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Lechery Doll



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 北聖会会長、御山恭介死去のニュースは、瞬く間に世間を駆け巡り、メディアでも報道されることとなった。

 あまりにも突然で不審な死──発表通りの病死だと信じるのは、事情を知らない一般人くらいなものだろう。

 荒神会総本部事務所に詰めている高宮のもとには、様々な情報が寄せられ、末端の構成員にいたるまでピリピリとした緊張状態に置かれていた。

 北聖会の新たな体制が決定されるまでは、不測の事態が生じる可能性が高い。

 絶対的な支配者であった御山の不在が、今後、どう影響してくるのか判らなかったが、荒神会を逆恨みし、暴発する輩が出てくるかもしれない。

 そんな事を考え、高宮が思わず嘆息をもらした時、部屋のドアがノックされた。

「入れ」と応じると、東山と薫がそろって顔を出す。

 不吉な予感を感じて、高宮の眉間に皺が寄った。

 この二人が来ると、ろくな事にならない──過去の経験則に裏付けられた確信が、高宮をやや憂鬱な気分に陥らせた。

 何故このクソ忙しい時に、面倒を増やすような二人が出向いてくるのか。

 総本部事務所の上階ビルで仕事をする東山はともかく、薫にはしばらく出入りを控えるようにと伝えておいたばかりなのだ。

 不機嫌になった高宮の思考を読んだかのように、薫は挑発的な目で見下ろしてきた。

「何よ? 邪魔して悪かったわね──でも、古谷に呼ばれて来たのよ」

 腰に両手を当てて胸を反らし、フンと鼻を鳴らした薫の隣で、東山が双眸を細めて謎めいた微笑を浮かべる。

「何やらビッグニュースがあるとかで、こちらに集合しろと言われましてねえ」

 臨戦態勢になっているこの事務所を、お気楽な井戸端会議に使うとは何事か──。

 うんざりしながら、高宮は無感動な低音を発した。

「古谷さんなら、若頭の見送りに行っているぞ」

 そもそも元凶であるはずの本人が出払っているのだ。

 どこか別の場所で落ち合って、気が済むまで世間話に興じれば良い。

「だから、出て行け」と、高宮が素っ気なく片手を振って見せると、薫の隣にいた東山が悠然と言い返してきた。

「そろそろ帰ってくる頃でしょう。本人からそうメールが届いてましたよ」

 涼しげな顔をしている東山に、たまには嫌味を言い返してやろうと口を開きかけた時、騒々しい足音が遠くから近づいてくることに気づき、高宮は口を閉ざした。

「ビッグニュース! ビッグニュースだぞ、お前ら!!」

 興奮して目をギラつかせている古谷が、部屋の外からバタバタと走り込んでくる。

「御山が死んだという以上のビッグニュースが、そんなに沢山転がっているとは思えませんけれどねえ」

 不審げな口調で東山が呟くと、古谷はニヤリと、優越感を滲ませる笑みを浮かべた。

「鷲塚が、さっき零ちゃんにプロポーズしたんだぜ? どうだ、ビッグニュースだろ?」

「ええーっ!? 嘘ぉ〜? マジでぇ〜?」

 驚愕のあまり声を裏返らせた薫が、古谷に詰め寄る。

「冗談言ってるんじゃないでしょうね、古谷?
 だいたい、あの海琉が、プロポーズなんて殊勝な事する?
 零ちゃんに、婚姻届突きつけるくらいしか、考えつかないんですけど!」

「それが本当なら確かにビッグニュースですが……ガセネタじゃないんですか?」

 一方の東山は、瞬時には信じ切れないと言うように、訝しげな表情で首を捻っていた。

「ガセじゃねえぞ。正真正銘、マジな話だ。
 何しろ、俺の目の前だったし……証人なら、俺以外にも山ほどいるからな。
 新堂も、ガードの連中も、見送りに来てた無関係な一般人も──。
 あ、ついでに、遠巻きに見張っていやがったマル暴のデカがいたな。
 あいつら、帰って報告書に何を書くんだか……すげえ笑える」

 さもおかしげにくつくつと笑い続ける古谷に、東山が質問を投げかける。

「そもそも、どういう状況だったんです?
 まさか衆人環視の中でプロポーズしたとか──搭乗待ちの空港で?」

「そのまさか、だ。
 鷲塚も、あの時点までプロポーズしようなんて考えてなかった風に見えたが、何かスイッチ入っちゃったんだろうよ。
 それにしても……すげえよな、零ちゃんは。
 あの子自身はいたって人畜無害なのに、結局、鷲塚にプロポーズまでさせたんだぜ?
 初めて会った時は、あまりにひ弱に見えて、俺は、鷲塚に食い殺されて終わりなんだろうと思ってたんだがよ。
 まさか、こんな日が来るとは……いやはや、人生判んねえもんだな」

 尖った顎を撫でながら、古谷が感慨深げに語っていると、肩をすくめた東山が皮肉っぽい口調で言った。

「今回の一件で、責任を感じたんじゃないですか?
 内外に示しをつけるためにも、婚姻は必要な措置であると考えたとか。
 さすがに、荒神会若頭の妻に手出しをするのは……ちょっと勇気がいりますよね」

 考え込むように首を傾げた東山は、一拍ほど沈黙すると、色悪めいた笑みを唇に刻む。 

「しかし、何やらもったいないですねえ。
 プロポーズするなら、二人きりの方がロマンチックで、その後も盛り上がるでしょうに」

「だよなあ。どうせあの無人島の別荘に行くんだから、もうちょい待てば良かっただろうに。
 そしたら、人目を気にせず、どこででもラブラブ、イチャイチャできる」

「青姦もありですか?」

 興味津々な東山に、古谷が頷く。

「全然ありだろ。あの別荘の周り、ジャングルと海だけしかないんだぜ?」

 独身貴族の古谷と東山は、当人たちは誰かにプロポーズするつもりも、その予定もないにも関わらず、好き勝手な批評を交わし合う。

 どうやら鷲塚は、古谷と東山に、格好の冷やかしのネタを提供することになったらしい。

 その時、しばらく呆然自失に陥っていた薫が突然大声を上げ、両手を広げながら二人の間に割って入った。

「──ストップ、ストーップ!
 ダメよ。盛り上がっちゃったら、困るのよ。
 あたし、海琉に、零ちゃんとはしばらくエッチ禁止って言っといたんだから!」

「そいつは不可能だろ」

「そうですよ、薫さん。零ちゃん、とっくに襲われてると思いますけどねえ」

 顔を見合わせ、確信しているようにうなずき合う二人を、薫は厳しく睨み据えた。

「零ちゃんは今すっごくデリケートな時期だから、海琉にいろいろ警告しといたのよ。
 だから、後で電話して、海琉に聞いてみるわよ。
 そんな事より……ちょっと古谷、エロオヤジみたいな事ばっかり言ってないで、もっと大事な事を教えなさいよ!」

 医者としての威厳が好奇心に負けて崩れ落ち、薫の目つきが突然キラキラと輝き出す。

「……大事な事?」

「海琉が零ちゃんに、何て言ってプロポーズしたのかよ。
 それから、零ちゃんが、それに何て答えたのかも!」

「何でえ、お嬢……そんな事が気になんのかよ?」

 拍子抜けしたように古谷が鼻を鳴らすと、むっとした顔つきで薫が言い返す。

「そんな事じゃないわよ、バカ! 
 イカれた海琉の頭が、どんな愛の言葉をひねり出したのか、あんた、興味ないわけ?」

 興奮したように勢い込んで言う薫を見つめ、東山がくすくすと笑い出す。

「薫さんも、やっぱり女性だったんですねえ。
 でも確かに、プロポーズの言葉は重要ですよ。
 是非、私も聞いておきたい──今後の参考までに」

「参考っつっても、あれは鷲塚以外にゃ使えねえと思うぞ」

 鼻息の荒い薫に気圧されたように仰け反っていた古谷は、眉間に皺を寄せて首を傾げ、片手で鷲鼻をつまんだ。

 そしておもむろに、真剣な顔つきで薫を指差し、鷲塚の声色を真似た低音で言い放つ。

「『帰ってきたら、お前の性別を変更しろ。
 零──俺のために、オンナになれ」』……だ」

「──……はい?」

 期待に満ちていた薫の顔が、一瞬にして訝しげな表情に変わり、片眉がつり上がる。

 その表情の変化を横目で観察していた東山が、とっさにに笑いを堪えきれなかったのか噴き出した。

「零ちゃんもなあ、最初は、お嬢と同じような反応だったぜ。
 何を言われてるのか、さっぱり判らないって感じでよぉ」

「それだけですか? 何とも色気の無いプロポーズだ」

 東山がくすくすと笑いながら呟くと、古谷は大げさに両手を開いた。

「その続きは、『戸籍の性別を変更したら、お前は、俺と結婚するんだ』だったっけなあ」

「まあ、あの人らしいとは思いますが、もうちょっと意外性があっても良かったですねえ」

 古谷が、「だよなあ」と相槌を打つと、ようやくショックから立ち直った薫が、遮るように上ずった声を発した。

「……そ、それで……零ちゃんは何て?
 デリカシーの欠片もない海琉の言葉に、あの子、何て答えたの?」

 不安に駆られた薫がそう訊ねた途端、古谷はさも楽しげに笑い出し、急に照れ隠しのように東山の腕をバシバシと叩いた。

「『海琉がそうしたいなら──私を、海琉のお嫁さんにしてください』……だってよ。
 こっちも零ちゃんらしいが、鷲塚にしてみたらたまらねえよなあ。
 傍で聞いてる俺は、何やらむず痒くなってきたけどよ」

「そっちはイイですねえ……。
 やっぱり、プロポーズする時と場所、間違ったんじゃないですか?
『お嫁さんにして』な〜んて迫られたら、その場で押し倒したくなるでしょうに。
 いくら何でも空港じゃ、コトに及ぶわけにもいきませんしねえ」

 自他共に認める浮気性の東山が、含み笑いを浮かべながら無責任な事をいい、ちらりと薫に流し目を向ける。

 しばらく考え込んでいた薫は、眉間を緩めてうっとりとした目線を宙に向けたまま、何やら妄想に浸っているような顔つきになっていた。

「いいわあ、零ちゃん……やっぱり、可愛くて、萌えるわぁ。
 うちのお母さんも、きっと大喜びするわよ。
 零ちゃんの事、もの凄く気に入ったみたいだから……」

「てゆうか、お嬢は、こんな健気なセリフ、絶対に言えねえだろ?」

 古谷が冷やかすように茶々を入れると、薫は視線鋭くきっと睨み返した。

「あたしだって、ちゃんとプロポーズされたら、そのくらい言えるわよ!」

「無理、無理。ぜってぇ、無理。お嬢には無理」

 古谷が笑いながら、鼻の前で何度も片手を振ると、薫はムキになって「言えるわよ!」と言い返す。

「だったら、お嬢──試しに、今ここで言ってみろよ」

「あんたの顔見ながらじゃ、言えるわけないじゃない!!」

 その途端、ダンマリを決め込んでいた高宮に、東山がちらりと意味深な視線を投げかけ、口許に揶揄するような微笑を浮かべる。

 その顔つきが癪に触り、薫と古谷の不毛な口論に終止符を打つべく、高宮はデスクの天板に拳を振り下ろした。

「──うるさい。用が済んだなら、さっさと出て行け」