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HolyDoll


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 12月に入るとクリスマスムードが一段と高まり、クリスマスツリーやイルミネーションによって街は華やかに彩られていた。

 きらきらと輝く大きなクリスマスツリーや、歩道に沿って飾られたポインセチア、ショーウィンドウで踊るサンタクロース──本当に、見ているだけでも幸せな気分になれる。

 ここのところホワイトクリスマスにはほど遠い陽気が続いており、昼間であればコートもいらないほどだったが、それでも街は確実に冬の情景を描き出していた。

「──零ちゃん、今年のクリスマスはどうすんの?」

 ぼんやりと窓際の席から、道行く人々の姿を眺めていた鳴川零は、「クリスタル・ローズ」の元同僚である真那にそう問われ、はっと我に返った。

 久しぶりにランチを一緒にということになり、最近真那がお気に入りというイタリアン・レストランに来ていた零は、愛らしい唇に微笑を浮かべている友人を見返した。

「──クリスマス?」

 思わず零が問い返すと、真那はテーブルの上に頬杖をついて首を傾げ、にんまりと笑った。

「そぉよ〜、とぼけんのはナシよぉ、零ちゃん。
 鷲塚さんと初めてのクリスマスでしょぉ?
 何か計画があるんじゃないの?
 どっかに旅行に行くとか……」

 わくわくしながら返答を待っている真那を見つめ、零は困惑したようにこめかみを指で掻きながら、思わず視線を窓の外へと逃がしていた。

「それが──まだ、何も考えてないんだよね。
 と言うより、年末だから海琉はもの凄く忙しそうで、どういう日程になっているのかも判らないし。
 クリスマスといっても、普通に平日でしょう?
 どこかに旅行っていうのは、絶対に無理だと思う」

 ため息をついた零を見つめ、真那は呆れたような声を上げた。

「いくら忙しいったって、若い恋人を放ったまま、徹夜で仕事するほど忙しくないでしょう?
 もしそんな男なら、とっとと別れちゃった方が正解よ。
 最初のクリスマス・イブだよ?
 せめてクリスマスディナーぐらいはセッティングしてもらわなきゃ」

 同い年のニューハーフの友人は、いきり立つような口調で主張した。

 それを見て思わず微笑んだ零は、食後に出されたカプチーノを一口飲むと、自分の思いをゆっくりと言葉にした。

「ちょっと疲れてるみたいだし、私がいるからって、あんまり無理してほしくないんだよね。
 だったら、帰って来るのを待っていようかなあって思ってる。
 遅くなったとしても、レストランだったらキャンセルしなきゃいけないけど、家だったら2人でご飯食べられるし──」

「零ちゃんが、ディナー作るの?」

 大きな目を見開き、愕然としたように真那に問い返され、零は当惑して首を傾げた。

「うん……私は今、仕事もしてないから。
 朝から準備すれば、何とかなるんじゃないかな。
 シャンパン買って──ケーキはどうしよう……作ってもいいね。
 海琉はあんまり甘い物は食べないけど、ちょっとぐらいなら平気だと思うし」

「なんか、それってすっごく贅沢じゃな〜い?
 零ちゃんはさぁ、何かしてもらおうっていうより、何かしてあげようって気持ちの方が強いんだねえ。
 あんまり甘やかしちゃうと、後が大変だよ〜」

「甘やかされてるのは、私の方だと思うんだけどね」

 くすりと微笑み、セピアの瞳を和ませた零を見つめ、真那は大げさなため息をついて、肩をすくめた。

「はいはい、ごちそうさま。
 そうやって幸せそうな零ちゃんを見てると、何も言う気にならないわよぉ。
 でも、いいなあ……零ちゃんの手作りディナーか。
 アタシもお相伴したいなぁ。
 ちょうどイブは、お休みなのよねぇ、アタシ」

 テーブルに肘をつき、手の甲の上に顎を乗せた真那は、深いため息をついて窓の外を見つめた。

 アンティークドールのように可憐な横顔に、何故か憂鬱そうな表情が漂っており、零は不思議に思って訊ねていた。

「何かあったの?
 この前会った時は、クリスマス楽しみにしてたよね?」

「それがさあ……付き合っていた男と、先週末に別れちゃったのよねぇ。
 別にすっごく好きってわけじゃなかったから、そんなに気にはしてないんだけどさ。
 でも、クリスマスの予定がパァになったのは、もったいなかったかも」

 零の瞳を見つめた真那は、少し寂しげに微笑み、コーヒーカップに視線を落とした。

「──じゃあさ、一緒にクリスマス・パーティやろうか。
 本当は、薫さんとかも呼んで、ホームパーティしたかったんだよね。
 真那さえ良ければ、薫さんにも予定を聞いてみるよ」

「えぇ〜、そんな事して、怒られない?
 アタシは嬉しいけど、お邪魔虫になるのは嫌だよ。
 『何でここにいるんだ』みたいな怖ーい目で睨まれちゃったら、さすがのアタシも凹んじゃうんだから」

 真那の言葉を聞き、その光景を想像してしまった零は、くすくすと笑い出した。

「そうか……じゃあ、先に海琉に聞いてみる。
 OKが出たら、本格的に計画しよう。
 もしダメだって言われちゃったら、その時はごめんね」

「そんな事心配しなくてもいいよ、零ちゃん。
 手作りケーキ1つで許してあげるから。
 アタシはお店に行って、『彼氏&彼女のいない人を慰めようパーティ』に飛び入り参加しちゃうもんね〜」

 明るい笑い声を立てた真那を見つめ、同意するように零はうなずいた。

「美味しくできるか判らないけどね。
 『カッツェ』のマスターに、ケーキ作りのレシピを教えてもらわなきゃ」

「マスターの自家製ケーキ、かなり美味しいもんねえ。
 ──ところでさ、零ちゃん。
 鷲塚さんへのプレゼント、決まったの?」

「うーん、それもまだ決まってない。
 いろいろ考えてるんだけど、いまいちこれって言うものがないんだよね」

 困ったように微笑む零を見返し、真那は悪戯っぽく笑った。

「零ちゃん、自分にリボンかけちゃえば?
 喜ばれるわよぉ、きっと」

 そう言われた途端、零は耳まで顔を赤らめてしまい、恥ずかしそうにうつむいた。

 面白がってケラケラと笑う真那を恨めしげに見つめ、零はほっとため息をついた。

「もう、やだなあ……真那までそんな事言わないでよ。
 薫さんにも、同じ事言われたんだから。
 人が真剣に悩んでるのに──」

「だってぇ、零ちゃんに御馳走作ってもらって、その上なおそんな事されちゃったら、男は誰だって喜ぶに決まってるじゃない。
 プレゼントなんて、買う必要ないよ。
 とびっきり綺麗なリボン買って、エッチくさく巻いておけば?
 何だったら、手伝ってあげようか?」

 うっふっふ……と含み笑いをしている真那を睨み、零はかぶりを振った。

「いい、遠慮しとく。
 それより、これからどうする?
 新しいコートが欲しいとかって言ってなかった?」

 強引に話題を変えようとしている零を見つめ、真那は双眸を細めて笑うと、ふと歩道の脇に植えられた街路樹を見下ろした。

 小さな電球で飾られた街の木々は、夜になれば美しく輝き、アスファルトの道路を光の道へと変えるに違いない。

「それも買わなきゃいけないんだけど……。
 ──ねえ、零ちゃんとこ、クリスマスツリーとかあるの?
 あの鷲塚さんが、最初からそんなものを持ってるとも思えないんだけど」

「クリスマスツリーはまだ無いよ。
 もともと物がほとんど無い部屋だったから……」

「じゃあ、今からツリーを買いに行こうよ。
 パーティするにしても、しないにしても、クリスマスツリーが無いとやっぱり雰囲気出ないじゃん?
 それに、どんなに鈍感な男だって、家の中にツリーがあれば、『ああ、クリスマスなんだ』って思い出すと思わない?」

 真那の提案を聞いた零は、僅かに首を傾げて考えを巡らせた。

(──リビングは広いから、クリスマスツリーを置いても邪魔にはならないだろうけど)

 頭の中にリビングを思い描いた零は、どこに、どんなクリスマスツリーを置けば美しく見えるだろうかと考え、ややあってから納得したようにうなずいた。

「そうだね、せっかくだからツリーを飾ろうかな。
 大人っぽい雰囲気のやつなら、海琉も嫌がらないかも」

「あ、だったら良いところ知ってるよ、アタシ。
 クリスマスオーナメントとか、クリスマスギフトとかの専門店なんだよね。
 ガラスとか錫製のオーナメントだったら、賑やかしくならなくて良いんじゃない?」

 ショーウィンドウに飾られた様々なクリスマスツリーを眺めながら、真那と共にアイデアを出し合っていた零は、その時、ふと思い出したように友人の顔を見下ろした。

「ねえ、真那──海琉って、クリスマスの事、忘れちゃってるのかな?」

 その問いかけに呆気にとられた真那は、思わず真剣に考え込み、困り果てたような力の無い微笑みを浮かべた。

「ごめんね、零ちゃん。
 さっき鈍感って言ったの、別に鷲塚さんがそうって意味じゃないよ。
 でもまあ、本当に仕事が忙しいなら、頭からクリスマスが抜けちゃうかもしれないけど。
 それでも、帰ってきてクリスマスツリー見たら、思い出すんじゃない?」

 慰めるような口調で真那が言うと、零は綺麗に晴れ渡った空を見上げ、唇に楽しげな微笑を浮かべた。

「そっか──じゃあ、綺麗に飾っておかなきゃ。
 今夜、帰ってくるまでに、飾り付けが終わるかなあ」

 スキップするような軽やかな足取りで歩き出した零の後ろ姿を見つめ、真那は思わず深々とため息をつくと、ぼそりと小さく呟いていた。

「──あーあ、アタシも早くイイ男捕まえなきゃねえ」