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TearyDoll


18



 幼い子供のようにしゃくり上げながらすすり泣く零を、鷲塚はそれ以上何も言わずに抱き締めていた。

 セピア色の瞳からは次々と涙が溢れ、鷲塚のシャツを濡らしてゆく。

 逞しい腕にしっかりと抱かれ、その優しい暖かさに包まれながら、零は、ようやく自分がどれほど心細い思いをしていたのかに気がついた。

 堰を切ったように流れる涙と共に、抱え込んでいた孤独が癒され、魂が浄化されてゆく。

 涙が枯れ果てるほどに泣き続け、ようやく心に静けさが戻った時、零を包んでいた鷲塚が深い嘆息をもらし、腕の力をわずかに緩めた。

「まったく……どこからそんなに涙が出てくるのか本当に謎だな」

 呆れたような言葉には、しかし優しく穏やかな響きがあった。

「……ごめんなさい──でも…何だか……すっきりした」

 まだ瞳を潤ませていた零は、鷲塚から少し身体を離すと、弱々しく微笑みながら謝った。

 鷲塚は皮肉っぽく唇の片端をつりあげると、泣きすぎて腫れてしまっている零の瞼にそっと唇を触れさせた。

「これだけ気持ち良く泣けば、少しは気も晴れるだろうがな。
 言っておくが、俺の言いたい事や聞きたい事は、まだ何一つすっきりしていないんだぞ」

 優しく触れる唇の感触を心地よく感じていた零は、少し責めるような口調に気づくと、躊躇うようにゆっくりと瞼を上げ、セピアの瞳で鷲塚を見つめた。

「私……あなたはもう、私の事、いらないんだって思ってた。
 だから、探しに来てくれるなんて思いもしなくて──」

「どうすればその結論に達せるのか……後から、じっくりと聞かせてもらおうか」

 美しく濡れて輝く瞳を見下ろしていた鷲塚は、唇に微笑を刻むと、零の耳元で低く囁いた。

 微かにかすれた声音は官能を帯び、ひどく艶めかしく聞こえる。

 鷲塚の深みのある声に魅了されながら、零は身体中に熱い戦慄が駆け抜けるのを感じた。

 耳元にキスが落とされ、やがて男の唇は優美なラインを描く首筋をたどり始める。

 唇が白い肌をかすめるたび、零の身体をぞくりとする甘美な痺れが走った。

 気づく間も無く優しくベッドに押し倒されていた零は、顔に温かな吐息を感じると、間近にある秀麗な顔をじっと見つめた。

 強い意志を宿した鋼色の瞳は、零の内に眠る情熱や欲望を全て読みとろうとでもしているのか、普段よりも黒みを帯びて強く輝いている。

 その瞳の奥に、己に向けられる激しい欲望と、深い愛を感じ取った零は、瞬く事も忘れ、細い指先を鷲塚の顔に伸ばしていた。

「……海琉──キスして……」

 鮮やかな朱が混ざり、美しい色彩に染まったセピアの双眸から、透明な雫が流れ落ちる。

 鷲塚は一瞬、苦しむように眉根を寄せると、零の柔らかな唇を荒々しいほどに求め、自らの唇を深く重ねた。

 唇を開き、鷲塚を受け入れた零は、神秘的な鼓動が高波のように押し寄せ、身体中が激しい炎に包まれたようにさえ感じた。

 巧みな唇への愛撫と、絡み合う舌の獰猛なまでの激しさに翻弄されながら、零は耐えきれない喘ぎをもらし、重ねられた頑強な体躯に身体を添わせた。

 零のうなじを引き寄せていた手がなだらかな肩をつかみ、やがて胸の脇へと滑り降りてゆく。

 コットン地のパジャマの上からさえ、指先の動きに心臓が惑わされ、騒々しいほどどきどきと高鳴っていた。

 繰り返されるキスと、優しい愛撫に全身が強く感じてしまい、身を焦がすような甘く切ない快感の炎に煽られてゆく。

 いつの間にかはだけられていたパジャマの中に指先が滑り込み、キスを受ける前から疼きだしていた胸の頂をなぞった瞬間、零はたまらずに身を反らせていた。

「あっ…あ、ああ……海琉──だめ……」

 快楽にかすれる声がこぼれると、喉元に唇を這わせていた鷲塚は、その言葉を封じるようにもう一度深く唇を塞いだ。

「零──キスだけでいいのか?」

 熱い吐息が柔らかな耳朶に触れ、敏感な肌をなぶる。

 耳元に落ちる魅惑の響きに我を忘れ、必死でかぶりを振った零は、不意に獰猛な虎が喉を鳴らすような低い笑い声を聞き、火照った頬をさらに羞恥で紅く染めた。

「……抱いて……お願い、もう……海琉とひとつになりたい──」

 苦痛にも似た快美な疼きに苛まれ、零の身体はほんのわずかな愛撫にさえ反応し、酔いしれたように熱くなっていた。

 ──心も、身体も、零の存在全てが鷲塚を欲し、切ないほどに求めている。

 吐息と共にもらされた言葉に褒美を与えるように、鷲塚は恥ずかしげに顔を背けた零の美しい首筋に口づけを降らせた。

 さざめくような快感に溺れそうになっていた零は、その時、陶酔に濡れたセピアの瞳をゆっくりと見開いた。

 視線の先に、零の身体を押し潰さないように支える鷲塚の腕が見え、さらに黒く、鈍く光る何かがベッドに落ちているのが見えた。

(……何…あれ──ピストル……?)

 悦楽に朦朧と溶けてゆく頭の隅で、零はふとそんな事を考えた。

 その瞬間、快感とは異なる冷たいものが背筋を走り、驚愕に瞳を見開いた零は、紛れもない高い悲鳴を上げていた。

「……きゃあぁッ…やだっ、海琉──それ…どっかにやって──ッ!」

 突然、真下から上がった悲鳴に思わず仰け反っていた鷲塚は、ぶるぶると震えながらしがみついてくる零に呆気にとられつつ、「それ」を見下ろした。

 そもそも、拳銃を突きつけていた鷲塚に、怖れも無く抱きついてきたのは零の方だった。

 甘く薫るしなやかな身体に誘惑され、銃を持っていた事も忘れて押し倒してしまったのは鷲塚の不覚であったかもしれないが、それでも「何を今さら」という気分に陥る。

 しかし、本当に恐怖を感じてがたがたと震えている零の身体を感じると、咎めるのも何やら哀れに思え、鷲塚は深いため息を漏らした。

「──判った、どこかにやるから、ちょっとだけこの手を放せ」

 しっかりと首に巻き付いた腕は苦しくすらあったが、無理矢理引き剥がすわけにもいかず、鷲塚はあやすように零の背中を叩いた。

「……海琉──何で、そんな物……持ってるの?」

 腕の力を緩めた零が青ざめた表情で訊ねると、鷲塚は怪訝そうに片眉をつり上げた。

「お前……ひょっとして、今、やっと気づいたのか?」

 鷲塚の問いに一瞬だけ小首を傾げ、零はこくりとうなずく。

 その表情に偽りは無く、どうして零が銃口を怖れることなく飛びついてきたのか、鷲塚はこの時やっと納得した。

 拳銃を怖れなかった訳ではなく──多分、その存在が見えていなかっただけなのだ。

 それほど無我夢中だったのだろうが、何故そうなったのかを考える前に、鷲塚は思わず笑い出していた。

 常に冷厳な鷲塚が声を立てて笑うのは、青天の霹靂といえるほどに珍しい事ではあったが、笑われた当の零は拗ねたように呟いた。

「──そんなに笑う事ないでしょう?
 普通は…怖いの、当たり前なんだから……」

 色気の欠片も吹き飛んだ展開に陥りはしたが、鷲塚は零を胸に抱き寄せたまま、ひとしきり笑っていた。

 しばらくして、鷲塚はようやく笑いを収めると、憮然としている零の唇に優しくキスをする。

 驚いたようにセピアの瞳を上げた零の顔を両手で包み、もう一度官能に誘うように、鷲塚はさらに唇を重ね合わせた。

「悪かった──おまえが怖がるのは、当たり前だったな」

 深みのある低音に囁かれ、零が戸惑ったようにセピアの瞳を揺らすと、鷲塚は唇にくすりと微笑を浮かべた。