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Fatal Doll



<57>



「このセンセイは、翔太とグルなんじゃねーかって、思われてんだよ。
 あいつの居所を知ってそうなヤツを、探してる最中だからな。
 どこに雲隠れしやがったんだか……見つけ出したら、あいつ、ただじゃ済まさねえ」

 新堂が忌々しげに吐き捨てると、功刀はちらりと一瞥し、事務的な声音で淡々と告げた。

「翔太の身柄は、私が預かることになっています。
 彼に対する暴力は、遠慮していただきたい」

 その瞬間、頭にかっと血が上り、新堂は功刀の胸倉を力一杯掴み上げていた。

「──てめぇ、ふざけんな! 零さんが今、どんな思いをしてると思ってんだ!」

 だが、胸に穿たれた銃創から激痛が走り、新堂は脂汗を滲ませながら低く呻いていた。

 その姿を見た真那は、慌ててベッドから飛び降り、二人を引き離した。

「ちょっとぉ! 無理しちゃダメだって……」

 振り払おうとする新堂を押さえ込むように、新堂の肩にしがみついていた真那は、硬い表情を崩さないでいる功刀をじろりと睨みつけた。

「功刀先生、翔太君の居場所、知ってるの?
 零ちゃんは、あたしにとっても大事な友達なんだから、傷つけるヤツは許さない。
 もし、アレをやったのが翔太君なら、あたしだってキレるよ」

 新堂の激しい怒りに同調するように、真那の感情もまた高ぶってくる。

 その声音が鋭く尖ると、真那と新堂を見つめていた功刀は、双眸を閉ざして嘆息した。

「言っておくが、翔太の居所は本当に知らないんだ。
 知っていたなら、こんな事はすぐに止めさせているだろう。
 私としても、零さんには無事に戻ってきて欲しいと思っている。
 そのための協力は惜しまないつもりだ」

 その言葉を聞いた真那は、思わず首を傾げていた。

「……そもそも、先生と翔太君って、どういう関係?
『カッツェ』ではずいぶん仲良さそうに見えたけど、歳も離れているし、ただの友達ってわけじゃないんでしょう?」

 最初に『カッツェ』で感じた疑問を、真那はそのまま口にした。

 すると功刀は、わずかに逡巡するように視線をそらし、ベッドの端に座り直した。

「私が翔太と初めて出会ったのは、彼がまだ高校生の頃だった。
 たまたま、事務所近くの公園を通りがかった時、言い争っているような声が聞こえた。
 翔太が、仲間の少年に乱暴されそうになっていたんだ。
 その頃の彼は、女装をして援助交際まがいの事をやっていたんだが、一見すると女の子にしか見えなかったからね。
 おそらく、その時の格好が仲間たちの好奇心を煽ったんだろうが、何も知らずに目撃した私からすれば、すぐさま助けに入らなければ……というような状況だったよ」

 功刀が苦笑を浮かべると、顔を強張らせていた新堂は嘲るようにフンと鼻を鳴らした。

「──それで?」

 喋れば毒を吐きそうな新堂を黙らせるように、抱え込んだ腕に力を込めた真那は、先を促すように聞いた。

「助けるには助けたんだが、後から翔太に『余計な事をするな』と怒鳴られてね。
 ただ、事情を知ると放っておけなくて、私なりにいろいろ世話を焼いた。
 最初は反発していたが、少しずつ仲良くなって、やっと翔太を悪い仲間から抜けさせることができた。
 その翔太が……まさか、こんな事件を起こすとは、今でも信じたくない」

 功刀の双眸に沈痛な表情が浮かぶと、新堂がまた怒り出しそうだったが、真那は急いで両手でその口を塞いだ。

「ちなみに、先生と翔太君は、恋人同士だったってこと?」

 間髪入れずに真那がそう問うと、功刀は驚愕したように双眸を瞠り、苦笑いしながら首を横に振った。

「いや、そうじゃない──私も翔太も、同性愛者ではないんだ。
 友達というのも違う気がするが、そうだな……私は兄弟のように感じていたよ。
 兄のように慕われ、信頼されていると、私は思っていたんだ」

「その信頼しているセンセイには何も言わず、あいつは消えたんじゃねえか。
 結局、全部があんたの自己満足で、何一つ理解してなかったってことだろ?」

 真那の手を強引に振り払い、新堂が痛烈に言い放つ。

 その途端、功刀は苦渋を噛みしめたような表情を浮かべ、深い嘆息を吐き出した。

「そうかもしれない……だが、必ず理由があったんだと、信じている。
 翔太は意味もなく、こんな騒ぎを起こすような子じゃない」

 次の瞬間、真那の束縛を振り切って立ち上がった新堂は、激情に駆られるまま、功刀の頬を拳で殴りつけていた。

「──バカか、てめえは!
 理由があるとか、意味があるとか……もう、そういう問題じゃねえんだよ。
 あいつは零さんを陥れ、傷つけた。
 どんなに綺麗事を並べても、その事実は変わらねえだろうが。
 だいたい零さんが、あいつに何したって言うんだよ」

 興奮して痛みを忘れているのか、息を荒らげた新堂は、立て続けに怒声を浴びせた。

 零を守りきれなかった自分自身への怒りや悔しさが入り混ざった新堂の剣幕に、真那は圧倒されてしまい、今度は止めることすらできなかった。

「零さんには……本当に申し訳ないと思っている。
 だから私も、翔太と共に償いがしたい。
 ただ、復讐は恐ろしい連鎖を引き起こし続ける。
 今回の一件は、君たちが思っている以上に、根の深い問題が絡んでいるんだ」

 頬を押さえた功刀は、新堂を責めることはせず、何かを諦観しているような面持ちで淡々とそう告げた。

 何故か判らないが、背筋がぞくりと冷たくなる。

 眉間に深い皺を刻んだ真那は、なおも苛立ちを募らせる新堂を宥めるように、その腕にそっと手をかけた。

「新堂さん──とにかく、今日はもう、これまでにしようよ。
 功刀先生はホントに知らないみたいだし、言い争っても無駄に疲れちゃうだけでしょ?
 明日のために、体力温存しとかなきゃいけないんだからさ」

「うるさい」と言わんばかりの表情で睨み下ろしてくる新堂に、真那は悩ましげに笑いかけると、声をひそめて囁いた。

「零ちゃんはもちろんだけど……アレを見た鷲塚さんは、今頃もっと苦しんでるはずだよ。
 その鷲塚さんが我慢してるんだから、新堂さんだって我慢しなきゃでしょ?」

 その言葉は、残酷なほどの効果があった。

 新堂は口を噤んで黙り込むと、二人から離れた場所にあるソファにどさりと腰を下ろし、両手で顔を覆ってしまった。

 懊悩するその姿を見守っていた真那は、功刀に視線を戻すと、念を押すように告げた。

「だけど……あたしだって、新堂さんや鷲塚さんと同じ気持ち。
 でも、先生を殴ったって、手を痛めるだけだから、やらないだけ」

 苦笑を浮かべた功刀が「判った」と言うようにうなずいて見せると、真那は肩をすくめ、口調を変えて訊ねた。

「それより……先生は、『ファントム』ってどういう事か、判る?」



 薄暗い天井に立ち上ってゆく紫煙の行方を目で追っていた鷲塚は、ふと気づいて、灰になりかけた煙草を灰皿で捻り消した。

 火を点けたものの、ほとんど用をなしていない。

 そんな吸い殻が、いつの間にか灰皿の中に積み上がっている。

 煌々と光るモニターに視線を戻した鷲塚は、再び思考を阻害し始めた内なる声に、鋼の双眸を眇めた。

『……零さんと翔太は、実は異母兄弟なのではないかと、私は考えています』

 功刀が語った言葉──それが真実なら、零の父親は北聖会の御山ということになる。

 だが、御山自身はその事には気づいていないだろうと、功刀は分析していた。

 もし知っていたなら、二十年もの間、零をそのまま放置しておくことはなかっただろうと。

「相楽香澄さんのご家族は、すでに皆、亡くなっています。
 彼女が失踪した後、交通事故で全員が死亡しました。
 香澄さんの行方を探しているのは、当時、相楽家の顧問弁護士であった私の叔父、功刀忠洋(くぬぎ ただひろ)だけとなりました。
 その叔父も亡くなりましたので、私がその遺志を引き継ぐことになったのです」

 功刀忠洋は、相楽家の交通事故を御山の仕業だと考えていたようだった。

 とは言え、それを証明するものは何も無い。 

 唯一、御山との関係を証言できる香澄もまた、事故の直前に一度姿を見せたきり、行方をくらませてしまったのだという。

「叔父の前に現れた香澄さんは、最後に言ったそうです。
 御山から逃れるためには、生まれたばかりの我が子を手放すしかなかった、と──」

 そうでなければ、自分の運命に巻き込んでしまう。

 御山は、自分を探し、追ってくるだろう──だが、子供には何の罪も無い。

(だから、御山の手が届かない所で、あの子には幸せになってほしい。
 それが、私の願いです)

 そう言い残し、相楽香澄は、赤ん坊をどこに預けたとも教えず、それ以上は何も語らず、姿を消した。

 残された手がかりは、香澄が産着に縫い込んだという、古いアンティークのロケット。

「ペアになっていたロケットの片方を、叔父は香澄さんから預かったそうです。
 それが……これです」

 功刀の首にかかっていたのは、鷲塚も見覚えがあるペンダントだった。

 手を伸ばした鷲塚は、功刀のロケットを引き千切り、蓋を開けた。

 中には香澄自身の写真と、もう一枚、裏側に重ねられるようにして、生まれたばかりの赤ん坊の写真が添えられていた。

「それと同じロケットを、零さんはお持ちではありませんか?」

 功刀の質問に、鷲塚は答えなかった。

「では……零さんが戻ってくるまで、それはお預けしておきます。
 帰ってきたら、是非、見せてあげてください」

 気を利かせたつもりなのか、功刀がそう言うと、鷲塚は鋭く弁護士を睨みつけた。

「お前が知っている事を、零には一切喋るな。
 あいつに余計な事を知らせるつもりは無い」

「──余計な事? 
 零さんが、本当のお母さんの事や、真実を知ることが、余計な事だと言うんですか?
 自分がどういう人から生まれ、どういう状況で今の家に引き取られることになったのか、零さんだって知りたいと思うでしょう」

 反論し、鷲塚を睨み返してきた功刀は、どうやら本気でそう信じているようだった。

 だが、鷲塚からしてみれば、それは邪魔な信念でしかない。

 どこの誰から生まれようと、誰が父親であろうと、今ある零自身にはまるで関係無い──それゆえに知らせる必要も無いと、鷲塚は考えていた。

 もっとも、この件に関しては、早々に手を打たなければならないだろう。

 零が真実を知る以上に、御山に知られる事の方が、遥かに害悪が大きい。

 今はまだ「鷲塚の愛人」としか零を見なしていないだろうが、執着していた香澄と自分の血筋だと知れば、御山は別の思いを抱くかもしれない。

「お前の他に、零と相楽香澄の関係を知っている者は?」

 鷲塚の問いに、功刀は不審がることもなく答えた。

「叔父が亡くなったので、今は私だけです」

 功刀の言葉を聞いていた鷲塚は、ひとつの決心を固めた。

 と、その時、ドアをノックする音が響き、鷲塚は我に返った。

 肩越しに振り返ると、ドアから顔をのぞかせた古谷が、腕を伸ばして照明のスイッチを手探りしている。

 パッと蛍光灯が点灯し、薄闇に閉ざされていた部屋の中が明るくなった。

「……ったく、まーたこんな暗い部屋に引きこもって、何やってんだ?」

 遠慮も知らず、ズカズカとデスクに近づいてきた古谷は、床に置かれた二つのジュラルミンケースに目を止め、「おお!」と感嘆をもらした。

「久しぶりに、三億円分の諭吉さんの顔が拝めたぜ。
 最近は数字が動くばっかで、金のありがたみが全然ねーからな」

 午前3時にも関わらず、生き生きとした表情を浮かべている古谷は、そう言いながら鷲塚の前に数枚の写真を並べた。

「翔太ってえガキが昔つるんでた連中、一人をのぞいて、北聖会系列の闇金から結構な借金してるみたいだぜ。
 残る一人は行方不明らしいが、シャブの売人だったってえ話もある。
 シャブの出所はまだつかめてねえが、やっぱ、北聖会が絡んでる可能性は有りだな。
 御山を睨んだお前の勘、当たりかもしれねえぞ」

 一昼夜で様々な情報を集めてきた古谷は、無表情のまま写真を一瞥した鷲塚の顔をのぞき込み、訝しげに訊ねた。

「おいおい、勘が当たって、嬉しくねえのか? 随分、煮え切らない顔じゃねえか」

 鷲塚が軽く肩をすくめて見せると、古谷は嘆かわしげに宙を仰いだ。

 そして、古谷が改めて口を開きかけた時、慌ただしい足音と共に高宮がドアを開け、険しい顔つきで報告した。

「上橋が死にました」

 上橋茂(うえはし しげる)──北聖会の二次団体、鶴宗会の若頭。北聖会の直参。

 北聖会の頂点に立つ御山のやり方にはついて行けないと、以前から敵対する荒神会と繋がり、内部情報を秘密裏に流していた男。

「消されたのか?」

 鷲塚が問うと、高宮は即答を避けるように説明した。

「流れてきた情報によれば、行きつけのクラブで喧嘩に巻き込まれたそうです。
 しかしその直前に、上橋は本家に呼び出されていたようで、いろいろ胡散臭い」

 嘆息を短く吐き出した高宮は、腕組みをして考え込んでいる古谷にも視線を向けた。

「けどよ……上橋が呼び出されたってことは、御山は本家にいるんじゃねえのか?」

 古谷の疑問に、高宮はうなずいて見せた。