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後宮の月


第2章

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 涙が止めどなく溢れ、シールウェの頬を伝い落ちていく。
 その頬に口づけ、恐怖を湛えたエメラルドの瞳をのぞき込んだファザイアは、震える唇になだめるような接吻を与えると、手にした短剣で残されていた衣装を一気に切り裂いた。

 強く目を閉じていたシールウェは、残された衣装が引き剥がされるのを震えながら感じた。
 醜い異形の身体を明るい部屋の中でさらしていることに、公子は言いようのない恐怖と羞恥を覚えた。

 大きな掌が、首筋からゆっくりと胸元に這わされ、さらに下へと下りていく。

 見られているという感覚に身をすくませたシールウェは、不意に唇を貪るように奪われた。
 強い両腕で抱きしめられ、ファザイアの熱い吐息を耳元で感じた。

「──シールウェ、わたしを恐れるな」

 その声音に秘められた響きに惹かれるように目を開けたシールウェは、ファザイアの銀の瞳がじっと己を見下ろしていることに気づいた。
 いつも油断なく輝く双眸は、常にも増して濡れたように光って見え、その稲妻のような美しさにシールウェは言葉を失った。

 恐怖も忘れて呆然と見返していると、唇をかすめるように接吻され、その唇は首筋に落ちた。
 手の愛撫をたどるように唇はゆっくりと下りていき、時々柔らかい肌を強く吸い上げる。
 雪花石膏のように白い肌に淡く花が咲き、ファザイアはその花を舌先で舐め上げた。

 濡れた感触に身体が怯えてすくむと、次の瞬間にはとろけるような口づけがもたらされる。
 その繰り返しに身体から強ばりが解け、じんと痺れるような感覚を感じた。

 気だるいような陶酔に漂っていたシールウェは、しかし胸元の淡い果実に指が這わされ、舌先が触れたことによって、身体を大きく震わせた。

「──あっ、いや……」

 小さく悲鳴を上げると、その瞬間、拒絶を封じるように唇が塞がれる。
 甘い陶酔が消し飛ぶような激しい口づけに、シールウェは混乱したが、ファザイアの指が胸の突起を捕らえ、ゆっくりと嬲るようにつまみ上げると、声にならない呻きを放った。

 微かな痛みに身をよじらせると、胸元に唇が押しつけられてくる。
 指の刺激によって敏感になった部分を唇がとらえ、舌先がゆっくりところがす。
 ときおり軽く歯があてられ、きつく吸い上げられると、シールウェの息が乱れた。

 身体がざわめき立ち、奥から熱が込み上げてくる。
 淫猥に動く舌から逃れようにも、両腕を拘束されていてそれも叶わない。

「──ああっ、へ、陛下……どうか、おゆるしを──」

 未知の感覚に支配される恐怖に、シールウェは許しを乞うていた。

「シールウェ、わたしの名を呼べ」

 指先の愛撫は止めぬまま、上体を起こしたファザイアは、公子の美しく濡れたエメラルドの瞳をのぞき込んだ。
 涙が溢れ、溶けてしまいそうな緑玉の瞳は、助けを求めるようにファザイアを見返した。

「──あっ、ファザイア様……どうか──」

「許さない。狂うほどに感じて、わたしを求めるようになるまでは」

 残酷な微笑を浮かべたファザイアは、指先をシールウェの聖地へと這わせた。

「いやあっ……ひっ!」

 初めて他人に触れられる感覚に悲鳴を上げたシールウェは、大きく目を見開いてファザイアの銀の双眸を見つめた。

「そなたのここにわたしを受け入れさせたいが、それはまだ叶わぬ。
 ──だが、接吻し愛撫することは許されていたはずだな」

 くすくすと笑ったファザイアは、公子の唇を奪い、深く舌をからめさせた。
 指先で聖なる花弁をなぞり上げ、キシェラムの証でもある宝珠を捕らえる。
 濡れた花弁と宝珠を同時に指でこすり上げると、シールウェの身体が波うった。

「ああっ……やめて──わたしは…みにくい──」

 唇を解放すると、啜り泣くような声が漏れだした。
 閉ざされた双眸から涙が溢れ、ファザイアはそれを唇でぬぐい、瞼に接吻を落とした。

「──そなたは美しい、誰よりも。わたしの心は、そなたのものだ」

 耳元に囁きかけたファザイアは、シールウェの足を開かせてしまうと、その中心に息づく聖なる花に口づけた。

 声にならない悲鳴があがり、華奢な身体が大きく震えた。
 それをやんわりと封じたファザイアは、唇で花弁に守られた宝珠をとらえると、軽く歯を立てて吸い上げた。
 舌先をゆっくりとまわし、充血し敏感になった先端を舐め上げる。

 足の先から頭の芯まで貫くような震えが走った。
 少しでも動けば奔流の渦に呑み込まれそうな感覚に、シールウェは小さな喘ぎを漏らした。

 からかうように膝裏を掌が滑り、その動きに血流が逆巻く。
 淫蕩で残酷な舌先の愛撫は、鋭く突き抜けるような快感をもたらした。

「……あうっ!……ああ、なぜ──」

 悦楽の波が徐々に大きくなり、シールウェをさらおうとしている。
 必死にそこから逃れようと身をよじった公子は、舌先が身体の奥に入り込んだ瞬間、啜り泣くような嬌声を漏らしていた。

 その途端、稲妻が走ったかのような鋭い痺れが背中を駆け上がり、シールウェは目も眩むような快美感の渦に呑み込まれ、溺れた。

「──ああぁっ……ファザイアさま……こわいっ!」

「──愛している、シールウェ。そなたはわたしのものだ。
 たとえ神であろうと、わたしからそなたを奪うことは許さない」

 シールウェの身体を強く抱きしめたファザイアは、言い聞かせるようにそう囁いた。

 公子の双眸が一瞬大きく見開かれ、ファザイアを見つめ返す。
 何かもの言いたげに唇が開かれ、誘われるようにファザイアは口づけを落とした。

 切なげな甘いため息が零れ落ち、そして次の瞬間、瞳は焦点を失って閉ざされ、全身から力が抜けた。

 華奢な身体を強く抱きしめ、その額に口づけたファザイアは、公子から身体を離し、白く美しい裸体を見下ろした。

 やがて、シールウェの身体が淡く輝き、かっとエメラルドの瞳が見開かれた。

「──おのれ、なにゆえこのような不埒な真似を働く。
 吾を謀ったか、ファザイア」

 怒りを含んだ声音を聞き、ファザイアは冷たく残忍な微笑を浮かべた。

「接吻し、愛撫はしたが、シールウェの純潔を奪ってはおらぬぞ。残念なことにな」

「戯れ言をぬかすでない! そなたの行いは吾に対する冒涜じゃ。
 早くこの戒めを解かぬか!」

 炎のように苛烈な光を宿し、イディスは厳しい声でそう命じた。

「──そなたは神であろう? その程度の戒めごとき、自分で解いたらどうだ?」

 くつくつと笑う皇帝を、月神は鋭く睨みつけた。

「黙れ。今宵は闇夜であると申したであろう」

 笑いをおさめたファザイアは、身動きのとれない月神を見下ろし、掌をシールウェのものである肉体に滑らせた。
 胸元の濡れた果実をきつくつまみ上げると、白い身体が仰け反った。

「何を……やめよ、ファザイア!」

 狼狽したようなイディスを冷ややかに見下ろし、ファザイアは唇に酷薄な笑みを刻んだ。

「たわいないものだな、力なき神よ。
 わたしの手をふりほどけぬくせに、シールウェを支配し、わたしをも支配しようと?
 純潔を失う程度で損なわれるのなら、さっさと月の宮に帰るがいい。
 だが、わたしからシールウェを奪うことは許さぬ」

 ファザイアの銀の双眸に稲妻のように激烈な光が走り、それを見返したイディスは驚いたように目を見開いた。

「──言え。どうすればシールウェは地上に留まる?」

 覆い被さるようにしてファザイアはイディスの顔を見下ろした。

「愚かなことを……月の子を只人にしようというのか」

「そなたにとってはな。だが、失うわけにはゆかぬ愛しき者だ、わたしにとっては」

 ファザイアの言葉に、イディスは双眸を細めると、拒むように顔を逸らした。

 明らかにその存在が異なっていることが判るため、ファザイアはイディスに一抹の憐憫も感じなかった。
 むしろ敵を滅ぼしたいという残酷な衝動に駆られる。

「言わぬのなら、言わせるまでだ」

 くつくつと喉の奥で笑い、ファザイアは丹念に愛撫をほどこした身体に手を這わせ、すんなりと長い足を大きく開かせた。

 快楽に濡れた聖地に再び唇を寄せると、イディスは声にならない呻き声を立てた。

「──吾にそのような真似をしてはならぬ……放せ!」

「これはシールウェの身体であろう? 愛しき者を愛したいと思うのは、人であれば当然のこと」

 紅に充血した宝珠に舌を這わせ、嬲るように歯を立て、舌をからめると、花の奥からきらきらと甘い蜜が溢れ出してきた。
 シールウェの肉体は確実に愛撫に反応する。
 しかしそれは、月神に凄まじい屈辱をもたらすようであった。

 何事もなかったかのように愛撫を続けていくと、白い肉体が大きく撥ね、のたうった。
 イディスは唇を噛みしめていたが、堪えきれない呻きが漏れはじめる。

「──ううっ……うっ──」

「感じている。そうであろう、イディス?」

 揶揄するようにファザイアが言うと、イディスは大きく頭を振った。

 指先が花芯の中に入り込み、妖しく蠢くと、イディスは引きつれた悲鳴を上げた。

「や…やめよ──ああっ! 吾を辱めてはならぬ……」

「快楽を感じたなら、そなたも同罪だ。
 ──言え、そうすればやめてやる」

「……あっ…ああっ……シールウェが、真にそなたを愛し、そなたを求めれば、吾は連れてゆくことができない。
 月の子に、新たなる存在意義を与えよ。
 シールウェがそなたを求めたら、月の下で抱くがよい。
 だが、欠片でも疑いが残れば、シールウェの魂は失われるであろう。
 ──全ては、そなた次第じゃ……」

 紡ぎ出される言葉を聞くため、愛撫する指を止めていたファザイアは、その言葉を聞いて一瞬眉をひそめた。
 しかしすぐに口許に傲然と微笑を浮かべると、ファザイアは白皙の額に接吻を落とした。

「感謝するぞ、イディス。──褒美だ、受け取るがいい」

 泉の奥に沈めた指を大きく動かし、肉壁を掻き出すように蠢かせた瞬間、白い肉体が大きく痙攣して跳ね上がった。

 身体の内部に渦巻く快楽の高波に呑み込まれ、イディスの意識は闇に引きずり込まれる。

 びくびくと丘に打ち上げられた魚のように痙攣する身体を抱きしめ、ファザイアは手首を拘束していた衣装の切れ端を断ち切った。
 ほどいてみると、激しく暴れたせいで手首に鬱血した痣が残っている。

 両手首に残る痣に口づけたファザイアは、シールウェの身体を胸に抱き寄せた。
 額と唇に接吻を落とすと、皇帝は考え込むように乱れた長い黒髪を撫でた。

「──そなたの、存在意義か……」

 ひとりごちたファザイアは、ふと寝台の横に落ちている竪琴に視線を向けた。

 前帝である父が死んでから、ずっと宝物庫にしまいこまわれていた<レイアディスの竪琴>。
 古王国であるトゥロネスからもたらされた竪琴は、誰も弾くことができなかった。

 しかし先刻、後宮内を流れたきらめくような響きは、かつてファザイアの母がつま弾き出した音色に間違いなかった。

「母上の弾いた竪琴がそなたの手に渡る。──これも宿命というものかもしれぬな」

 囁くように呟いたファザイアは、シールウェのうなじに顔を埋めた。



 暗く狭い異様な臭気の漂う地下牢に放り込まれたヒルダーンは、忌々しげに舌打ちをして、堅牢な鉄の扉を蹴りつけた。

 それでも怒りは収まらず、イライラと牢屋の中を歩き回る。

 その横では、はらはらと涙を零す侍女のニネヴェが座り込んでいた。

「も、もうだめです。殺されるんですわ、わたくしたち。
 ああ、ルシャリーン様はご無事なのかしら……」

 滝のような涙を流し続ける侍女を、ヒルダーンはうんざりしたような気持ちで見下ろし、不機嫌そうに答えた。

「知ったことか。まだここに来てないなら、無事なんだろうよ。
 ったく、上手くいくと思えたんだがな……」

 ヒルダーンは思い返して、再び舌打ちをした。

 異変が起きたのは、若い男が訊ねて来た時だった。

 白金の髪に、冷たい氷の海のような紺碧の瞳をしたばかに綺麗な男は、施療院の小部屋に入ってくるなり、のんびりとした口調で質問してきた。

「──失礼。悪疫にかかったという人がいると聞かされたもので。
 大丈夫なのですか?」

「大丈夫じゃないから、ここに来てるんだ。
 でなきゃ、皇宮なんて一生来ることはなかったさ」

 馬鹿馬鹿しくなるような問いに答えたヒルダーンは、文官の服装をしたその端麗な若者に問いかけた。

「あんたも医師なのか?」

 すると驚くほど優しげに微笑んだ男は、首を振って答えた。

「いいえ。でも、もっと大きな病を治しますから、医師と言えなくもないですね」

「何だ、そのもっと大きな病ってのは?」

 不審に思ったヒルダーンが問い返すと、彼はにこにこと微笑みながら答えた。

「──国のね、病を治すのです。
 知っていますか?
 医師の最大の務めは、病気を治すことそのものよりも、病気が広がらないよう防ぐことにあるのですよ」

 その瞬間、罠にはまったことを悟ったヒルダーンは、抜け目なく男を睨みつけながら、外の気配を探った。

「最近、何かと物騒ですから、やはり不穏分子は早急に取り除かねばなりませんね。
 悪疫を宮廷に持ち込んでもらっては困るのですよ。
 ──それが、いくら美しいものであってもね」

 くすりと笑った若者は、醜く包帯を巻かれた人物を見下ろしながらそう言った。

 そしてヒルダーンを見返すと、男はぞっとするほど冷たく艶やかな微笑を浮かべたのだった。