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TearyDoll


56



 倉庫に集まっている若者たちは、ほとんどがまだ成人していない10代の少年ばかりのように見えた。

 頭髪をゴールドやレッドに染めている少年、スキンヘッドにしている少年、耳朶だけでなく鼻や唇にもピアッシングした少年──。

 彼らの外見はバラエティーに富んでいたが、露骨なほどにガラが悪く、そろってフードのついた赤いパーカーを身につけている。

 どこから見てもいわゆる「チーマー」である彼らと、清塔学園の優等生である安斉の間には、どこにも共通点があるようには思えない。

 安斉と少年たちを繋げているのは──おそらく、安斉と共にいた後藤という少年なのだろう。

 彼らの粗暴な雰囲気に怯えながらも、自分を囲む少年たちを見返していた零は、ふと、そんな風に感じた。

 だが、少年たちもまた零の事を品定めしていたようで、獣欲に満ちたじっとりとした視線を向けてきていた。

「すっげーカワイイよな〜。さすがヤーさんのカノジョってヤツ?」

「今すぐ、一発やりてーよなー」

「まだ時間あるなら、ここでハダカにむいちゃって、遊んじゃおうぜ。
 その方が、カレシにもシゲキ的だろ?」

 人質になった零は普通の女よりは背が高いものの、ほっそりとした肢体は華奢で、白皙の肌は絹のように滑らかそうで、今までゲーム感覚でセックスしてきた女たちとは違う上質で高貴な雰囲気があった。

 恐怖に青ざめた繊細な美貌、涙を湛えた大きなセピア色の瞳、淡く輝く亜麻色の髪──初めて目の当たりにした優美な存在は、彼らの有り余った性欲を否応なく刺激する。

 鼻息が荒くなったチーマー達に怯え、零の総身が震え始めた。

「おめーら、ガッつくんじゃねえよ。
 ヤー公ぶっ潰したら、好きなようにヤッちゃっていいからさ」

 後藤が笑いながらそう言い、零の顎をつまんで持ち上げた。

 彼が身に纏う雰囲気は、凶暴な態度を隠しもしないチーマー達の中でも異質で、研ぎ澄まされた刀身のように鋭い双眸を持っている。

 ──やはり、彼がリーダーだ。

 零は確信すると、あらん限りの勇気を奮い起こして、後藤を睨みつけた。

「私は……海琉に罪を犯してほしくないから、ここに来たんだ。
 君たちの事を心配して言ってるわけじゃない。
 だけど──こんな事をしても、何にもならない……暴力じゃ、何の解決にならないでしょう?
 今なら、まだ間に合うから、私と咲妃を帰して。
 君たちは、海琉とは何の関係もないじゃないか!」

 すると後藤は零の顔を見下ろして皮肉げに笑い、不意に瞳を怒りに染めた。

「俺ら、荒神会と無関係なわけじゃねーんだわ。 
 ついこないだぶっ潰された、九頭竜組って知ってんだろ?
 あそこの組で面倒見てもらってたハヤトってヤツが……俺のダチだったわけ。
 イイヤツだったのに、荒神会のヤツらに潰されて、植物状態でずっと入院してんだぜ?
 許せねーだろ、ダチを傷つけたヤツらの事はよ?」

 低く不明瞭になった後藤の声には怨嗟が渦巻き、その憎悪の深さに零は冷水を浴びせかけられたような気分に陥った。

 驚愕して大きく見開かれたセピアの瞳を、後藤は無表情のまま魅入られたように凝視した。

「尚之からあんたの話を聞いた時、チャンスだと思ったね。
 あんたを餌食にして鷲塚ってヤツを誘き寄せて、ハヤトの恨みを晴らしてやる。
 その後は……あんたを俺たちのオモチャにして、死ぬまで輪姦(まわ)してやっから、楽しみにしてるんだね──零さん」

 恐怖に震える零の唇に親指を這わせ、後藤は薄く黄ばんだ歯を閃かせて笑った。

 麻痺してしまった脳が一瞬正気に返った時、零は自分が絶体絶命の状態に追い込まれていることを悟っていた。

 ──悲鳴を上げ、泣きわめくことができたなら、いっそ楽なのかもしれない。

 だが、自分を、そして鷲塚を追いつめてしまうのは、自分自身の浅はかな行動のせいで、何よりもその事が零を打ちのめしていた。

(私はただ……海琉に罪を犯させたくなかった──。
 だから、咲妃を自分で助けようと思ったのに、どうしてこんな事に……)

 頭の芯がぐらぐらと揺れているような気がする。

 どうにか冷静になって、この危機を脱しなければと考えるのだが、冷静になろうとするほど焦りが増して何も考えられなくなった。

 その時、安斉が苛立ったような声を上げた。

「後藤──勝手な事、言ってんじゃねえよ。
 零さんは俺のもんだ。
 俺が捕まえたんだから、おまえらには渡さない」

「うっせーな、尚之。おまえも邪魔すんじゃねーよ。
 だいたい、俺らに協力しろって言っといて、美味しいトコだけ自分だけってのはセコくない?
 こいつらにも平等に楽しませてやんなきゃ、協力なんてしねーよ。
 おまえだけ、とっとと家に帰れ」

 バカにしきったように笑う後藤を、安斉は憎悪すらこもった双眸で睨みつけた。

「ふざけんな──約束が違うだろうが!」

「そうだっけか? まあ、どうでもいいんだよ、俺は──約束なんてな。
 それより、邪魔するんだったら、おまえもボコにするぜ。
 だいたい、甘いんだよ、お坊ちゃんは。
 どうして俺らが、おまえの言う通りに動かなきゃいけねーんだよ。
 命令するばっかで、自分じゃケンカもできねーくせに」

 それまで安斉の言う通りに行動していた後藤が、突然、牙を剥き出しにして嘲り笑う。

 手下だと思っていた男の豹変に愕然とした安斉は、咄嗟に言葉を発することができなくなり、動揺したような眼差しで零を見つめた。

 自分の予定通りにならず、友達には欺かれ、どうして良いのか判らない──。

 零を見つめる安斉の瞳には、まるで助けを求めるような……あるいは、許しを請うような懊悩が浮かんでいた。




 晴海埠頭に向かって鷲塚が車を走らせていた時、不意に古谷から電話が入った。

『──よう、鷲塚。零ちゃんが、ま〜た誰かに拉致られたって?』

 いかにも楽しげな古谷の声を聞き、鷲塚は嘆息混じりに応じた。

「……のこのこと罠にはまりに行ったんだ、あのバカが。
 おそらく、安斉ってガキが関係しているはずだがな」

『そいつ、おまえがチャカ向けたってガキだろう?
 御山の口からそいつの名前が出たから、俺も急いで調べさせたんだが──そいつに手出しをすんのはちょいとヤバイぜ。
 何せ、父親も兄貴もサツだからな』

 そう言いつつも、古谷の声はわずかに浮き立っており、まるで狩りを前にした獣のように興奮した気配を漂わせている。

 どうやら古谷もまた車に乗っているらしく、聞き覚えのあるエンジンの唸り声が響いていた。

「安斉尚之の実家に関しては、久松からも報告を受けている。
 だが、零に手出しをした制裁は受けてもらう──相手が誰であってもな」

 鷲塚の応えを聞いて、古谷はくつくつと笑った。

『どうせ、そう言うとは思ったがね。
 ところで、高宮にはもう報告したのか?』

「いや、まだだが──ガキ相手の喧嘩に、組を巻き込むこともないだろう」

『おめぇらしくねーな、鷲塚──何を焦ってるんだ?
 それより、安斉がつるんでる後藤ってガキには注意しろ。
 ヤツは、九頭竜のパシリだったハヤトってガキと繋がりがあった。
 そいつが……手下を集めて、動かしてるって話だぜ』

 古谷の言葉を聞いた瞬間、鷲塚の唇に猛々しい好戦的な微笑が浮かび上がった。

「その後藤ってガキが、九頭竜の事件のことを誰かから聞き知ってるとすれば、逆恨みして襲ってくる可能性があるな。
 ガキどもをけしかけて、上手く俺を潰せれば、そいつは自分の手を汚さずに目障りな存在を排除できる。
 ──いかにも御山らしい、陰険で性悪な考えだ」

 獲物を陥れるため、闇の中に身を潜めたまま、巧妙かつ狡猾に目に見えない罠を張る。

 そんな芸術的ですらある緻密な陰謀を企む黒幕は、北聖会の御山以外には考えられない。

<コロッセウム>に単独で現れたのも、鷲塚がどれほど零に執着を抱いているか、直接推し量ろうとしたのだろう。

(──だが、御山にとって、これはただの遊びだ。
 やはり作戦に穴が多すぎる……ヤツが本腰を入れるなら、もっと隙が無いはず。
 まずは小手調べということか──)

 後藤と北聖会を結ぶ証拠は全く無いに違いない。

 仮に後藤が北聖会との関係を認めたとしても、北聖会側は知らぬ存ぜぬで押し切るだろう。

 鷲塚がどう動くか、荒神会をどう動かすのか──おそらく、御山はそれを知りたがっている。

 鷲塚は無機質な鋼色の双眸を獰猛に光らせた。

「──ガキがどれだけつるんでも、雑魚は雑魚だ。
 それより、古谷、今どこにいる?」

『ん〜? 今、偶然にも晴海埠頭をドライブ中だったりするんだな。
 <コロッセウム>で遊んでたら、ちょうど後藤ってヤツの情報が入ってよ。
 ヤツらが何を企んでんのか、ちょいと興味があったからな』

 予想通りの古谷の答えに、鷲塚は喉の奥で笑った。