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LovelyDoll


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 キャッキャッといたって楽しそうな声を上げ、肩車をしてもらっていた幼女は喜んでいた。

 緩やかなウェーブのかかった栗色の髪には、美しいピンク色のリボンが結ばれており、まるでフランス人形が着ているような、菫色をしたヴェルベットの洋服を着ている。

「あ〜、琉花(ルカ)ったら、また肩車してもらって……。
 ごめんなさい、高宮さん」

「──いえ、いつものことですから」

 申し訳なさそうに謝る零を見下ろし、高宮は相変わらずの無表情のまま答えた。

 しかし本来きっちりとセットされているはずの頭は、琉花が散々掻き回したせいで乱れてしまっている。

「ほら、琉花、おいで。もらったケーキ、食べるんでしょう?」

「え〜、やだぁ。まだタカさんの、たかいたかいの方がいいもん」

 4才になる娘に両手を伸ばした零は、しかし琉花ががっしりと高宮の頭にしがみつくのを見て、仕方なさそうにため息をついた。


「──すげえよなぁ、あの『鬼』の高宮に懐いてるガキってのもよ。
 将来、お嬢は大物になるぜ、絶対」

 一応、仕事のために鷲塚家を訪問していた古谷は、偶然そこで出くわした東山にそう話しかけていた。

「顔は完全に母親譲りで、繊細な美少女になるはずなんですけどねえ。
 ああ、でもあの性格と眉だけは、絶対に会長譲りですよ。
 レイちゃんはおっとりしてるのに、あの子の気の強さといったら……」

 グリーンが美しいコーヒーカップに口をつけ、東山はそう断定した。
 インディアン・フラワー(インドの華)と呼ばれるヘレンドのカップは、ハプスブルグ家のフランツ・ヨーゼフ皇帝とエリザベート皇妃が好んだといわれるブランドで、最近になって零がコレクションに加えたものらしかった。

「確かに、あの凛々しい眉毛は、鷲塚由来だな」

「大きくなっても、レイちゃんのような儚げな美人にはならないでしょうね。
 どっちかっていうと、勝ち気なゴージャス系。
 ──ああ、やっぱり父親が悪かったんですかね」

 鷲塚が席を外していることをいいことに、東山は言いたい事をはっきりと言った。

 そんな東山を古谷は横目で眺めやり、面白そうにくつくつと笑った。

「とか言って、琉花に散々プレゼントを渡してるだろう、おまえさん。
 今日着ている服やリボンだって、あれはおまえが贈ったもんだろ?」

「小悪魔的に可愛いんですよね、琉花は。
 一応、将来、嫁にもらおうかと計画中なんです」

 涼しい顔でそう言ってのけた東山を見て、古谷は呆れ果てたような顔になった。

「……おまえ、今、いくつだった?」

「今年で42になりましたね」

「16才で嫁にもらうとしても、おまえさん54だろうが」

「まだまだ現役ですよ。ご心配なく」

「──そういう問題か、おい。それにだいたい、あの鷲塚が許すと思うか?」

「やっぱり無理だと思います?」

「そりゃ無理だろう、どう考えても。──でも本人がOKなら、案外許したりしてな」

 にんまりと邪悪な笑顔を浮かべた古谷は、ソファから立ち上がると、まだ高宮の肩に乗っかっている琉花の方へと歩み寄った。

「おい、お嬢。ちょっと降りてこい」

 古谷の顔をきょとんとした顔で見下ろした琉花は、次の瞬間には満面の笑顔で両手を伸ばしていた。
 鉄面皮の高宮の厳つい顔に、ほっとしたような表情が微かに浮かんでいる。

 高宮の肩から琉花を抱き下ろした古谷を見て、零は驚いたように首を傾げた。

「やだ、いつの間に古谷さんに懐いちゃったんでしょう?」

「最近、仕事でこっちに来る事が増えたからな」

 一見酷薄な雰囲気に見える古谷は、悪戯に成功した子供のような微笑を浮かべ、床に胡座をかいて琉花と目線を合わせた。

「なあ、お嬢。東山のオジちゃんが、おまえさんをお嫁に欲しいんだと。
 おまえはどうしたい?」

 「オジちゃん」という単語に力を込めてそう言った古谷を見返し、琉花は小首を傾げた。
 ソファに座っていた東山は、途端に凍えそうな冷たい視線を古谷に注ぐ。

「──およめさん?」

「そう。結婚してほしいんだって」

 琉花は困ったようにきょろきょろと周囲を見回し、そして優しく微笑んでいる零を見上げた。

「まだ判りませんよ、そんなことは。気が早すぎるんじゃないですか?」

 床に膝をつき、琉花の小さな肩に手を置いた零は、大きな目をした娘に微笑みかけた。

 セピアとグレイの瞳の間から生まれ出た子供は、明るい鳶色の瞳をしていた。
 薄く灰色がかったブラウンの瞳は、この子が2人の遺伝子を確実に受け継いでいることを教えてくれる。

「気にしないでいいよ、琉花」

 零の顔を見返した幼い娘は、ぱっと無邪気な笑顔を浮かべた。

 その時、書斎から鷲塚と新堂が戻ってきた。

「何の騒ぎだ?」

 床に座った零と古谷、そして娘の琉花を見下ろした鷲塚は、不審げに眉をひそめた。

「なーに、琉花が誰の嫁になるかって話」

「──誰が嫁にやるか」

 途端に不機嫌そうな口調になった鷲塚を見上げ、古谷は喉の奥で笑った。

「そらな、言っただろうが」

 古谷は振り返ってそう言うと、東山はどうしようもないといった風に肩をすくめた。

 鷲塚がソファに座るのを見やり、古谷は笑いながら立ち上がろうとした。

 しかし、その時──。

「あのね、るかは、シンちゃんのおよめさんになるの」

 零の手の中から離れた琉花は、高宮と話していた新堂の足に飛びついていった。

「──え?」

 突然、しがみついてきた琉花を見下ろし、訳も分からずに新堂は部屋を見渡した。

 なぜか部屋の中には不穏な静寂が漂い、常に傍若無人な古谷も、慇懃無礼な東山も硬直したように動かなかった。

 古谷と東山は思わずお互いに顔を見合わせ、恐る恐る鷲塚の顔を見やった。

 常に冷徹で感情をさほど表さない鷲塚の顔が、心なしか引きつっているようにも見える。

「な、何かあったんですか?」

 異様な注目と、背筋がぞわぞわするような冷たい殺気を感じ、新堂は困惑してしまった。
 また何か知らない間にしでかしたのだろうかと、思わず悩んでしまう。

「──琉花。新堂さん、困ってるでしょう? お仕事があるんだから、離れなさい。ね?」

「えぇー、でも、シショーがきいたんだもん。
 だから、るかは、シンちゃんのおよめさんになるのっ!」

 にこにこと笑っている琉花を見つめ、零は思わず首を傾げてしまった。
 「シショーって何?」という疑問がわいたが、とりあえずそれは後回しにする。

「そっか、琉花は新堂さんが好きなんだ」

「うん、だーいすき。シンちゃん、やさしいもん。
 かっこいいし、あそんでくれるし、……それから、えーと──」

 一生懸命考え込んでいる琉花を見下ろし、零は愛おしげに微笑んだ。

「そうだね、新堂さん、優しいもんね」

 零の言葉を聞き、新堂の顔が思わずにやけそうになったが、さすがに場の空気を感じ取り、宙に視線を泳がせた。

 零の言葉を聞き、琉花は無邪気な明るい笑顔を浮かべた。

「うんっ! シンちゃんね、るかはかわいいって、いつも言ってくれるんだよぉ。
 それからね、今度、ゆうえんちに一緒に行ってくれるって。
 それでね、るかのママは、いつもきれいだねって」

 母と娘の間には、暖かな、いたってほのぼのとした空気が流れている。
 しかしそれを取り巻く周囲には、シベリア寒気団並みの冷気が流れていた。

(──零さん、頼みますから、それ以上は……)

 ビシバシと突き刺さってくる殺気を感じ、新堂は神に祈るような気持ちで天を仰いだ。