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TearyDoll


53



 滑らかなピアノの演奏に重なるようにして、物憂げで、ハスキーな歌声が流れる。

 黒革のソファにゆったりと背中を預けて座り、ウィスキーの水割りを飲んでいた東山は、ずっとため息ばかりついている新堂に、揶揄するような流し目を向けた。

「ねえ、新堂君──いい加減に頭を切り換えたらどうだい?
 そんなんじゃ、楽しめないだろう?」

 会員制の高級クラブ<コロッセウム>の中でも、特にVIP会員しか入れない地下のサロンで、優雅にくつろいでいた東山は、新堂の隣に侍る美しいホステスに目配せをした。

 艶やかなグリーンのドレスを纏ったホステスは、流れるような美しい動作で新たなグラスを用意すると、媚態を含んだ視線で新堂を見つめ、くすりと静かに微笑んだ。

「妬けてしまうわ──恋のお悩みなんでしょう、新堂さん?」

「そんなんじゃない……だ、だいたい、東山社長も、どうしてここに俺を連れてきたんです?
 酒を飲むだけなら、別に<コロッセウム>じゃなくても──」

 憮然とした表情で否定した新堂は、何かを企んでいるような東山を冷たく睨む。

 睨まれた東山は頓着した様子もなく首を傾げ、柔和でありながら謎めいた微笑を浮かべた。

「飲みにきただけではないよ。
 今日はここで楽しいイベントがあるから、いい憂さ晴らしになるんじゃないかと思ってね。
 古谷さんも後から来ると言ってたけど──ああ、来たね」

 東山の言葉に驚き、新堂がエントランスの方を振り返ると、ブラックスーツに黒のワイシャツ、そして派手なピンクのネクタイというスタイルの古谷がちょうど近づいてくるところだった。

「やれやれ、間にあったか──ったく、たまんねぇぜ、渋滞に巻き込まれちまってよ。
 走ってきた方がよっぽど早かったかもしれねぇな」

 どさりとソファに腰を下ろし、古谷がジャケットの内ポケットからタバコを取り出すと、テーブルについていたホステスがさりげなくライターの火を差し出した。

「──よう、新堂。どうした、おまえ?
 随分、しけたツラしてるじゃねえか」

 新堂の顔を見た古谷は、からかうようにニヤニヤと笑った。

「別に、どうもしてませんよ」

「新堂君ね、会長と零ちゃんがいちゃついてる場面を見せつけられて、ちょっと凹んでるみたいなんです」

 新堂が素っ気なく答えた直後、東山が笑いながら言った。

「は〜ん、つまり、欲求不満ってわけだ」

「まあ、そういう事なんでしょうねえ」

「……お二人とも、本人無視して、勝手に話を進めないでください」

 互いに納得したようにうなずき合っている東山と古谷を睨み、新堂は怒ったように言った。

 その時、サロンの中央にあるガラス張りのステージが幻想的なブルーに光り始めた。

「──それで、今日はここで何があるんです?」

 一瞬、怒りを忘れて新堂がそう訊ねると、足を組み直していた東山が、唇の片端にひどく優しげで残忍さを秘めた微笑を浮かべた。

「月に1度のセックスショー──気に入ったら、お持ち帰りもできるんだよ。
 ただし、競り落とせれば、だけれどね」

 唖然としている新堂を横目で見やり、古谷が紫煙を吐き出しながら笑った。

「裏情報によれば、今日の主役は──御山の元愛人らしいぜ」

 古谷の口から出た思いがけぬ名前に、新堂は怪訝そうに眉根を寄せた。

「御山って……北聖会の御山ですか?」

「そう──この<コロッセウム>に御山を引き込む手引きをし、彼に拳銃を渡したのが、今日のメインディッシュのウサギちゃんというわけだ。
 本人は否定しているが、監視カメラに全て映っていたからね。
 ここは、外部から銃器を持ち込めるほど甘い警備はさせていない──内通者がいるなら別だがね」

 東山の怜悧な瞳の奥に、凍えた青白い炎が揺らめいたような気がして、新堂は小さく息を飲み込んだ。

「つまり、御山はここに入るために白井綾子って女を、チャカを手に入れるためにそいつを利用していたわけですね?」

「御山もずいぶんと手の込んだ真似をしてくれたものだ。
 だが、2度目は無いように、ウサギちゃんにはたっぷりお仕置きをしてやらなければならないと思ってね。
 素敵なショーにするよう、マネージャーには言ってある」

 くすくすと笑った東山の秀麗な横顔を眺めやり、古谷が揶揄するように言った。

「こえ〜なぁ、あんたのその笑顔──どうせお持ち帰りもしようって腹だろ?」

「そうですねえ、まあ気に入ればですけど」

 穏和な笑顔を浮かべた東山だったが、その身を包むオーラにはかなり物騒な気配が紛れ込んでいた。



 透き通るブルーライトに輝くステージの中央に、近未来的な雰囲気のある無機質なクリスタルのテーブルが置かれている。

 手足を金属の枷で拘束され、交尾をせがむ雌獣のように屈辱的なポーズを取らされているのは、今宵の生贄であるまだ大学生ぐらいの青年だった。

 彼は丹精込めて作り上げられたヴィスクドールのように美しい貌をしていたが、今は恐怖と恥辱に青ざめて、きつく瞼を閉ざしている。

 テーブルを半円に取り囲むように、いくつものモニターが観客に向けて設置され、隠しカメラで撮られている映像がクローズアップされて流れていた。

 高く突き出された白桃のような臀部が、細かく揺れながら、淫らに誘いかけるようにくねる。

 その狭間の秘蕾から、つうっと粘りけのあるオイルが流れ、会陰から屹立した男根を伝ってテーブルに落ちた。

「──御山の愛人って……男だったんですか?」

 てっきり女だと思っていただけに、その光景にショックを受けた新堂が、悠然と座っている古谷に耳打ちした。

「わりと有名な話だぜ、御山がバイセクシャルだっていうのはよ。
 本妻もいるし、後継になるガキもいるが、男女問わず愛人は多いらしいからな。
 ま、自分の手駒は多い方がいいってことなんだろうよ。
 お盛んで羨ましいこった──英雄色を好むってやつの典型だな、あいつは」

「わりと良い趣味してるんですよねえ、御山会長。
 あの子も凄く綺麗だし、サドっ気をくすぐるような表情をするでしょう?
 さっき腸内洗浄して、催淫剤入りのオイルを突っ込ませましたから、すぐに面白い事になりますよ」

 優雅な微笑を湛えたまま、とんでもないセリフを吐いた東山を、新堂は恐ろしいモノでも見たように凝視した。

 それから数分が経過すると、媚薬が引き起こす強制的な快感に冒され、青年の身体が紅潮して淡い桜色に染まっていった。

 炎に引き寄せられた蛾のように、彼の周囲に全裸の男と女とが集まって来る。

 青年の唇からこぼれる熱い喘ぎと、しなやかな裸体の艶めかしい舞が、青年を獲物と見定めた男女と観客の間に淫欲を溢れさせる。

 青年を貪る男は、隆々と鍛えられた筋肉で覆われた肉体の持ち主で、その前方の男根もまた相応に長大だった。

 女もまた引き締まった体躯をしていたが、肉感的な乳房と臀部が全体に美しい曲線を描き出していた。

 男の蹂躙と女の愛撫の連鎖に絡め取られ、青年の身体が悩ましく揺れ、悲鳴にも似た嬌声が流れ出すと、観客の中から一人、また一人と乱交に加わる者が現れる。

「──新堂さんは、参加なさらないの?」

 息を吐くのもはばかれるほど濃密な悦楽が漂う中で、ふと、新堂の隣にいたホステスが掠れた声で訊ねた。

 彼女の瞳は欲情に潤み、心なしか白い肌が熱を帯びているようだった。

「……俺は──男を抱く趣味は無い」

 辛うじて新堂がそう答えると、ホステスは赤く濡れた舌先を唇に這わせた。

「そう……では、ここで私と楽しみましょう」

 やがて──淫宴の中心であったステージから人が遠のき、クリスタルのテーブルには男たちの白濁液に穢された青年だけが残された。

 ショータイムが終わると、青年の所有を巡って非情なオークションが始まった。

 情欲の渦に巻き込まれ、雰囲気に流されるままにホステスを抱いていた新堂は、女を侍らせた東山が競売に加わるのを見て深い嘆息をもらした。

「……気に入ったんですか、あいつが? 御山の愛人だったオトコですよ?」

「だから余計に興味をそそられるだろう?
 味見程度なら問題は無いと思うよ。
 それに、やはり私自身の手でお仕置きをしてやらなければ、今回は気が済まないからね」

 東林総合警備株式会社が万全の警備を整えている<コロッセウム>で、よりによって北聖会会長御山に出し抜かれた事が相当不興だったらしい。

 東山の復讐の矛先は、御山自身と、協力者である青年に向けられたようだった。