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TearyDoll


19



「おまえがいると……少なくとも退屈だけはしなさそうだ」

 笑いを含んだ声でそう言った鷲塚は、零から身を離し、ベッドから下りた。

 戸惑ったように目を瞠った零は、離れてしまうことに不安を覚え、切なげに眉をひそめる。

 今にも泣き出しそうにさえ見える零を見返し、鷲塚は唇にからかうような微笑を刻んだまま、スーツの上着を脱いだ。

 手際よくネクタイを引き抜き、ワイシャツのボタンを外してゆく。

 一連の流れるような動きの中で露わになっていく鷲塚の肉体を、零を息を止めたまま、瞬きもできずに見つめていた。

 上半身裸になった男性の姿など、男子校であった清塔学園でも度々見かけていたが、その美しさに見とれてしまったことなど一度もない。

 だが、戦うために存在するような造形は美しく、本当に綺麗だと零は思った。

 引き締まった体躯は圧倒されるほどに逞しく、筋肉の波うつような動きは優美にさえ見える。

 巨大な獲物を仕留める猛獣のように、その身体の内にはきっと途方もないエネルギーが蓄えられているのだろう。

 張りつめた肌は上質のサテン地のようにしなやかだったが、所々に引きつれたような傷痕があった。

 無意識のうちに魅せられ、その肌に触れ、その傷に口づけたいと思ってしまう。

 一糸まとわぬ鷲塚が振り返った時、零は自分自身の激しい欲望に畏れすら抱き、激しい動悸に息苦しさを感じて唇を喘がせた。

 完全に成熟した男の身体──中途半端な自分とは全く違う。

 だが、これほど強く、美しい存在に、醜いと忌避される自分のような者が抱かれて本当に良いのか──。

 零の脳裏に迷いが過ぎり、その瞬間、叩きつけられた咲妃の言葉が蘇ってきた。

(本当の事を知ったら、みんな気持ち悪がって、あんたの事なんて嫌いになるんだから!)

 不意に、零のセピアの瞳から涙がこぼれ落ち、白くなめらかな頬を伝う。

「──どうした、零?」

 急に青ざめた零の顔色に気づき、鷲塚は涙を拭うように手を差し伸べた。

 ベッドをきしませ、覆い被さってきた鷲塚の顔を見上げた零は、震える声で、自分自身の中に根を張っている根源的な恐怖を口にしていた。

「……海琉は──私のこと、気持ち悪いって言わない?
 私の身体は…こんなだけど──嫌いにならない?」

 今にも壊れてしまいそうなほどに震え出した零を抱き寄せながら、鷲塚は薫が先日言っていた言葉を思い出した。

(海琉が思っている以上に、零ちゃんの心はもともと繊細で──精神がひどく不安定でものすごく傷つきやすいのよね……)

 何が零の心をそこまで深く傷つけているのかを悟り、鷲塚は抱き締める腕に力を込めた。

「たとえ他の何も信じられなくなったとしても、俺だけを信じて、俺だけを見ていろ、零。
 全てがおまえを拒絶して突き放しても、俺だけはおまえを愛してやる。
 その代わり、おまえの心も体も全て俺のものだ──他の誰にも渡さない」

 息が止まるほど強く抱き締められ、その言葉の内にある激情に目眩すら感じる。

 零は鷲塚の肩に顔を埋めたまま、その言葉を確かめるように問い返していた。

「みんなが……私を嫌っても──海琉は傍にいてくれる?
 ずっと──私を好きでいてくれる?」

「欲しいのはおまえだけだ、零──おまえの全てを愛してる」

 静かに流れ落ちる涙に口づけ、揺らめくセピアの瞳を覗き込んだ鷲塚は、瞳の奥にある深い悲しみに触れるように濡れた頬を包んだ。

「おまえだけを愛すると誓うから、おまえは俺の傍にいろ。
 何があっても、俺は二度とおまえを離さない。
 おまえの生きる場所は俺の傍だけだ……」

 熱い吐息と共に唇を塞がれ、身体と心が浮遊し、溶けてしまうような口づけがもたらされた。

 眩く透き通った官能が零の畏れを癒し、そして深い原始的な熱情が突きあげてくる。

 お互いを求め、貪るようなキスが過ぎた後、荒く息を弾ませていた零は、濡れて赤くふくらみを帯びた唇を震わせて鷲塚を見つめた。

「──これだけ言っても、まだ信用できないか?」

 激しいキスにさらされて腫れ上がった零の下唇に指を這わせ、誘惑するような微笑を刻んだ鷲塚は、華奢な手を導くようにして己の猛り立った高まりに触れさせていた。

 脈動する欲望の証に驚き、反射的に手を引こうとした零を繋ぎ止めた鷲塚は、零の耳元に唇を寄せて囁いた。

「これだけは嘘をつけない──おまえが欲しくて、おまえの中に入りたくてずっと我慢をしているんだからな」

 吐息を吹きかけるようにため息をもらした鷲塚は、そのまま零の耳を舐め、その孔に舌を差し入れた。

 その瞬間、背筋に鋭い快美感が走り、たまらず零は鷲塚にしがみついて息を喘がせていた。

「……海琉……抱いて…今すぐに──」

 身体の中で凍りついていた時が流れだし、束の間塞き止められた欲求が凄まじい奔流となって荒れ狂い始める。

 全身の血が逆巻くような妖しい疼きに耐えかね、涙を溢れさせた零は、助けを求めるように鷲塚にしがみついていた。

 息が止まるほど激しく唇が奪われる。

 唇を深く合わせながら、鷲塚は零の身体に手を這わせ、下肢の奥に指を滑り込ませた。

 指先が秘められた繊細な花を捕らえ、その神秘を探るように刺激する。

 花弁の奥から溢れ出し、滴り落ちてきた花蜜が指先にからまると、零は身悶えるように身体をくねらせ、切ない声を上げた。

「ああっ……あっ…いやっ、海琉──早く来て……」

 焦らされる甘美な苦痛に零が悲鳴を上げた時、脚を開いて仰け反ったしなやかな身体に、強靱な身体が溶け合った。

 征服され、全ての感覚を支配される喜悦に、零の息が一瞬止まる。

 放心したように見開かれたセピアの瞳から涙が流れ、淡く紅潮した白磁の頬を伝い落ちた。

「──零?」

 嵐のような激情のおもむくまま、神秘の肉体を貪り尽くしたいという欲望に抗いながら、鷲塚は逞しい上体を屈して零の顔を覗き込んだ。

 その声に導かれるように、零の瞳が揺れ、心配そうに細められた鋼の瞳を見返した。

「……海琉がいる──私の中に……感じる…これは、夢じゃないんだって──」

 深く呼吸をして瞼を閉ざした零は、2人の狭間に手を滑らせ、そっと優しく自分の下腹を撫でて微笑んだ。

 快感を強く煽られたように息をつめた鷲塚は、耐えきれずに零の唇や首筋にキスの雨を降らせた。

「あっ…動いて……もっとあなたを感じさせて……」

 しなやかな両腕を伸ばし、隆とした鋼の筋肉が縒り合わさったような背中に触れ、零はその完全な曲線を愛でるように手を這わせた。

 零を深く貫いていた鷲塚は一度ぶるりと身震いをし、そのまま力強い律動を刻み始めた。

 あまりの快感に身体の全ての感覚が目覚め、甘く激しい官能に呑み込まれ、溺れてゆく。

「ああ…あ…あっ──は…んっ……海琉……ああっ……もう──っ」

 熱く重い悦楽に支配され、自らも合わせるように腰を波うたせていた零は、ひときわ大きな快楽の波に打ち上げられた瞬間、身を震わせて悲鳴を上げた。

 同時に身体の芯に灼熱の奔流が解き放たれ、壊れるほど強く抱き締められる。

 頂点に達した快楽は恍惚とした魂を羽ばたかせ、やがてふたつはしっかりと絡み合い、ひとつに溶け合ってゆく。

 純粋な歓喜と至福──信じがたいほど崇高な陶酔に誘われ、零は眩いばかりに白い世界に包みこまれていた。

 いつか見たような世界を漂っていると、澄み切った無窮の空から慈しみ深い声が降ってくる。

(──大切なものは見つかりましたか?)

(はい……私は、愛する人を見つけました)

 微笑みを浮かべていたのだろうか──何よりも神聖な光が大きな翼を広げ、零の全てを抱擁するように優しく抱き締めていた。