Rosariel.com
GuardianDoll


1



 華やかなクリスマスが終わった途端、世間はお正月に向けて、誰もが急かされているような慌ただしい雰囲気に変わっていった。

 ところが、今年は土日を挟んだせいで仕事納めが早い……のかどうかは判らなかったが、クリスマス以後、鷲塚はほとんどの時間を零と住まうマンションで過ごしていた。

 本来なら──それはきっと甘く、優しい生活になったはずなのだが、クリスマスのあの出来事によほど腹を立てたのか、鷲塚は零にそれこそ思いつく限りの恥辱を強いた。

 仕事場をマンションの書斎に移し、ほとんど不自由なく仕事をしながら、暇を見つけては零を抱き、快感に狂わせてゆく。

 自分が抱けない時は、鷲塚の形に合わせて作られたというバイブレーターを挿入し、ある時は縛り上げ、またある時はそのまま家事を行うことを強制した。

 その責め苦に零が耐えられなくなってくると、ようやく淫具は取り除かれ、その代わりにより激しく熱い楔がもたらされて……意識を失わせるほどの絶頂を何度も極めさせられる。

 絶え間ない悦楽にさらされるうちに、時間の感覚が無くなり、昼なのか夜なのかさえ判らなくなってしまっていた。

 零が淫らに身体をくねらせ、切なく喘ぐほど、耳元で囁かれる言葉は優しく、愛撫は残酷なほどに甘くなる。

 徹底的な調教の成果と言うべきか、さらに淫蕩で、快楽に脆い肉体へと作り変えられてしまった零は、鷲塚の吐息や指先だけで、疼くような快感を感じるようになっていた。


 12月31日、大晦日となり、ほぼ一週間ぶりに外出を許された零が連れてこられたのは、鎌倉にある荒神会総長の広大な本宅であった。

 つまりそこは、前嶋薫──本名・荒神薫の実父であり、鷲塚の養父でもある荒神勳が住まう屋敷である。

 年に一度、正月だけは荒神会に属する組の組長や主だった幹部が勢揃いし、頂点に位置する荒神組の組長である荒神勳に年賀の挨拶に訪れる。

 大広間にその全員が集まり、荘重な儀式のごとき新年の挨拶が終わると、酒宴が開かれ、やがて無礼講になるらしかった。

「さすがにね〜、海琉も正月だけは、格式張った儀礼から逃れられないのよ。
 本当はそういうの大嫌いだし、気ままにやってる方が性に合ってるんだろうけどさ。
 事実上のトップではあるけど、形式的にはまだ若頭でしかないから、いろいろ気を使わなきゃいけない場面も出てくるのよ。
 明日はもう、そのままアルコール漬けができあがるほど、杯を取らされるでしょうねえ」

 鶴ヶ丘八幡宮に初詣に出かけるため、落ち着いた雰囲気の着物を着ていた薫は、自室で零とお茶を飲みながら、そう語った。

「……私が来ても迷惑になるだけだから、待ってるって言ったんですけど。
 何だったら、私も実家に帰っても良かったし」

「あはは……無理よ、そんなの。
 海琉にしてみれば、今回が零ちゃんの正式なお披露目でもあるんだし。
 海琉のためにウェディングドレスまで着たんだから、零ちゃんは事実上、海琉のお嫁さんってわけ。
 『実家に帰りたい』なんて言ったら、それこそブチ切れるわよ、あいつ」

 そう言った後、薫は色っぽい流し目を零に送った。

「ハニームーンは楽しんでるの?
 零ちゃんってば、ますます悩ましくなっちゃって、色気が匂い立ってるもんね。
 若い連中なんて、零ちゃんを一目見た途端、ころっとやれらちゃってたわ。
 『何て綺麗な姐さんなんだろう』って。
 噂は流れてたけど、じっくり零ちゃん見たのは初めてでしょ」

 その途端、零は首筋まで赤く染め、薫を恨めしげな瞳で睨んだ。

「あ、あれは……薫さんが考えついた悪戯でしょう?
 ハニームーンだなんて──毎日、お仕置きされていたようなものだし……」

「でも、海琉はメチャクチャ喜んでるでしょ?
 あの救いようのない仕事中毒人間が、あろう事か職場を離れて、一週間も零ちゃんにつきっきりだったのよぉ?
 完全に噂になってるから、みんな、今日の艶っぽい零ちゃんを見て、納得したでしょうね。
 想像しちゃって、思わず股間を押さえていたバカもいたし。
 ──あ〜あ、こんな事なら、ドレスと一緒に、着物も作っておけばよかったわねえ。
 姫始はお着物でって言えば、一生分の感謝を、海琉からもらえたと思うんだけど」

 さも残念そうにため息をついた薫は、呆気にとられている零に嫣然と笑いかけた。

「──喜んでるって……怒ってるんだと思ってましたけど。
 だって、あんなに酷い事……あれから一歩も外に出してももらえなかったし──」

 脳裏に羞恥極まる淫らな光景が蘇り、穴があったら入りたいと思いながら、零の声は心細げに小さくなっていった。

「今の零ちゃんを1人で外に出したら、四方八方からオオカミさんに狙われちゃうわよ。
 可愛い赤ずきんちゃんを、そんな危険な道に行かせると思う?
 自分だけが食べてもいいと思ってる我が儘オオカミなんだから、他を排除しようとするのは当然の成り行きでしょ。
 まあ、三箇日を過ぎれば、ほいほい仕事を休んでるわけにもいかないし、少しはほとぼりも冷めるんじゃないかしら?
 それまでは、鬼畜な旦那様の愛情に、頑張って耐えるしかないわね〜。
 あいつ、零ちゃんは自分のものだって認識を新たにしてるから、しばらくは相当しつこいわよ」

 悟りきったような薫の言葉に、零はセピアの瞳を大きく見開いた。

 ──あと4日も、あの爛れるような快楽の営みに、果たして自分は耐えられるのだろうか。

 そう思った瞬間、肉体が紛れもない歓喜にざわめき、さざめくような快感が広がる。

 肉体の奥に甘美な疼きを感じ、それに耐えるようにうつむいた零は、耳元で誘いかける淫靡な囁きを聞いたような気がして、それを閉め出すようにぎゅっと瞼を閉ざしていた。



 古都鎌倉を代表する鶴ヶ丘八幡宮は、初詣に訪れる善男善女で大賑わいであった。

 そのうねるような人波と熱気に巻き込まれてしまった零は、いつの間にか、目の前を歩いていたはずの鷲塚たちを見失っていた。

 それに気づいて立ち止まり、背伸びをして周囲を見回してみたが、いつも人より頭1つ分飛び抜けて見える鷲塚の姿すらどこにも見当たらない。

 参道は照明で照らし出されてはいたが、それでも頭上から降り注ぐ漆黒の夜闇が、遠くまで見通そうとする零の視界を遮っていた。

「──どうしよう……迷子になっちゃった」

 一人取り残される心細さに思わず呟いていた零は、その時、急に背後から肩をつかまれ、思わず悲鳴を上げそうになっていた。

「──まったく、おまえはどうして真っ直ぐ歩けないんだ?
 すぐに気づいたからいいようなものの、あのまま人の流れに乗って歩いて行ったら、まったく別の方向に連れて行かれるところだぞ」

 大きく息を吐き出し、呆れたようにそう言った鷲塚の顔を見上げた零は、情け無い気分で胸が一杯になり、思わずうつむいていた。

「ごめんなさい……きょろきょろしてたら、こっちに来ちゃってた」

「人混みで迷子になる奴の典型だな、おまえ」

 もう一度小さく嘆息をもらした鷲塚は、零の手を取ると、本宮へと続く参道へと戻りはじめた。

 その力強い大きな手に引かれながら、零は嬉しくなり、思わず口許に微笑を綻ばせていた。

 心の中に暖かなものが満ち、胸の高鳴りに涙が溢れそうになる。

「あのね、こうやって海琉と手を繋いで歩くのって、初めてなんだよ」

「……そうだったか? 前にもあったような気がするが」

 喜びに顔を輝かせている零を見下ろし、鷲塚が軽く片眉をつりあげると、零はすぐにかぶりを振っていた。

「違うよ、あれは手首を掴まれて、引っ張られてたんだから。
 手を繋いで、私に歩調を合わせて海琉が歩いてくれるのは、本当に今日が初めて」

 それでもなお訝しげに首をひねる鷲塚に、零は明るく微笑みかけた。

「──だから……何だかすごく嬉しい。
 いつまでも、こうやって一緒に歩いてゆけるといいよね」

 きゅっと少し掌に力をこめて握り返すと、鷲塚は唇に優しい笑みを湛え、微かに皮肉っぽい視線で零を見下ろした。