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TearyDoll


22



 広大なリビングルームに足を踏み入れた零は、ふと、自分がまだ夢の中にいるのではないかと不安になった。

 視界を遮る事の無い広い窓の向こう側には、深みのある澄んだ蒼天がどこまでも遠くへと続いている。

 ──何も変わっていない場所。

 この部屋を最初に見た時、感じたのは寒々しい虚無だった。

 人が住んでいるとはとても思えないような生活感の無い部屋は、まるで牢獄のようにも思え、逃げる事のできない恐怖が零の心を打ちのめした。

(……好きにしろって言われたから、少しずつ模様替えを始めたんだけど──そう言えば、まだ途中だったな)

 何もない殺伐とした部屋に、ほんの少しずつ手を加え始めた時、やっと自分の居場所ができたような気がした。

 あれほど逃げ出したいと思っていた場所が、自然に呼吸ができる場所になり、どこよりも帰りたい部屋へと変わってゆく──そして、それと同時に、鷲塚が誰よりも愛しく、大切な人になったのだと気づかされた。

 全てはこの部屋から始まった。

 だからこそ、零はこの部屋に帰りたいと思っていた。

 自分の心の中で育まれた愛が、ずっと続いてゆくように──そう祈らずにはいられなかった。

 何かに導かれるように窓辺に近づいた零は、薄く霞みがかった地上の光景を見下ろした後、眩く柔らかな午前の陽射しを投げかけてくる太陽を見上げた。

「──空が…こんなに近い……」

 吸い込まれそうなほどに青い蒼穹を仰いだ零は、指先でそっと冷たい窓ガラスに触れた。

 何の前触れもなく、不思議なほどに静かな涙がセピアの瞳から溢れ、頬を滑り落ちてゆく。

(……私は──本当に……こんなにもこの部屋に…海琉の傍に帰りたかったんだ──)

 自分の心を見つめ、思いを噛みしめるように瞼を閉ざした零は、不意に背後から伸びてきた力強い腕に抱き締められていた。

「零──おまえはここに戻ってきた。
 だからもう、俺はおまえに手加減はしない。
 二度と俺から離れられないように、おまえの身体に俺の全てを刻み込んでやる。
 おまえは、おまえの全てで俺を受け止めろ──それが、おまえの役目だ」

 恐ろしいほど傲慢な言葉は目眩がするほど甘やかな響きを宿し、零は背筋を駆け上る快感に身体を震わせた。

 耳元で囁かれた低い声音と共に、熱い吐息が耳朶を愛撫する。

 抱きすくめられていた零は、小さくうなずきながら、そっと指先で鷲塚の腕に触れた。

「──私は海琉に……私の全てをあげる。
 本当はあんまり自信ないけど……でも、海琉の望み通りにすればいい。
 私は…海琉のいない自由は──もう、いらないから……」

「俺の望みは、おまえが俺を受け入れることだ──拒否することは許さない」

 一瞬、身を砕かれるほどの力で抱き締められた零は、鷲塚の腕の中で身体を反転させられ、あっという間に広い窓ガラスに押さえ込まれていた。

 驚愕してセピアの瞳を見開いた零は、息が詰まるほどの激しさで唇を塞がれ、荒々しく貪るような口づけにさらされた。

 深く絡まり合う舌が快感にじんと痺れ始め、何度も繰り返し吸われる唇は熱く濡れる。

 苦しむように息を喘がせた零の口の端から透明な雫が流れ、鷲塚はそれを舐め取るように舌先を伸ばした。

 暁の空を思わせるセピアの瞳が涙で潤み、欲情に染まった色で鷲塚を見返す。

 蠱惑的ですらあるその表情に、鷲塚は満足したように吐息をもらすと、陶酔したまま動けないでいる零の大腿の間に己の膝を割り込ませた。

「どうしてくれる、零?
 もうすぐ朝食が運ばれてくるというのに、おまえが煽ってくれたおかげでこの様だぞ。
 とても食事をする気分じゃないが、抜けられない用事ができたからな。
 ──責任もって、おまえに鎮めてもらおうか」

 零の臀部を両手で引き寄せ、布地越しに張りつめた己自身を押しつけた鷲塚は、顔に朱を走らせた零を見下ろし、低く喉を鳴らすように笑った。

「……だって……でも──ここで?」

 羞恥と困惑に瞳を揺らした零を見下ろし、鷲塚は揶揄するように唇の片端をつり上げると、もう一度キスをするように秀麗な顔を寄せた。

 唇に吐息が触れ、零が思わず目を閉ざすと、かすめるように唇が触れ合った。

「どこがいい? 俺はここでも構わないがな」

「……ここは…嫌──こんなに明るいのに…ここで、そんな事……できないよ──」

 瞼を上げることすら恥ずかしく思え、零はふるふると首を横に振った。

 鷲塚は喉の奥で笑うと、零の顔を両手で包み込み、その耳元で甘く残酷に囁いた。

「どこならいいんだ? 早くしないと、俺の我慢にも限度があるぞ。
 それとも、食事を運んできた奴らの前で、おまえを抱いてやろうか?
 さぞかし、色っぽい見世物になるだろうが……」

「──いやっ! ……人に見られるのは、絶対に嫌……そんな酷い事しないで……」

 残忍な言葉に追いつめられていきながらも、己の下腹を擦る鷲塚の欲望を感じて、零は身体の芯が熱く爛れ、溶けてゆくような錯覚を味わっていた。

「零──俺の望み通りにするんだろう?」

 思い知らせるような言葉と、誘惑するようなキスが唇に下りてくる。

「あっ…ああ──海琉…ベッドで……お願い……せめて、ベッドで抱いて──」

 震える唇がようやく言葉をもらすと、鷲塚はくすりと笑い、零の身体を足下から抱き上げた。

 自分が口にした大胆な言葉に、零は恥ずかしさで気を失いそうになりながらも、寝室に運ばれた事でほっと安堵の吐息をもらした。

「零、自分で服を脱いで、おまえの身体を俺に見せろ」

 ところが広いベッドに降ろされ、ベッドの端に座らされた零は、鷲塚から投げかけられた声に目を見開いた。

「──えっ?」

 驚愕し、思わず問い返すような声を出した零を、鷲塚は強い輝きを帯びた鋼の瞳で見下ろし、双眸を細めてうっすらと微笑を浮かべた。

「気が済むまでおまえを抱きたいが、残念ながら今はそんなに時間が無い。
 裸になって、口で俺を満足させるんだ、零。
 ──それとも、慣らさないまま、すぐに突っ込まれたいか?」

 零を嬲るような残忍な声音は、しかしひどく官能的に聞こえ、零は湧き起こる不可解な畏れに身を震わせた。

 自分自身が暴かれ、今までとは違うものへと変化してゆくような気がする。

 優しくしてほしいと思う一方で、猛々しく残酷な男の命令に屈し、全てを委ねて従いたいという葛藤が生じた。

 被虐の悦楽が身体の奥深い場所を焦がし、零は情欲に引きずられるように、ゆっくりと身につけていた洋服を脱ぎ落とした。

 一糸まとわぬ生まれたままの姿を、愛する者の視線が柔らかくなぞるように見つめてくる。

 激しい羞恥と悦楽が絡み合うと、全身が火を吹くように火照り、とろけるほど熱くなった。

 淫らな疼きに貫かれた零は、頬を紅潮させて視線を落とした。

 すっと伸ばされた鷲塚の手が、頬をやんわりと撫でながら、指先で顎を捕らえた。

「──零、男を口で銜えた事は?」

 とっさにかぶりを振ろうとした零は、目の前に現れ出た牡の証を見た瞬間、驚きのあまり思わず息を呑んでいた。

 微かにため息をついた鷲塚はベッドに上がると、誘導するように零の腕を引っ張った。

「腰をこっちに向けて、俺の上に跨がれ。
 おまえのものも舐めてやる──サイズは違うが、やり方は同じだ。
 ただし……歯は立てるなよ」