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TearyDoll


54



 オークションの結果に満足し、東山は戦利品を手元に呼び寄せた。

「──さて、君をどうしようか。
 君のおかげで、私はずいぶんと迷惑を蒙った。
 お礼をしなければと思うのだが……君はどういうプレイが好みかな?」

 全裸のままソファの足下に引きすえられた青年は、気の強さを秘めた瞳で東山を睨む。

 それは彼なりの精一杯の虚勢だったが、それは男の嗜虐心をさらに煽りたてる刺激にしかならず、東山は残忍な冷笑を浮かべた。

 ところがその時、東山の携帯電話に着信があり、会話は中断された。

 その後、席を外して電話をしていた東山が戻ってきた時、彼の顔つきを見て新堂はふと眉をひそめた。

「何かあったんですか? 舌なめずりしそうな顔してますよ」

「──おや、そう? 今ね、会長から電話があって、零ちゃんがいなくなったそうだよ」

 何気ないような口調で東山が言った途端、新堂は狼狽えたように目を見開いた。

「……え、ええっ? な、何で、そんな事に!?」

 靄のように残っていた欲情の余韻が一気に消し飛び、新堂は飛び起きるようにソファから立ち上がっていた。

「さあ、詳しい事はまだ何も。
 とにかく、手伝えって事だから、私は社に戻ることにする」

「お、俺も行きます。こんなトコで遊んでる場合じゃ──」

 慌てふためく新堂の様子を見返し、東山はため息混じりに苦笑した。

「結局、君を元気づけるには、零ちゃんが一番ってことなんだな。
 ……それはそうと、古谷さんはどこに行ったんだろう?」

 姿が見えない古谷を探すように、東山が周囲を見渡しながら呟くと、新堂にずっと付き添っていたホステスがステージ脇にある扉を指差した。

「古谷先生でしたら、ショーが始まってすぐぐらいに、あちらから出て行かれましたよ」

「──出て行った?」

 繰りかえすように新堂が問い返すと、東山は考え込むように顎を撫でた。

「古谷さんに聞いておきたい事もあるし、君に伝言を頼もうか。
 それと、私が帰ってくるまで、この子を綺麗にしておいてくれないか?
 君の好きなように遊んでいてもいいから──ね?」

 東山の言葉にホステスは嫣然と微笑むと、身を強張らせている青年に流し目を向けた。

「仰せの通りにいたしますわ、東山様。
 お帰りになるまで、私が責任持ってお世話をさせていただきます」




 タクシーに乗って晴海埠頭にたどり着いた零は、安斉に指定されていた国際客船ターミナルへと向かった。

 晴海埠頭からは、ライトアップされたレインボーブリッジやお台場の夜景、そして東京タワーも見渡すことができたが、先を急ぐ零の瞳には何も映っていなかった。

 日が暮れているせいか、埠頭に人影は無い。

 晴海客船ターミナルは東京の国際航路の玄関口ではあったが、埠頭に停泊している船は無く、辺りは寂しいほどに静まり返っていた。

 個性的な三角屋根を持つターミナルビルの階段を駆け上がった零は、息を切らせながら周囲を見渡した。

 時間を確認すると、安斉が指定した時間より10分ほど遅れてしまっている。

 焦燥を感じ、零は涙ぐみながら必死で人影を探し求めた。

「──来ないかと思ったよ、零さん」

 零がレインボーブリッジに視線を転じた時、カツン……と足音が背後で聞こえ、皮肉っぽく笑うような声が響いた。

「……あ、安斉君──咲妃は……咲妃はどこ?」

 不安に上擦った声で零が問うと、安斉は嘲るように唇をつり上げ、ゆったりとした足取りで近づいてきた。

 不穏な気配に押されるように、零はその場から一歩ずつ後退る。

「ここにはいない──零さんが、ちゃんと約束を守ってくれるか判らなかったからさ。
 だから、咲妃ちゃんに会いたければ、俺と一緒に来てもらわなきゃね」

 獲物を捕らえるような鋭い眼差しで零を見据え、安斉はにやりと笑った。

 顔から血の気が引いていくような感覚に目眩すら感じ、零は逃れるようにもう一歩後ろに下がった。

 ──その瞬間、踵に当たる地面の感覚が無くなった。

 体勢を崩し、悲鳴が喉に凍りついたまま、零は後方に倒れ込みそうになった。

 ところが、突然背後から腕が伸ばされ、転落しそうな零の身体を支えた。

「余所見をしてちゃ危ねーぜ、お姉さん。
 おい、尚之、とっととづらかろうぜ。
 ヤクザ相手に喧嘩ふっかけてんだから、こんな所に長居は無用だ」

 暗がりになっているため男の顔は見えなかったが、耳元に生臭い吐息が吹きかけられた途端、全身に鳥肌がたった。

 本能的に危険を察し、零が身をよじって逃げようとすると、男は逆に力を込めて拘束した。

「い…嫌っ……嫌だ──放して!」

「零さん。大人しく付いてきてくれないと、咲妃ちゃん、どうなるか判らないぜ」

 暴れようとする零に警告するように、安斉が声を低くして告げた。

 零は愕然と安斉を見返し、身体を震わせながらも抵抗を止めた。

「判った……だから、早く……咲妃の所まで連れて行って──」

「頭良い人は好きだよ──おい、後藤、さっさと車回してこい」

「へいへい。ったく、人使いが荒いんだから。
 それより、逃げられないように、ちゃんと見張ってろよ」

 後藤と呼ばれた男は、零を安斉の手に引き渡すと、そのまま車を停めてある道路の方へと駆け下りて行く。

 安斉に肘をつかまれ、零は促されるままに歩き始めた。

 目の前に停まった車のドアを、安斉がわざとらしいほど慇懃に開ける。

 車に乗るのを躊躇って零が立ちつくしていると、安斉が肩を押すようにして後部シートに突き飛ばした。

「さ、行こうぜ──咲妃ちゃんが待ってるからな」

 隣に座り込んできた安斉に恐怖に揺れる瞳を向け、零はできるだけ距離を置くようにサイドドアに身を寄せた。

「──……咲妃は、どこにいるの?」

「ん? ああ、別に心配しなくてもいいよ。
 彼女には不自由な思いはさせてないからさ──今のところはね」

 後部シートで足を組み、満足したように含み笑いをした安斉は、追いつめられた子鹿のように大きく目を見開いている零の白い美貌に、不意に手を伸ばした。

 びくっと大きく震え、シートの隅に逃れるように零が身を引くと、安斉は宙に残った手を見つめて自嘲するように唇をつり上げた。

「そんなに怖がらなくてもいいんじゃない?
 俺は、あんたには優しくしたいって思ってるんだから」

「私は……君から咲妃を取り戻しに来ただけ。
 咲妃を誘拐するなんて、君は一体何を考えてるの?
 こんな事をしたって──何にもならないでしょう?」

 説得するように零が言い返すと、安斉は嘲るように笑った。

「あんたの妹を人質に取れば、あんたは俺の言う事を聞かざるを得なくなるだろ?
 前に言ったよな、一度だけで良いから、あんたを抱きたいって。
 俺の要求は、今でも変わってないぜ」

 零は息を飲み込み、驚愕してセピアの瞳を大きく瞠った。

「そんな事……できるわけない──」

 零が否定するように大きく首を横に振ると、安斉はくくっと喉を鳴らした。

「じゃあ、何であんたは一人で来たんだ?
 自分の身が可愛いなら、そもそも来なきゃいいじゃないか。
 俺が何を考えてるかなんて、あんたは最初から知ってたはずだろう?」

「咲妃は僕の妹だ!
 咲妃を傷つけるって君に脅されて、そのまま放っておくことなんてできない!!」

 とっさに零が反駁すると、安斉は楽しげに双眸を細めた。

「どっちもできないって?
 ねえ、零さん、そりゃ、考えが甘いよ。
 選ぶならどっちかだ──零さんが犠牲になるか、咲妃ちゃんを犠牲にするか。
 でも、一人で来たんだから、零さんは妹を犠牲にはしたくないって事なんだよな?」

 ねっとりと絡みつくような優しげな声でそう言い、安斉は零の手首を強くつかんだ。

「あんたが協力的なら、2人とも明日には解放してやるよ。
 だから、俺に逆らわない方が利口だぜ、零さん。
 心配すんなって……優しくして、気持ちよくしてやるからさ」

 狭い車内に逃げ場は無い──。

 安斉が冗談を言っているのではないと悟った零は、迫り来る不安と恐怖に声を失い、激しく狼狽えたまま喉を喘がせた。