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Fatal Doll



<65>



 北聖会本家──御山邸の門の前に立った鷲塚は、ゆっくりと首を巡らせた。

 視線の先には、一区画先の路上に停められた黒いセダン。

 明らかに不審車両にしか見えないが、中に乗っている刑事は目立たないつもりで張り込みをしているのかもしれない。

 北聖会の幹部上橋が喧嘩に巻き込まれて死亡した事件を捜査しているのだろうが……。

 こちらを監視している男たちの緊張した空気が伝わってくるようにも感じ、鷲塚は微かに唇の片端をつり上げた。

 表向きは平静を保ちつつも、敵対している北聖会と荒神会。

 北聖会の首領である御山の屋敷を訪問する、荒神会の若頭。

 これから何が始まるのかと、捜査四課の刑事たちも注目していることだろう。

 理由は何であれ、コトが起きれば、現行犯で逮捕できる。

 普段なら立ち入る隙の無い御山邸に踏む込むチャンスにもなる。

 ここに零が監禁されているなら、刑事たちに発見させるというのも一つの手段ではあったが──。

(だが……これは俺の手でケリをつける)

 警察をおびき寄せておいたのは、存在そのものが抑止力であるため。

 本来なら有無を言わさず一気に押し込み、制圧したくはあったが、零を奪われている以上、用心を重ねなければならない。

 己一人だけなら何が起こっても気にすることはない。

 だが、激昂した御山が、零に銃口を向けるような事態になっては困るのだ。

 そう思い、鷲塚が視線を戻した時、沈黙していた堅牢な黒い門扉が、鈍い電動音を響かせながらゆっくりと開き始めた。

 門扉の向こうには、黒いスーツをまとった北聖会の極道が左右に居並ぶ。

 吹きつけてくる殺伐とした猛々しい空気──その中に分け入るように、鷲塚はゆったりと歩を進める。

「お前は誰だ?」と問いかけてくる愚か者は、北聖会本家ともなるとさすがにいない。

 その代わり、高宮と並べても遜色の無い屈強な体格の男が二人、無言で鷲塚の前に立ちはだかった。

「ウチに何の御用です、鷲塚さん?
 あんたが呼ばれたって話は聞いてませんよ──どうぞ、お帰りを」

 威嚇的に睨みつけてくる二人の男に、無表情な鋼の双眸を向けていた鷲塚は、その瞳の奥に冷厳な意思を光らせた。

 御山と顔を合わせぬまま、門前払いを食うつもりは無い。

 唇の片端に酷薄な微笑を閃かせると同時に、鷲塚は滑るように足を踏み出し、男の喉輪を掌底で鋭く突く。

 バカバカしい問いかけへの、それが返答。

 用事が無ければ、こんな鬱陶しい場所に足を踏み入れたりはしない。

 突然のことに身動きができなかった男は、白目を剥いて地面に昏倒する。

「て、てめぇ……な、何のつもりだ!」

 傍に立っていたもう一人の男が我に返ったように啖呵を切り、丸太のように太い腕で鷲塚につかみかかってくる。

 一瞬にして殺気をはらんだ空気の中で、鷲塚は男の腕を肘で弾いてかわし、腹部に膝頭を打ち込んだ。

 グエッっとガマガエルが潰れたような苦鳴を上げ、男の身体がくの字に折れ曲がる。

 その背後に回り込んでいた鷲塚は、重い衝撃に口を喘がせる男の首に腕を巻き付け、強く締め上げながら周囲を睥睨した。

「物騒な物はしまっておけ。
 門の外にサツが張り込んでいる──知らないのか?」

 慌ただしく拳銃を向けてくる無個性な黒服の群に冷ややかな視線を注いだ鷲塚は、薄笑いを浮かべたまま警告する。

 ダブルハンドで構えた男たちの間に動揺が走る。

 その様を冷然と見つめながら、鷲塚は腕の中で気絶した男を解放してやった。

 糸が切れた操り人形のように、重量級の身体が足許に崩れ落ちる。

「もめ事を起こすつもりはないが、俺の邪魔はするな。
 さっさと御山に伝えてこい──今すぐ顔を見せろとな。
 どうせ、この様子をどこかで見ているんだろう?」

 黒服に取り囲まれた鷲塚は、淡々と揶揄するように言葉を放つ。

 それから程なく変化が起こった。

 屋敷の中に報告しに戻っていた黒服を引き連れ、北聖会幹部クラスの男が慌ただしい足取りで現れる。

 名前と顔は記憶されているが、今はどうでも良いことだった。

 ぱっと見は官僚か銀行員──緊張した面持ちのまま慇懃に頭を下げて見せるが、銀縁眼鏡の奥に潜む目つきは不穏だった。

「──お会いになられるそうです。ですが、その前に、ボディチェックを」

「俺は丸腰だ」

 鷲塚が素っ気なく言い返すと、男は躊躇するように眉間に深い皺を寄せ、地面に倒れている二人に視線を向けた。

 鷲塚が五秒数える前に、妥協した銀縁眼鏡は苦々しげな口調で告げる。

「では……どうぞ、こちらへ」

 男は鷲塚を促すようにして歩き出す。

 屋敷の玄関では無く、高いコンクリートの壁に囲まれた庭園に向かって──。

 長らく敵対する鷲塚を、御山は己の懐の中に入れるつもりは無いのだろう。

 先導する銀縁眼鏡の緊張した背中を見ながら鷲塚が歩き出すと、周囲にいた北聖会の黒服たちもまた付き従う。

 案内された先は、木立に囲まれた芝生が広がるシンプルな庭だった。

 黒服に囲まれたまま五分ほど待たされた後、灰色のコンクリートの壁からせり出たガラス張りのサンルームに、御山が姿を現した。

 外からの襲撃に備え、恐らく防弾ガラスで作られているであろう透明な壁越しに、御山は非情な視線を向けてくる。

 ボディーガードはピリピリと神経を尖らせ、鷲塚を威圧しようと睨みつけてくるが、御山自身は泰然ぶった態度で軽く顎をしゃくった。

 その意を汲んだ銀縁眼鏡が、サンルームのドアを開ける。

 御山と鷲塚の間を隔てていた壁が消えた。

「わざわざ何の用があって来た、鷲塚? たった一人で出入りのつもりか?」

 悠然とガラス戸に手を突き、無防備に身をさらすようにして御山が問いかけてくる。

 口もとに侮蔑的な嘲笑を刻む御山を、鷲塚は冷ややかに見返した。

「田中翔太というガキを探している。
 ここに逃げ込んだという情報が入っているが……匿っているなら即刻引き渡せ」

 鷲塚が答えた途端、御山の笑みが歪み、嘲りが深まった。

「呆れたものだ……誰から、どんなガセネタを掴まされたんだ、鷲塚?
 この屋敷にガキがもぐり込んでいるだと?
 そんな話は聞いたこともない。
 そもそもお前は、いつからガキの尻を追いかけ回すようになった?」

 分厚いガラス戸に肩を寄りかからせた御山は、くくっと喉を鳴らし、野良猫を追い払うような仕草で片手を振った。

「うちの者に手出しをしたのは腹立たしいが、今日のところは見逃してやる。
 さっさと帰れ──私の気が変わらないうちにな」

「はい、そうですか……と、貴様の言葉を鵜呑みにすると思ってるのか?
 田中翔太は、零を拉致し、今も逃げ回っている。
 ガキを引き渡す気がないなら、貴様が絡んでいると見なすぞ、御山」

 鷲塚が声のトーンを落とすと、御山はわずかに顎を反らしてせせら笑った。

「……零? ああ、《コロッセウム》でお前をかばった勇ましいお嬢さんか。
 情婦一人のために、敵地に丸腰で乗り込んでくるとは、お前もヤキが回ったようだな。
 拉致されたと言いいながら、どうせ愛想尽かされて逃げられただけだろう。
 下らない痴話喧嘩に、無関係な我々を巻き込むな」

 どうやら御山は、知らぬ存ぜぬとしらを切り通すつもりらしい。

 もっとも、真の首謀者は御山であると、鷲塚がすでに気づいていることを、わざわざ教えてやるつもりはない。

 あくまで犯人は田中翔太──鷲塚がそう信じ込んでいると、御山には思い込ませておきたい。

 己の優位を疑わぬまま、嘲笑していれば良いのだ。

 不安や焦燥が生まれなければ、無様に駆け回る鷲塚の姿を見て笑う余裕もあるだろう。

 そうである限り、零は鷲塚に対しての絶対的な切り札であり続け、簡単に処分されることはない。

 生きてさえいれば、助け出せる。

 とは言え、御山の殺意が零に向かないように、全ての憎悪が鷲塚のみに向けられるように、決定的な楔を打ち込んでおかねばならないが──。

「零が俺から逃げ出すはずはない。
 あいつを悦ばせられるのは、俺だけだからな。
 俺を貴様と一緒にするな、御山。
 オンナに逃げられたのは、貴様の方だろう?」

 功刀から受け取っていたアンティークのロケットを、鷲塚はジャケットの内ポケットから取り出し、チェーンを指にからめて振り回した。

 その手の動きに反応した黒服や、御山の盾になろうととっさに二人の間に飛び込んできた銀縁眼鏡を一瞥した鷲塚は、御山に見せつけるようにロケットの蓋を開いた。

 御山はプライドが人一倍高い。

 男の──オスとしての矜恃を、敵愾心を抱く鷲塚に傷つけられれば、本能的に反応せずにはいられないだろう。

 思惑通り、御山の顔がわずかに強張り、双眸が鋭く細められる。

「相楽香澄……これが、貴様が昔逃げられたオンナだろう?
 この女の家族は全員死亡している。
 相楽香澄自身も行方不明らしいが……どうせ、殺ったのは貴様だろう?
 逃げた女を行方不明のまま放っておくほど、貴様がお優しい人間だとは思えん」

 その名を聞いた瞬間、御山の形相が明らかに歪んだ。

 どうやら鷲塚の言葉は、御山の古傷を強かに抉ったらしい。

 二十年経っていてさえ、無反応ではいられないほど、御山はこの相楽香澄という女に恋着していたのか──。

 だが、それも一瞬のこと。

 御山の顔には、すぐに仮面のような無表情が貼り付けられた。

「鷲塚……その名前を、誰から聞いた?」

 全ての感情を封じた抑揚の無い声音で、御山が淡々と聞き返してくる。

 鷲塚は皮肉げな微笑を口の片端に刻み、わずかに肩をすくめて見せると、チェーンの遠心力を使って、ロケットを銀縁眼鏡との間に投げ落とした。

「さあ、どこだったか。
 そこのメガネ──そいつを拾って、貴様のボスに渡してやれ。
 手土産にくれてやる」

 拳銃を抜いて警戒している銀縁眼鏡に、鷲塚は投げやりな口調でそう告げ、芝生の上に落ちたロケットに顎をしゃくった。

 銀縁眼鏡が躊躇したように背後を振り返ると、御山は氷のような無表情のまま頷く。

 銀縁眼鏡は、鷲塚に銃口を向けたままロケットに歩みより、それを手に取ろうと視線を地面に向けた。

 その刹那、鷲塚は動いた。

 一気に男との距離を縮め、トリガーから意識が逸れた右手をねじり上げる。

 激痛に悲鳴を上げる銀縁眼鏡から拳銃を奪い取った鷲塚は、御山の額に素早く銃口を向けていた。

「──動くな。貴様らのボスが死ぬぞ」

 肩関節が外れ、苦痛に呻く銀縁眼鏡を己の盾にしたまま、鷲塚は鋭く命じた。

 だが、銃口を向けられた御山は顔色を変えず、鷲塚を冷ややかに睨み返す。

「いつぞやの逆になったな。
 だが、私を殺せば、お前も死ぬ──お前の大事な零を助けることもできない。
 それでも良いのか、鷲塚?」

「ここで銃声が鳴れば、張り込んでいるサツが飛び込んでくるだろう。
 上橋を殺ったのは、まずかったな」

 首に絡まった腕を外そうともがく銀縁眼鏡をさらに強く締め上げ、鷲塚は揶揄するように冷笑を浮かべた。

「仮に、俺と貴様がこの場で死ねば、当然、大騒ぎになってガサ入れされる。
 ここに零が監禁されているなら、間違いなく発見されるだろう。
 その後、北聖会がどうなるかは……考えるまでもない」