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TearyDoll


33



 鷲塚の言葉を聞いた御山は、おかしげに喉を鳴らすと、揶揄するような口調で言った。

「<死神>に嫌われるというのは、光栄な事かもしれんな。
 そもそも、おまえにそんな感情があったということ自体が驚きだが。
 だが、鳴川零──この男に愛された君は悲劇だぞ。
 どう考えても、君が望むような幸せな生活は叶えられないだろうからな」

 頭上から降ってきた声に、零はびくりと身をすくませた。

 鷲塚の顔を見返した零は、鋼の瞳が硬質な光を放ち、全てを拒絶するような冷たさに満ちていることに愕然とした。

(……そんな目で私を見ないで──海琉が怖くて…どうしていいのか判らなくなる)

 拒否されているのは自分ではないと判っているというのに、足下が大きく揺れるような不安を感じてしまう。

 身体が冷たく凍え、頽れそうな予感に囚われた零は、セピアの瞳をかたく閉ざし、その場に留まろうと必死で唇を噛みしめた。

(──だめだ……愛してるって、私を離さないって言ってくれたんだから、私は海琉の言葉を信じなきゃ。
 たとえ何があっても、海琉の傍にいるって決めたんだから──)

 ふっと全身から零が力を抜くと、御山が低く笑いながら首筋を愛撫するようになぞり、やんわりと締め上げるように両指をかけた。

「細い首だな、力を込めたら折れてしまいそうだ。
 鷲塚を怒らせたら怖いぞ、お嬢さん──あっという間に縊り殺されてしまうだろう。
 そうやって、私が送り込んだヒットマンを、彼は何人も返り討ちにしてきたんだからな」

 零を感じている不安を煽るように、御山は不吉な陽気さで言葉を紡ぐ。

 ゆっくりと静かに深呼吸をし、呼吸と気持ちを落ち着かせた零は、御山の隙を狙ってその手の中から飛び出していた。

「──零ッ!」

 驚愕したような鷲塚の声を聞きながら、零は二人の男の間で振り返った。

 鋭く舌打ちした御山をセピア色の瞳で睨みつけ、鷲塚を背後にかばうようにして零は大きく両腕を広げた。

「私の幸せが、あなたに何故判るというんです?
 私が一番望んでいる事は、海琉の傍にいること。
 そして、私が一番恐れているのは、誰かに海琉の命を奪われてしまうことです。
 だから、もしあなたが海琉を殺すと言うなら、私は命を賭けても彼を守ります!」

 零の突然の行動に驚いていた御山は、しかしすぐに衝撃から立ち直ると、スーツジャケットの内ポケットから小型拳銃を取りだしていた。

 背後から心臓に照準を定めた御山は、しかし零が振り返った瞬間、トリガーを引く指を止めていた。

 恐れも見せずに強く投げかけられた言葉──そして燃え上がる朝焼けのような色彩の瞳に心を奪われる。

 すぐに壊れてしまいそうなほど華奢で、儚げな容姿であるというのに、御山を睨みつけてくる零は、あたかも何か別の力を受けたように強く、大きく見えた。

 その変貌に愕然としたものの、どうやら驚いているのが自分一人ではない事に満足し、御山はくすくすと笑い出した。

「もし、鷲塚の後ろに逃げ込もうとしていたら、私は君を弾いていたかもしれない。
 鷲塚の目の前で、彼の愛するオンナを奪うというのは、非常に魅力的なアイデアだからな。
 だが、君はおもしろい──殺してしまうには惜しい存在だ。
 この薄情な男をどうやったらそこまで愛せるのか、是非とも詳しく教えてもらいたいものだが」

 構えていた拳銃の銃口を下ろし、零の背後に立つ鷲塚に視線を向けた御山は、唇にうっすらと冷酷な微笑を刻んだ。

 そして手の内に握っていたピストルを、不意に零に向かって放り投げる。

 反射的に手を伸ばして受け止めていた零は、その形状を見つめた途端、一気に顔色を青ざめさせていた。

 その様子を眺めながら、御山は表情を消した鷲塚を見返し、優雅に肩をすくめて見せた。

「今回は、彼女の威勢の良さに敬意を表して、私はこのまま引こう。
 十分に<コロッセウム>の夜を堪能させてもらったからな。
 さて、鷲塚──私はこの通り丸腰だが、おまえはどうする?」

 挑発するような御山の声音に、鷲塚は冷ややかな嘲笑で応じ、御山に向けていた銃口を無言で下ろした。

「用事が済んだなら、さっさと帰れ──今回は見逃してやるが、次にここに現れたら叩き出す。
 そして、おまえや北聖会の連中が零に手出しをしたら、即時に荒神会に対する宣戦布告とみなすからな。
 まだ耄碌してないなら、その頭の中に刻み込んでおけ」

「随分と荒っぽい……おまえらしくも無いやり方だぞ、鷲塚。
 それでは、どれほど彼女が大切なのか、認めているようなものだ」

 くつくつと笑いながら、御山は軽く片手を上げて、踵を返した。

 エレベーターに乗り込みながら、零と鷲塚を見渡した御山は、ふと思い出したように暗褐色の双眸を細めた。

「そう言えば、安斉という名前に聞き覚えはあるかね?」

「……えっ?」

 思わぬ名前に戸惑い、驚いて瞳を瞠った零を見つめ、御山はくくっと意地悪く笑った。

「君の周囲には、どうも荒っぽい事を好む男が集うらしい。
 特に若い者の扱いには注意することだ──間違えると始末が悪いからな」

 謎めいた言葉を残し、御山がエレベーターのドアを閉めようとした寸前、鷲塚が呼びかけた。

「──御山、貴様のオンナだろう……連れて帰れ」

 顔を赤く腫らして呆然と床に座り込んでいる綾子を顎でしゃくって示し、鷲塚がそう言うと、御山は嘲るような微笑を浮かべて彼女を一瞥し、軽く片眉を吊り上げた。

「私のオンナではない。
 互いの利害が一致したから、私も利用していただけだ。
 だが、その女はもう用済みだ。
 おまえの好きなように始末するがいい」

 冷酷な言葉が終わらないうちに、エレベーターのドアが閉まる。

 御山の姿が消え、エレベーターが1階に降下していくのを確認した鷲塚は、そこで小さくため息をもらした。

(……良かった……何事も起こらなくて──)

 ほっと安堵した途端、膝がガクガクと震え始め、零はその場にしゃがみ込みそうになった。

 しかし伸びてきた鷲塚の腕が零の身体を支え、そのまま強く引き寄せられる。

 そのまま抱き締められた零は、うなじに鷲塚の吐息がかかるのを感じ、セピアの瞳を閉じて身を委ねた。

 キスの予感に身体が震え、先ほどまでの恐怖とは別の理由で、鼓動が高鳴っていく。

「──あっ!」

 ところが、手の中にそのまま持っていた冷たい拳銃を急に取り上げられてしまい、零は驚いて目を瞠った。

 鷲塚は厳しい表情のままで何かのレバーを引き、それを無造作にジャケットのポケットに突っ込んだ。

 呆気にとられている零を見返し、鷲塚は何でもないと言うように首を振ると、やや重々しく聞こえるため息をついた。

 と、その時──。

「良かった……零さん、大丈夫ですか? どこにも怪我は無いですか?」

 どうやらどこかに潜んで様子をうかがっていたらしい新堂が、叫びながら走り寄ってきた。

「新堂、御山の動きは?」

 冷静に確認をする鷲塚の問いに、新堂は姿勢を正してうなずいた。

「高宮の兄貴が、管理室で動きを追ってます。
 <コロッセウム>から御山が出たら、後を追跡させますか?」

「いや、不用意に近づけば、ヤツが引きつれてきた親衛隊にやられる。
 それより、何故御山がここに入る事ができたのか、それを早急に調べさせろ。
 立入禁止にしてある御山が、堂々とこの中をうろついていたからには、裏で手引きしたヤツが必ずいるはずだ」

 鷲塚の言葉に驚いたように新堂は目を見開いたが、床にへたり込んでいる女に視線を向け、わずかに首を傾げた。

「そこの女の同伴者として入り込んだんじゃないんですか?
 同伴者のチェックは、やはり甘くなっているはずですから……」

 高級クラブである<コロッセウム>は、会員の身元チェックは徹底的に行い、北聖会系列の極道は誰一人として入会することはできなかった。

 しかし、会員が引きつれてくる同伴者に関しては、身分証明書の提示を求めるだけに留まっている。

 偽造された身分証を御山が使っていたのではないか、と新堂は考えたが、鷲塚は軽く首を横に振った。

「御山はチャカを持っていた。
 偽造身分証だけでは、金属探知器をかわせるはずがない。
 新堂──これを東山に渡して、調べさせろ。
 内部の人間が渡したものなら、指紋が残っているかもしれん」

 鷲塚は零から取り上げた拳銃を新堂に渡し、そして殴られた顔を押さえたまま床に座り込んでいる綾子に、冷ややかな鋼色の視線を向けた。

「その女は御山に切り捨てられたようだが、いろいろ知っている事もあるだろう。
 女は高宮に引き渡しておけ。
 吐かせれば、面白い話が聞けるだろうからな」