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TearyDoll


58



 獲物を征服する悦びと、力無き者をいたぶる快感が強い刺激となり、零の悲鳴は少年たちの耳に心地よく響いた。

 ところがその時、ブツン……と鈍い音を立てて、突然空き倉庫の薄暗い照明が落ちた。

 他に明かりは何も無く、倉庫の内部が真っ暗な闇に覆われると、さすがに少年たちは動揺したように騒ぎ始めた。

「お、おい……停電か?」

「誰か、電源が落ちてないか見てこいよ」

 しかし足下に何があるのかも判らない状態であるため、彼らは動くことができなかった。

 零の肌をまさぐっていた安斉も、愕然として立ち上がり、天井を見上げながら一歩後退った。

「いてっ! 誰だよ、俺の足踏んだヤツは!!」

 途端に罵声が飛び、顔も見えない誰かを避けるため、安斉は慌てて場所を変えた。

「──静かにしろ! おい、シンジ、おまえが電源見てこい!!」

 狼狽する仲間たちを叱咤するように後藤は叫び、ウエストから拳銃を引き抜きながら、指示を出した。

 名前を呼ばれた少年が短く返答し、手探りするようにして電気のスイッチに近づいていく。

 シン……と静まった中、再び照明が点灯し、息を詰めていた少年たちは安堵のため息をもらしていた。

 ところが次の瞬間、再び電気が消え失せ、世界は闇に包まれた。

「……おい、シンジ! どうした? 早く、電気をつけろ!!」

 苛立ったように後藤は叫んだが、何故か、シンジの返答は聞こえてこなかった。

 そして──突然、いたる所から仲間たちの苦痛に満ちた絶叫が上がり始めた。

「──ぐえぇっ!」

「……ぐはっ…ギャアアッ!!」

 夜の暗黒の中で響き渡る凄まじい悲鳴に、鉄パイプを構えていた少年たちの間に激しい動揺が走る。

 拳銃を構えた後藤も、標的を探すことができず、血走った目を周囲に走らせるしかなかった。

「誰か、とにかく、電気をつけろ──ッ!」

 安斉がそう大声で怒鳴ると、我に返った後藤が、目に見えぬ敵を牽制するため、天井に向けて拳銃を乱射させた。

 ──鼓膜が破れるほどの轟音が響くたびに、銃口から火花が吹き出す。

 男たちに弄ばれてぐったりと放心していた零は、ふとすぐ近くで聞き覚えのある囁き声が聞こえたことに驚き、はっと身体を強張らせていた。

「お〜い、零ちゃん。ちっとだけ動くなよ──今、ロープ切ってやるからな」

 背後から伸びてきた手が、零を縛っていたビニールロープをナイフで切ってゆく。

 ぶつっと最後のロープが切れた瞬間、零は止めていた息を小さく吐き出していた。

「いいか──そのまま静かに立ち上がって、こっちへ来な」

 その声はそう囁き、そろそろと立ち上がった零を、闇の奥へと誘導するように引っ張った。

 零を見張っていた少年たちは、見えない敵の存在にパニックに陥っており、訳の分からない叫び声をあげている。

 大きな貨物の陰に引っ張り込まれた零は、小さく灯ったライターの火で、自分を助けた古谷の顔を認めた。

「──古谷さん……」

 安堵した途端、膝から力が抜け、零はその場に座り込んでしまった。

 狡猾な笑みを唇に刻んだ古谷は、片目を瞑ってウィンクすると、唇に人差し指を当てた。

「もうちょっと待ってろよ──そろそろ参戦しないと、俺の獲物がいなくなっちまう。
 おい、久松……後は頼んだぞ」

 古谷はさらに暗い場所に向けてそう言うと、不意に腰から何かを取り出し、狙いを定めて天井にそれを向けた。

 バシュッ……と何かを打ち出すような鈍い音がし、その次の瞬間には、つんざくような音を立てて次々と天井近くのガラスが割れた。

 ガシャン、ガシャンとガラス窓が落下し、その近くにいた少年たちがさらに悲鳴を上げる。

 あたかもそれが合図だったかのように、倉庫に真昼のような明るさが戻った。

 ところが暗闇に冒された瞳に、光は矢のように射し込み、彼らは眩しさに目をしょぼつかせた。

 眩い光の中で、安斉と後藤が必死で目を凝らした時、ようやく彼らは自分たちを追いつめた存在を目の当たりにしていた。

 倉庫の中央に、後藤に従っていた少年たちが倒れている。

 そして、あたかもその中心に君臨するように立っているのは、驚くほど長身で、外国人のように彫りの深い秀麗な容貌をした男だった。

 息を切らせた様子もなく、まるで今、登場したばかりというように泰然と立っているが、二人に向けられる視線は凍えるように冷たく、そして灼熱の炎のような凶暴性を秘めていた。

「時間は、ちょうどだな?」

 照明の下でわずかに翳った鷲塚の顔には、帝王のような威厳と魔物めいた残忍な表情が浮かんでいる。

 形の良い唇がくっと薄くつり上がった途端、まるで畏怖に打たれたように、近くに立ちつくしていた少年が「ひいい〜!」と悲鳴を上げた。

「てめー、殺してやる! よくも、俺の仲間をっ!」

 驚愕のあまり息を飲んでいた後藤は、全てが鷲塚の仕業だと悟った瞬間、手に持った拳銃の銃口を向けていた。

 鷲塚はわずかに片眉をつり上げると、冷ややかに嘲笑を浮かべた。

「遅刻せずに、一人で来てやっただろう?」

「卑怯だぞ、てめー! 闇討ちなんかしやがって!!」

 口から泡を飛ばしながら後藤が叫ぶと、鷲塚はさらに冷酷にせせら笑った。

「闇討ちするなとは言われてなかったからな。
 それに、卑怯なのはヤクザの十八番だ。
 貴様らは、いったい誰を相手に喧嘩を売ってると思っていたんだ?」

 感情の起伏もなく淡々と言った鷲塚は、不意に隠されていた本性を露わにしたような、獰猛な笑みを浮かべた。

「零を返してもらうぞ。
 ついでに、貴様らには似合いの罰を用意してやるから、楽しみにしているんだな」

 くつくつと笑った鷲塚を見返し、反射的に安斉は、椅子に縛られているはずの零を確認するように振り返っていた。

 ところが、そこに零の姿は無い──。

 唖然とした安斉が周囲を見渡すと、不意に貨物の背後から、にやにやと面白そうに笑っている男が姿を現した。

「残念だったな、兄ちゃん──小鳥はとっくの昔に飛んでいっちまったぜ」

 上から下まで黒ずくめのスタイルに、ポイント的にピンクのネクタイ──どこから見てもヤクザにしか見えない古谷の登場に、安斉は味方の不利を悟った。

 暗闇の中で倒された仲間たちは半数に上り、まだ立っていられる少年たちは、圧倒的な力量差に怯んでしまっている。

 逃げなければ──安斉が本能的にそう思った時、後藤の手の中で拳銃が火を吹いた。

 一発、二発──耳をつんざくような大響音が広い倉庫の中に木霊する。

 しかし鷲塚は倒れることなく、ゆったりとした足取りで後藤に近づいていった。

 そのうち、後藤の拳銃が弾切れを起こしたのか、トリガーを引いてもカチャカチャと無意味な音しか立てなくなった。

 口汚く罵りながら、拳銃を床に叩きつけた後藤は、バタフライナイフを取り出しながら大声で叫んだ。

「てめーら、相手はたったの二人だ! やっちまえ!!」

 後藤の声に背を押されるように、残っていたチーマー達が鷲塚と古谷に襲いかかった。

「──バカ野郎どもが!
 カタギに戻っても、てめーらみたいなガキに、負けるわけねーだろうがよ!」

 鉄パイプを振り下ろしてくる少年の攻撃を、古谷は軽いフットワークでかわしながら、鋭いパンチを繰り出していった。

 楽しげに数を数えながら、古谷は立ち向かってくる少年の頬や顎、鳩尾に一撃を打ち込む。

 背後に迫った少年の攻撃をかわし、その背中に跳び蹴りを食らわせると、勢いづいた少年の身体が壁に激突する。

 呼吸を整えて周囲を見渡した頃には、数人のチーマーたちが悲鳴を上げながら、倉庫の外へと逃げ出して行くところだった。

「ふざけんじゃねーぞ! 戻って来んかい、おんどりゃあ〜ッ!!」

 どすの利いた声で怒鳴った古谷は、彼らを追いかけていきながら、ふと鷲塚に叩きのめされている少年たちを見やった。

 鷲塚の攻撃は、古谷よりも情け容赦がなく、さらに破壊的であり──そして舞踏のように正確無比だった。

「あ〜あ、ご愁傷様。あいつら、死ななきゃいいがねえ」

 無責任に呟きながら、古谷は逃亡を図った少年たちを追走していった。