、若頭も言ってたろ?
 お前は余計な事を考えず、犯人からの指示を、俺たちに伝えるだけでいい」

 ジュラルミンケースの中には、GPS発信機が隠されている。

 さらに念のため、鷲塚は100万円の札束の中にも、中心部分に切り込みを入れて空隙を作り、発信機を埋め込ませた。

 仮にケースから現金を出すことになっても、それらのGPSが犯人に発見されなければ、零の居場所へと導いてくれるはずだった。

 現金の授受が問題無く行われたところで、『ファントム』が素直に零を返してくるとは、誰も考えていない。

 不要になれば、零は殺される──そうなる前に、見つけ出さなければならなかった。

「とりあえず、お前はさっさと寝ろ。時間になったら、起こしてやる」

 新堂が簡易用のパイプベッドを指差すと、真那は大人しくうなずいて布団の中にもぐり込んだが、眠気は一向に訪れる気配がなかった。

「……でも、なんで、『ファントム』なんて名前なんだろう?」

 仰向けになったまま真那が独り言のように呟くと、スーツ姿のまま隣のベッドに転がった新堂がぼそりと答えた。

「零さんをさらったのは、顔を隠したマスク姿の男だったからな。
『オペラ座の怪人』を気取ってるんじゃないのか?」

「う〜ん。『オペラ座の怪人』のファントムは、主人公に恋しちゃってる男なんだけど。
 実は男女の三角関係なんだよねえ、あの話。
 ファントムは、身代金のためにクリスティーヌを誘拐したわけじゃないからなあ」

 喋りながら真那が想像を巡らせていると、新堂は苛立ったようにぴしゃりと言った。

「いいから、さっさと寝ろ! 俺は、お前のお守りじゃねえんだ」

「新堂さんだって、怪我人じゃない。
 あたしに構ってないで、眠っちゃえば?
 零ちゃんを助けなきゃいけないんだから、あたしだって、バカな真似しないわよぉ」

 真那が唇を尖らせると、新堂は「うるさい」と言うように空中で片手を振った。

 するとその時、二人が使っている部屋のドアが突然開き、手錠を掛けられた弁護士の功刀が、高宮に連れて来られた。

「新堂──ついでに、この男も見張っておけ」

 慌てて躰を起こした新堂に、高宮は手錠の鍵を渡して、さっさと立ち去ってゆく。

 どうやら、カタギ連中はひとまとめにして、一部屋に押し込んでおくつもりらしい。

 内心で溜息をついた新堂は、自分が使っていたベッドに功刀を座らせると、枕側のパイプに手錠を繋ぎ直した。

「あれ〜? 何で、功刀センセイが、ここに来てるの?」

 起き上がった真那は、好奇心に満ちた目をイケメン弁護士に注ぐ。

 以前『カッツェ』で顔を合わせた三人が、偶然にも、ここで再会したのだった。