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Fatal Doll



<76>



「しかし、仮に御山が死んだとなると、若頭はどうケリを着けるつもりです?
 田中翔太をこのまま野放しにするのは、俺は納得できない」

 眉間に深い皺を刻み、高宮がドスのきいた重低音を響かせる。

 表情には出さないが、今回の一件で腹の虫が治まらないのは高宮も同じだろう。

 高宮を一瞥した鷲塚は、痺れの残る右手に視線を落とした。

「御山と翔太を殺(や)る事は、俺も考えていたがな。
 あいつら二人をこの手で始末できれば、俺自身の気は多少晴れるだろう。
 ただ……万が一真実を知った時、零は今以上に苦しむことになる」

 だからこそ、らしくもなく迷うのだ。

 激しい復讐の欲求は、果たして誰のためのものなのか。

 そんな鷲塚の逡巡を見透かしたように、高宮が「やれやれ」と呆れたように嘆息する。

「……全ては零さんのためですか?
 以前の若頭なら、御山はともかく、田中翔太は間違いなく排除したでしょうに。
 そんな風に若頭を変えたから、御山は零さんを狙ったんでしょう。
 薫さんが見当違いな事を嘆いていましたが、答えは明白です」

「──薫が、何だと?」

 鷲塚が顔を上げると、高宮は軽く肩をすくめて見せた。

「『何故、海琉の婚約者だったはずの私は狙われず、零ちゃんだったんだろう?』と。
 薫さんなりに、いろいろ責任を感じているようですよ。
 荒神会の女でありながら、これまで無事で、無傷であったことに。
 とはいえ、薫さんでは、若頭にこれほどの影響は与えられなかった。
 若頭に執着され、なおかつ影響力を持つに至った零さんだったからこそ、御山はそれを見透かし、利用しようと考えた。
 若頭にかくも愛された事が……零さんにとっては不運だったとしか言い様がない」

 日頃寡黙な高宮が、珍しく饒舌になり、遠慮の欠片も無く言い放つ。

 鷲塚と零を、そしてその周囲を取り巻く人間模様を傍で見てきたからこその言葉であり、正鵠を射た意見だった。

 零でなければ──相手がどう思い、どう考えるかなど、鷲塚はその心情を斟酌しなかっただろう。

 だが、零が絡んだ途端、何がベストなのか迷い始める。

 無様としか、言いようが無い。

「俺は、零を守りきれなかった。
 御山の執念を、甘く見て、油断した。
 だからこそ、零の望み通りにしてやりたいが……」

「零さんの性格では、田中翔太を八つ裂きにしろとは言えないでしょうし、そんな事を望むような人でもないでしょう」

 おそらく、高宮の言う通りなのだろう。

 抑圧された感情を発散させるため、復讐をそそのかす言葉を零に言ってみたものの、血みどろの惨劇を零が本気で願うとは思えない。

 刹那的にそう考えたところで、時間が経てば零は必ず後悔し、自分を責め始める。

 生ぬるい平穏にどっぷり浸かってこれまで生きてきたのだから、そう簡単に常識や良心を捨てられないだろうし、生き様を変えることもできないだろう。

「それから、功刀弁護士ですが、田中翔太の車から降ろされた後、東山の手の者が保護しました。
 どう始末をつけます、あの弁護士は?」

 銃弾がかすめ、青黒く変色した皮膚を確認していた鷲塚は、その名前を聞き、わずかに眉根を寄せた。

 功刀の弁護士バッジの裏に、GPS発信機の装着を提案してきたのは東山だった。

 功刀が翔太と同行していれば、その後を追跡することができる。

 だが、こちらの思惑に気づいていたのか、翔太は功刀を東京駅付近で車から降ろし、行方をくらませた。

「功刀か……さて、どうするかな。
 あの男は、余計な事を何かと知りすぎているが──」

 零の実の母親──相楽香澄と、御山の関係を知る功刀の存在は目障りだった。

 零の遺伝子上の父親が御山なのか、それとも別の男なのか、鷲塚自身は気に留めていないが、「御山が父親」との憶測が裏社会に流れたなら厄介な事になる。

 荒神会はもとより、北聖会の中にも騒ぎ出す者が現れるだろう。

 それゆえに、鷲塚はこの秘密を零に伝えるつもりはなく、自分一人の記憶に封じて、墓場まで持って行くつもりだった。

 決して明かされてはならない秘密であるなら、それを知る者は、抹消されねばならないが──。

「東山は、何と言っている?」

「できることなら、生かしておいて欲しいと。
 今後も利用価値はあるだろうから、こちら側に引きこみ、飼い殺しにしてはどうかと言ってます。
 同窓だからなのか……東山にしては珍しい」

「東山が承服しないとなると、面倒だな。
 とりあえず、常時監視下に置くようにと言っておけ」 

 表情の無い顔でうなずく高宮を見上げ、鷲塚は唇の片端を皮肉げにつり上げた。

「右手の動きと感覚が悪い。
 今、襲撃されたら、反撃の精度に支障が出る」

「それなら、騒ぎが治まるまで身を潜めていてください。
 あの倉庫の後始末に、どれだけ人手と時間がかかったと思うんですか。
 解体が完全に終わるまで、安心できませんよ」

 投げやりな溜息をついた高宮は、くくっと喉を鳴らす鷲塚をじろりと睨み下ろす。

「この際、零を連れて、どこかにしけこむのも悪くはないか」

 御山の死が公になれば、警察の警戒は強まり、荒神会へのマークも厳しくなるだろう。

 首領を失った北聖会は荒れるだろうが、その混乱に乗じて荒神会が勢力を伸ばすことを危惧し、幹部連中は下部組織の統制を強めるに違いない。

 緊張は高まるが、表立っての事は起こしにくい──両組織共にそういう状況になる。

 ただ、上層部の決定に反発する北聖会の不満分子が、暴走する可能性はあった。

 そんな輩が何をしでかすか判らない以上、衰弱しきっている零を都内に置いておくのは心配でもある。

 せめて精神状態が落ち着くまで、雑音に煩わされない安全な場所に移動させた方が良いだろう。

 その時、閉めきられていたオペ室のドアが外側から叩かれ、薫の声が響いた。

「ちょっと、いいかしら? 零ちゃんが、海琉に話があるって」




 曲がりくねる山道を走る車の後部座席は、二人きりのほの暗い密室だった。

 前席シートとの境は真っ黒なガラスのパーテンションで仕切られており、サイドウィンドウには濃いスモークが貼られている。

 どこをどう走っているのかさえ判りづらかったが、周囲の風景を確かめるような余裕は、今の零には無い。

 気を散らせば、鷲塚の猛り立った怒張が、喉奥深くを突き上げる。

 あたかもそれは、罰であるかのように──。

「……う、ぐぅっ……ふぁっ……はぁっ……」

 反射的にせり上がってきた吐き気をやり過ごし、涙が滲み出す瞼をきつく閉ざした零は、一度口を離すと、舌を絡ませながら尖端に唇を這わせた。

 鷲塚の逞しい大腿の狭間に顔を伏せてから、どのくらい時間が経ったのだろう?

「臆病なくせに、お前はいつも無茶をする。
『聖母の家』までの道は一本道で、迂回路が無い。
 お前たちが襲撃された現場を通ることになるんだぞ」

「それは、考えてなかったけど──。
 でも、海琉がいれば、きっと平気……怖くないよ。
 それよりもっと大事な事を、私、響子さんに伝えなきゃいけないから……」

 鷲塚の肩口に頭をもたれさせたまま、小声で交わされる秘やかな会話。

 すぐ隣に座っているだけでも心地良くて、目を瞑った零はうとうとと微睡んでいた。

 そんな会話から、突然始まった鷲塚の愛撫。

 一瞬だけ緊張した躰が、抱き締められる陶酔にすぐに安らぎ、くたくたとなされるがままになる。

 最初の触れ合いは、優しいキスだけだったはずなのに──。

 戯れのようなキスに零はしばらく身を委ねていたが、山道に入った辺りで淫猥な要求が突きつけられた。

「零、咥えろ。到着するまでに、俺をイかせるんだ」

 危篤状態の鷲塚響子に会いに駆けつける道中としては、不謹慎極まりない行為。

 見通せないパーテーションで隔てられているとはいえ、前席には高宮と運転手がいる。

 鷲塚の思惑が理解できず、零は不安になった。

 何よりも、硬くいきり立った男の欲望に触れることが、まだ怖い。

 大水病院に訪れていた薫も、「零ちゃんが落ち着くまで、しばらくセックス禁止」と二人の前で宣告していったというのに。

「……だけど、こんな時に──」

 狼狽する零の躰を背後から抱きすくめた鷲塚は、低く喉を鳴らして笑い、「こんな時だからな」と耳孔に囁きと吐息を吹き込む。

「何も見るな、零──俺だけを感じていろ。
 それができないなら、このまま引き返すぞ」

 半ば脅しのような言葉で強制されると、零は不安と羞恥に戦慄し、伏せた瞳を揺らした。

 口淫を促すように頭を押さえられ、導かれる。

 深い諦めにも似た被虐の悦びが胸の奥を灼くと、零は自分自身も楽になるように体勢を変え、鷲塚のズボンから隆々と反り返る男根を探り出した。

 キスは、大丈夫だった──だから、口もきっと……。

 鷲塚の大切な一部だと感じながら、躊躇を振り切るように唇を開く。

 全身が緊張と羞恥で熱く汗ばみ、激しい動悸が耳鳴りのように響いている。

 血管を浮き立たせて脈動する剛直を、口の中におずおずと迎え入れた零は、張り出した尖端を唇で包み込んだ。

(ああ……大きい……誰よりも、ずっと──熱くて……)

 そう感じた刹那、自分自身がひどくみだりがわしい存在に思え、嫌悪感が募ったが、躰の芯にじわりと淫靡な熱が熾った。

 瞳を潤ませて鷲塚を見上げると、「よくできた」と褒めるように顎や首筋を指先でくすぐられる。

 それ以上は触れようとせず、鷲塚は零の髪を優しく梳いた。

「ちゃんとイかせろ。
 お前がいなくなってから、我慢のし通しで溜まってるんだ」

 ふうっと長い溜息をつき、唇に薄い微笑を刻んだ鷲塚の顔は、ひどく艶めいて見え、背筋にぞくりと甘い戦慄が走る。

 こんな風に胸の奥に炎が生まれ、全身が熱くなってゆく感覚は、鷲塚以外に感じたことはない。

 ファントムや御山にも同じ行為を強いられたが──何もかも違う。

 躰の感覚が、そう教えてくれる。

「零……全部、呑め。こぼすなよ」

 鷲塚が、零の口の中で射精したのは、それからしばらくしての事だった。

 どろりとした濃厚な白濁が、喉奥に向かって断続的に放たれる。

 受け止めきれず、口の端から唾液と混ざり合ってこぼれ落ちた雄精を、鷲塚は指先ですくい上げ、零の唇に塗りつける。

 苦悶に喉を鳴らし、涙を滲ませた零が必死の思いで飲み下すと、鷲塚はサディスティックな低い笑い声を漏らした。

「とりあえず、間に合ったようだな」

「……え?」

 顔を上げることを許され、指先で濡れた唇をぬぐいながらサイドウィンドウに目を向けた零は、いつの間にか「聖母の家」の駐車場ゲートに近づいていることを知った。

「病室に入る前に、顔を洗っていけ。
 そんな欲情した顔で行ったら、姐さんにどやされるぞ」

 襲撃現場を通り過ぎたことにも気づかなかった自分に恥じ入り、零が顔を真っ赤に染めると、鷲塚が面白がるようにくつくつと笑う。

 姐さんというのは、間違いなく芭月の事だろう。

 瀕死の響子に付き添っている芭月が、こんなふしだらな行為に耽っている零の姿を見たら、怒り狂い、卒倒するかもしれない。

「──か、海琉のせいでしょう? こんな時に、あんな……」

 思わず恨み言を口にすると、鷲塚は口の片端をつり上げてにやりと笑い、零の顎を指先で持ち上げた。

「俺のせいにするな。
 夢中になって、しゃぶっていたのはお前だろう?
 そんなに美味かったのか?」

 卑猥な言葉で言い返され、唖然としたまま零が口をパクパクさせていると、電動音が突然響き、車内のパーテーションがするすると下がる。

「若頭。『来るなら、早くしろ』と、姐さんからの伝言です」

 無表情な高宮が手にしている携帯電話を見た途端、響子の事を思い出した零は、開かれた車のドアから慌てて外に飛び出した。