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TearyDoll


30



 指の形をたどるように愛撫する鷲塚の指先が、誘惑的な意図を持っているように感じられ、零は身体の温度が急激に上がっていくような気がした。

 華麗な指輪のはまった左手を見つめることが恥ずかしくなり、零は頬を赤らめたまま視線を逸らした。

「こんなに綺麗な指輪に…私は相応しくないよ──これが似合うほど、私は綺麗じゃないもの。
 でも、右手の指輪はね──海琉が最初に選んでくれたものだから……これだけは外さないようにしようって思ってた。
 この指輪を、左手にしてくれたら……それだけで凄く嬉しいんだけど──」

 その言葉を聞いた鷲塚は不意に小さくため息をもらすと、零の顎を指先で捕らえた。

 驚いたように見開かれたセピアの瞳を覗き込み、鷲塚は軽く片眉を上げて見せた。

「おまえは、自分の事が何も判ってないようだな」

 微かに苦笑するような響きに、零が「え?」と問い返すような声を上げると、鷲塚は今度は零の右手を取り上げた。

 白く、ほっそりとした指の根元には、静かな煌めきを放つ指輪が輝いている。

 清楚で優美な雰囲気が零に似合いそうだと思い、鷲塚が宝飾店で求めたものだったが、あの時は薫という婚約者がいたため、左手にはめてやることができなかった。

 だからこそ左手を飾るものは、己の絶対の所有を示すような物にしようと思い、零のためだけに存在する指輪を作らせようと考えたのだ。

 世界で唯一の指輪──それは鷲塚が零に捧げる愛の証であり、永遠の絆となるものでなければならない。

「10年後、20年後には、おまえは今よりもっと美しくなるだろう──こっちの指輪に迫力負けをしないほどに。
 だったら、今から贈っておいても、遅くはないだろう?」

 鷲塚は零を立たせると、隣にあるベッドルームへと導いた。

 クイーンサイズのベッドの上には、光沢のあるシルバーホワイトのシルクタフタに、夕焼けを思わせる薄いオレンジ色のシルクオーガンジーが重ねられたドレスが拡げられている。

 全体的にチャイナドレスやベトナムのアオザイのような民族衣装風の細いラインを描き、袖の部分やスリットの中からは柔らかなシフォンジョーゼットが流れていた。

 スリットのない反対側の裾は、緩やかに広がるようなマーメイドラインになっており、東洋と西洋が融合したような優麗なドレスだった。

 首もとから胸元、そして細いウエストへと繋がるオリエンタルな花柄のビーズ刺繍は、パールとピンクコーラル、そしてダイヤモンドで作られているようだった。

「──着替えさせようと思って用意しておいたが、その必要もなかったか?」

 大きな鏡の前に立たせ、新しいドレスを合わせさせた鷲塚は、背後からそっと零の首筋に唇を落とした。

「今、おまえが着ているものと、同じデザイナーが作ったドレスだそうだ。
 この指輪に合うものを探させたんだが、どちらでも似合うな」

 露わになっている白い背中の、美しく浮き立った肩甲骨の峰をなぞるように、鷲塚は指先をゆっくりと滑らせた。

 その感覚にぴくんと身体を震わせた零は、頬を染めながらドレスを抱き締めた。

「──海琉は……どっちがいい?」

「どちらでもと言いたいところだが、こっちの方が露出が少ないからな。
 あいつらにこの背中を見せてやるのは腹立たしい」

 小さく囁くように訊ねた零に苦笑しながら答え、鷲塚は長身を屈めると、優雅な曲線を描く背中に口づけを落とした。

 肩甲骨の脇にそって、唇でなぞり、濡れた舌を這わせる。

 はしたなく嬌声を上げそうになりながら、零はドクドクと速まる鼓動を抑えるように胸とドレスを抱き締めたまま、唇を噛んで艶めかしい愛撫に耐えていた。

 止めて欲しいと思いながらも、このまま続けて愛されたいとも思ってしまう。

 倒錯的な快感が身を貫き、零は浅く息を喘がせた。

 膝下ががくがくと震えだし、立っていられなくなりそうになった時、低く笑いながら鷲塚が顔を上げ、背後から支えるように零を抱き締めた。

「このままベッドに押し倒したいところだが、待たせすぎるとうるさい奴らだからな。
 どうする、零──動けないなら、着替えさせてやろうか?」

 自分が感じていた快感を見透かされているような気分になり、零は顔を真っ赤にしたまま、勢いよく首を横に振った。

 鷲塚はくすくすと笑いながら、火照った頬に軽くキスを降らせると、零から離れた。

「着替えたら出てこい──あまり待たせると、何をしていたのかと勘ぐられるぞ」

 パタンとベッドルームのドアが閉まると、零は思わず床にしゃがみ込みそうになった。

(……時間が無いなら、あんな事しなければいいのに──)

 唇や舌の感触が、まだ余韻のように背中に残っている。

 零は熱を持った身体をなだめるように深呼吸をすると、腕の中にある優しい色合いのドレスに欲情に潤んだセピアの瞳を向け、細いため息をついた。



「きゃあああ〜、零ちゃ〜ん、素敵〜。王女様みたーい!」

 鷲塚に伴われてその個室に入った途端、悲鳴のような声を上げて、薫が飛びついてきた。

 ガバッと強く抱き締められ、頬ずりをされると、薫の巻き毛がくすぐったく思えた。

「──薫、零から離れろ」

 零をエスコートしてきた鷲塚が、不機嫌そうな低い声を発すると、薫は明るく笑いながら腕の中から零を解放した。

「やあねえ、いいじゃない──久しぶりの再会なんだから」

「久しぶりといってもせいぜい2週間だろう」

「その『せいぜい2週間』が待ちきれなかったのは、どこの誰だったかしら?
 うっふっふ……ねえ、零ちゃん、知ってた〜?
 海琉ってばねえ、毎日ピリピリしてて、ずっと高宮や新堂君をストレス性胃炎に追い込んでいたのよ。
 大人げないわよねえ、その『せいぜい2週間』が耐えきれなかったなんて」

 シックな黒のドレスを着た薫は、ルビーとダイヤモンドのネックレスで飾られた豊満な胸を反らすようにしながら、わざとらしく「ほほほ……」と声を立てて笑った。

 じろりと無言で薫を睨み下ろした鷲塚は、驚いたように見上げてくる零を促し、テーブルに着席させた。

 テーブルに並ぶ顔ぶれを見渡した零は、愕然としたように見つめてくる新堂の視線が、ひどく恥ずかしいものに感じられた。

 ドレスを着替えたのを知っているのは、鷲塚と新堂、そして支配人の都筑だけなのだ。

「遅かったわね、何をやってたのよ?」と鷲塚を問い詰めている薫の言葉が、さらに羞恥心を煽り立てる。

「眼福、眼福──綺麗な仙女様に、桃源郷に連れて行ってもらえそうな気分だな。
 しっかし、零ちゃんは本当に美人になったよなあ。
 あ〜あ、鷲塚よりも先に見つけていれば、俺にもお楽しみがあったかもしれねえのによ」

 片肘をテーブルについた古谷がにやにやと笑いながらそう呟くと、隣に座っていた東山が同意するようにうなずいた。

「どうせなら、共に酒宴を楽しみつつ、色っぽい姿も見せて欲しいところですけれどねえ。
 酒池肉林とまでは言いませんが──どうしたんだい、新堂君?
 何だか落ち着かないようだが、零ちゃんを『コロッセウム』までエスコートしてきたのは君なんだろう?
 しばらくの間、あの類い稀なる美しい姿を独り占めにしていたんだから、今さらそんなに驚くことはないじゃないか」

 東山にからかうような流し目を向けられ、新堂はぎくしゃくした動作で肩をすくめた。

「放っておいてください、東山社長。
 俺の心臓が止まりかけた理由は、どうせあなたには判りませんよ」

「へえ、その理由は君だけの秘密だって?
 ますます口を割らせてみたくなるね──私の部屋に招待してあげようか」

 その途端、古谷が皮肉っぽい笑い声を上げた。

「おい、新堂、この男が仕掛ける喧嘩は買わない方がいいぜ。
 この男はその辺のヤクザよりタチが悪いからな……なあ、高宮」

 零に挨拶をした後は無言を通していた高宮だったが、古谷に話題を振られると、否定することなくうなずいた。

「──さて、零の事は知っているな。
 今夜、おまえたちをここに呼んだのは確認事項があったからだが、まず、最初に言っておく。
 零は俺のオンナだ──今後誰が何を言ってこようと、俺は零を手放すつもりは絶対に無いからそう思え。
 零に手出しをするヤツは、誰であろうと容赦しない」

 全員を睥睨するように鋭利な鋼の瞳で見渡した鷲塚は、突然の発言に驚愕して硬直し、大きく双眸を瞠っている零の所で視線を止めた。

 そしてふっと瞳の色を和らげ、安心させるように軽くうなずいて見せる。

 しかし逸らされた次の瞬間には、再びその双眸は鋭さを増していた。

「……だが、おそらく御山あたりがちょっかいを出してくることもあるだろう。
 九頭竜組の事もあるから、ヤツも今は大っぴらには動かないだろうが、腹の中では悪知恵を巡らせているはずだ。
 俺の弱点が零だと知ったからには、必ず御山は接触してくる。
 零のボディガードは新堂に任せるが──東山、マンションの警備は全ておまえに任せる。
 周囲をうろつき回る不審者はいないか、二四時間、常時チェックさせろ」