Rosariel.com
TearyDoll


39



 睡魔に引き込まれていく零を見下ろし、鷲塚は嘆息をもらすと、額に落ちかかる汗に濡れた前髪を掻き上げた。

 そろそろ眠らせてやらなければ、零の身体に負担がかかりすぎる。

 理性は冷たくそう囁いていたが、一度呼び覚まされた凶暴なまでの欲情が牙を剥き出しにして、「さらに獲物を貪れ」と声高らかに命じていた。

 以前であれば、相手が意識を失った途端に興味が失せ、欲望も鎮まっていたはずだが、今夜は到底収まりそうにない。

(──それだけ、飢えていたということか……)

 思わず唇に苦笑が閃き、鷲塚は美しく肩甲骨が浮かび上がったしなやかな背中をゆっくりと掌でなぞった。

 白絹のようになめらかな肌に口づけを落とし、汗の玉を舌先で舐め取ると、微かにため息のような喘ぎがこぼれ、ぴくりと身体が反応した。

 目許がうっすらと桜色に染まり、長い睫毛が小さく震える。

 わずかに眉根を寄せた苦しむような表情は、陽の光の下で見る姿とは異なりひどくエロティックに見え、その誘惑的な美貌に欲望がさらに高まった。

 鷲塚は柔らかな枕を取り上げると、零の腰の下へと押し込んだ。

 白い臀部を差し出すような淫らな格好を取らされても、零は気づく様子もなく、うとうとと微睡んでいるようであった。

 両手で割るように双丘を広げると、花唇から溢れ出した蜜液が秘蕾もまた濡らしている。

 掬い取り、塗り込めるように押しつけ、指先を根元まで侵入させると、零の美貌が苦悶するように歪んだ。

「……あっ──……」

 それでもまだ夢の中を彷徨っているのか、零は瞼を閉ざしたまま、熱のこもった儚い吐息をもらした。

 今朝方も鷲塚の牡に蹂躙された後蕾は、指を蠢かせるうちに、鮮やかな媚肉を花開かせるようにほころび、そして締めつけてくる。

 細い腰を引き寄せて固定し、顔を伏せて唇をつけた鷲塚は、花蜜にまみれた後花を割り広げながら舌先を奥へともぐりこませた。

「……ああっ…んっ……あっ、やっ……」

 その途端、指と舌とで作り出される倒錯的な快感に意識が覚醒し始めたのか、零の下肢が悩ましくくねるように震えた。

 舌と指が蠢かされるとどうしようもなく感じてしまうのか、短い悲鳴を上げながら、零の身体が絶え間なくうねる。

 ほっそりと長い優雅な手足、しなやかな少年のようでありながら優美な弧を描く白い身体──翼を失った天使のような存在が、これほど淫らな舞を舞うとは、きっと誰も想像しないだろう。

 ──この聖艶な狂態を見るのは、己だけ。

 そう思い、鷲塚は猛りたった欲望を柔らかな後花に触れさせると、一気に零の最奥を貫いていた。

「ああーっ! あ……あっ、あう……っ」

 その瞬間、陶酔の中から正気に引き戻され、零は背筋を仰け反らせて悲鳴を放った。

 鷲塚は零の腰を持ち上げ、さらに背後から深く重なると、一瞬の苦痛に涙を溜め、セピアの瞳を見開いた零の目尻にそっと口づけた。

「──目が覚めたか?」

 夢うつつの状態で、零はまだ何が起こったのかさえ理解できていない。

 己自身の感触を伝えるように、鷲塚が腰をゆるく回すと、零の瞳から涙がこぼれ落ち、震える唇からは悦楽の喘ぎがもれた。

「……あっ…あっ…海琉……やっ…もう、やっ……」

「今夜は寝かせないと言っただろう──忘れたのか?」

 獣の交合のように背後から零を穿っていた鷲塚は、艶のある残酷な微笑を浮かべたまま、最奥を責め立てるように強く腰を打ちつけた。

 力を失った身体を自在に操られ、零は抵抗もできずに己を捧げるしかなかった。

 睡魔と身体を溶かすほどの快感が交錯し、零の唇からは意味を失った嬌声だけがこぼれる。

 どこまでが夢で、どこからが現実なのか判らない──ただ、繰り返し秘蕾を穿ち続ける牡の灼熱に、肉体の全てが溶かされていくような気がした。

 朦朧とした意識の中で、ぐいっと背後から両腕を引かれ、上体を吊り上げられる。

「──あ、ううぅ…あっ…ああっ、あ──ッ!」

 突き刺さる残酷な楔が角度を変え、敏感な部分を苛み始め、零は拷問のような快楽から逃れようと必死で首を振った。

 だが、逃れられない。

 不安定な身体を支えるのは、逞しい鷲塚の両腕と、零の内奥を塞いだ肉柱だけだった。

 ギシギシと軋むベッドの上で、零は荒海に翻弄される小さな小舟となり、次の瞬間、叩きつけるような激流に襲われ──全てが白光の中に砕け散った。


 

 明かりがついた様子も無い古い木造アパートの一室を、鳴川咲妃はじっと見上げていた。

 雨が降っているせいで気温が下がってしまったのか、東京の夜はひどく寒く感じた。

 心細さを感じているせいで、身体の奥にまで冷気が染みこんでくるような気がする。

 大きくため息を吐き出した咲妃は、近くのコンビニエンスストアで買ってきたビニール傘の柄をきゅっと握り直した。

「……どうして、帰ってこないのよ──お兄ちゃん」

 心細さを紛らわすように、ぽつりと呟いた咲妃は、もう片方の手に持っていた携帯電話を見下ろした。

 自分の事を心配してくれた零に対して、ひどい事を言ってしまったという自覚はあった。

 おそらく、自分は零が一番傷つく言葉を選び取り、悪意をこめて投げつけた。

 全てを嫉妬のせいにする事はできないのかもしれない──確かに安斉の言葉に傷つき、彼に好意を寄せられる零に嫉妬したのは事実だが、それでもあの瞬間、目を逸らし続けてきた自分の本音が爆発したのだ。

 いつでも零と比較される自分……それでも本当に血の繋がった兄妹なら、優秀な兄を自慢こそすれ、こんな醜い思いを抱え込むことはなかったのだろうか?

 捨て子であった零を、中途半端な半陰陽という性別の零を、もしかすると自分は無意識のうちに見下していたのかもしれない。

 けれど零には何一つとして叶わなくて──どろどろとした暗い妬みと憎悪、そして激しい自己嫌悪が芽吹いてしまった。

 自分は世界で一番醜くて、誰からも愛されない。
 誰よりも綺麗で、純粋な優しい心を持った零は、どんな人からも愛される。

 安斉が零に対して「キスをしたい」と言った瞬間、咲妃の目の前は真っ暗になり、零の事が心底憎らしく思え、許せないと思った。

 偽善的な優しさにみんなが騙されているのだと、そう叫びたくなったほどだった。

 だが──そうでない事は、零が誰よりも優しかった事は、咲妃自身が一番良く知っている。

 幼い自分を一生懸命遊ばせてくれたり、いじめっ子から守ったり、大好きなハンバーグを分けてくれたのは、他の誰でもない、ただ一人の兄だと思っていた零だったのだから。

(……あの頃に、もう一度戻れればいいのに──)

 何の悩みも無かった時代──零の事を本当の兄として慕っていた頃は、いつも時間が優しく穏やかに過ぎていた気がする。

 咲妃が中学生になり、零が普通の男子とは違う事に気づいた頃から、少しずつ歯車が狂い初めてしまった。

 過去に思いを馳せていた咲妃は、ふっとため息をつくと、リダイヤルで零の携帯電話にもう一度電話をかけた。

 しかし何度か呼び出しコールは鳴るものの、またすぐに留守番電話に切り替わる。

「──もう……どうして出てくれないのよ──」

 最初、あまりの罪悪感から自分の携帯電話から直接連絡することができず、近くの公衆電話から電話をしてみた。

 ところが澄んだ綺麗な声が耳を打った瞬間、咄嗟に何を言えばよいのか判らなくなり、無言のまま受話器を置いてしまったのだ。

 二回目は自分の携帯電話を使ったが、それでも言葉が出てこない。

 ただ一言「ごめんなさい」と謝りたいだけなのに、零の顔を思い出した瞬間、声すらも出せなくなってしまう。

 自分の言葉に傷つき、蒼白になった零の顔は、傷つけた本人が見ていられなくなるほどの悲しみに染まっていた。

(──あれほど可愛がってもらったのに、何ということをしてしまったのだろう)

 時に言葉は、肉体的な暴力以上に相手を傷つけてしまう事があるのだと、咲妃はあの時初めて自覚をした。

 絶望と悲愴感に満ちた零の顔を、自分はもう一度正面から見つめ、きちんと謝罪する事ができるのだろうか?

 零が逃げるように出ていってしまってから、咲妃は一睡もすることもできずに悩み続け、結局1日遅れで兄の後を追いかけてきたのだった。

──もう一度、仲が良かった頃の兄妹に戻りたい。

 それが、咲妃の心の中にある、もう一つの偽らざる本音だった。