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TearyDoll


63



 新堂に送られてマンションに戻った零は、玄関の前で振り返り、深く頭を下げた。

「新堂さん、送ってくれてどうもありがとうございました。
 もう、ここで大丈夫ですから……。
 ──いろいろご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」

 どこか悲しげな、透明な雰囲気のある微笑みを浮かべた零を、新堂は複雑な想いで見返し、軽く首を横に振って見せた。

「零さんを守ることが俺の役目ですから、気にしないでください。
 それより、二度と誰かの誘いに乗って、一人で出かけたりしないでください。
 何かが起こってしまってからでは遅いんです。
 若頭には……あなたが必要なんですから、どうか悲しませるような事はしないでください」

 新堂の言葉を聞いていた零は、はっとセピアの瞳を瞠った。

 その途端、抑えていた何かが切れたように涙が溢れだし、零は怺えることができず、うつむきながら目元を覆っていた。

「──はい……気を付けます……本当に、ごめんなさい。
 私は、いつも空回りばかりしていて……海琉や新堂さんたちを心配させて……。
 失敗ばかりで……いつも迷惑をかけて──。
 本当に…本当に…ごめんなさい……」

 不安で限界まで緊張していた神経が、安堵した途端に緩んだのか、こぼれ落ちてくる涙が指の間からも伝い落ちてゆく。

 細い肩を震わせて泣いている零を見て、新堂は内心で慌てふためき、どうすればよいのか心底困惑した。

 抱き締めて慰められるならそうするが、自分の立場上それはできなかったし、何よりも場所が悪すぎる。

(このエレベーターホールにも、きっちりカメラが隠してあるしな……)

 東山の嫌味っぽい微笑みを思い出した新堂は、情にほだされそうな心を鬼にして、その場から紳士的に立ち去ることに決めた。

 無言でハンカチを差し出し、零の手に握らせる。

 驚いたように顔を上げた零のセピア色の瞳から、真珠のような涙がきらきらと白い頬を滑っていくのが印象的だった。

「判ってもらえれば、それでいいんです。
 じゃあ、おやすみなさい、零さん──明日は無理そうだから、明後日ぐらいに、また来ますね」

 にこりと営業用の微笑みを浮かべて礼儀正しく一礼した新堂は、そのまま踵を返し、エレベーターに乗り込んでいった。

 茫然としたまま新堂を見送った零は、新堂から手渡されたハンカチに視線を落とし、涙を浮かべたまま小さく笑った。

「バカだなあ、私……また心配かけちゃって──」

 眦に留まっていた涙がぽろりと落ち、零はそれを指先で拭うと、ふっとため息をついた。

 部屋の中に入った零は、誰もいないリビングを見渡し、ゆっくりとソファに腰を下ろした。

 そして、途方に暮れたように深いため息をつく。

 鷲塚はまだ帰っていない──どこで、何をしているのか……。

 一人きりになって冷静になると、安斉達から助け出されたときの状況を思いだし、零はぞくりと身を震わせた。

 響き渡る銃声、そして次々と上がる少年たちの悲鳴──。

(私は……我が儘だ──助けてもらったのに、あんな事はイヤだって……そう思ってる。
 綺麗事だけじゃないって判っているのに……海琉に、人を傷つけてほしくないって、そう願ってるんだから──)

 何が正しいのか、判らない。

 本当に欲しいのは、平凡な普通の幸せだった。

 鷲塚がいて、一緒に過ごせる時間があって、それがずっと続けばいいと──。

 けれど、運命は最初からそれを許してはくれない。
 運命的な愛を見つけた代償なのか、鷲塚の周囲には常に危険と暴力の匂いが満ちていて、零の運命もまた否応なく巻き込まれていく。

 平穏な生活からはほど遠い日常──それが続くのだろうか……。

 不安と葛藤に胸を締めつけられ、零は広いソファに横たわり、赤ん坊のように丸くなった。

(……ああ、それでも私は──あなたを、愛してる……)

 涙を怺えるように目を閉じた零は、鷲塚の面影を脳裡に描き、呟くように名前を呼んだ。



 いつの間にかうたた寝をしてしまっていたのか、そっと肩を揺すられた時、零は何があったのか咄嗟に思い出すことができなかった。

 眉根を寄せ、ひどく険しい顔をしている鷲塚の顔を、零はぼんやりと見上げた。

「……あ、おかえり、海琉」

 その途端、鷲塚は鋼色の双眸を眇め、物騒な響きのある声で言った。

「『おかえり』じゃないだろうが、バカが──……こんな所で居眠りすると、風邪引くぞ」

 呆れたような嘆息をもらした鷲塚は、不機嫌そうな態度を隠そうともせず、黙ってジャケットを脱いでいく。

 反対側のソファに放り投げられた上着を見つめ、「ああ、皺になる」と寝ぼけた頭で考えた零は、次の瞬間、片腕をもの凄い力で引っ張り上げられていた。

「い、いたっ……痛いから、ちょっと手を緩めて──」

「ガタガタ騒ぐな。シャワーを浴びるから、おまえも来い」

 抵抗する間もなくバスルームに連れ込まれた零は、そのまま何の予告も無く、頭の上から勢い良くシャワーを浴びせかけられていた。

 24時間バスルームが使える状態になっているとはいえ、突然降り注いだシャワーはまだ冷たく、零は小さく悲鳴を上げて後退ろうとした。

 しかし、痣になるほど強くうなじを掴まれていたため、零は水流から逃れることができない。

 すぐにシャワーからお湯が出始めたが、その勢いに呼吸をすることが困難になり、目を閉じたまま零は思わず唇を開いていた。

 その瞬間、うなじを引かれて強く抱き締められ、鷲塚に唇を塞がれていた。

 懲罰を加えるように荒々しい口づけに、零の息は上がり、目眩を起こしそうになる。

「──少しは、目が覚めたか?」

 シャワーが遠ざけられ、ようやく唇が解放されると、鷲塚が冷淡な声でそう問う。

 その頃には全てを思い出していた零は、鷲塚の怒りの深さを悟り、意気消沈してうなだれた。

「ごめんなさい……許してもらえないかもしれないけど──」

 不安に声が震え、涙が込み上げてくる。

 鷲塚の瞳を見返すことができず、零は涙を怺えるように唇を噛んでいた。

「許してほしいのか?」

 ため息混じりの声に一縷の希望を見いだし、零はこくりとうなずいていた。

「──だったら、お仕置きだな。何をされても我慢していろ」

 にやりと残忍な笑みを浮かべた鷲塚の表情には気づかず、零はもう一度首を縦に振った。

 ゆっくりと、今度は官能を高めるようなキスが下りてくる。

 全てを委ねるように、鍛え上げられた鷲塚の裸体に身を寄せた零は、両腕を伸ばして逞しい首筋にしがみついた。

 やがて壁に押さえ込まれてしまうと、鷲塚の唇がうなじに落ち、肌の上を流れる水滴をたどるようにして、胸元の突起へと滑っていく。

「ここをいじられて、感じたのか?」

 淡く色づいた乳首を舐め上げながら、鷲塚が意地悪くそう詰問した。

 否定するように必死で首を振った零は、きつく歯を立てて引っ張られた途端、その痛みに悲鳴を上げて仰け反った。

「──ヒッ! いっ…痛い……っ!」

 敏感な部分を食いちぎられそうな錯覚に、零は涙を溢れさせて抗おうとした。

「痛いだけじゃないだろう。ここも硬くさせて──」

 思い知らせるように反対側を唇で咥え、優しく吸い上げた後で先端に舌を這わせる。

 涙を溜めた瞳で見下ろした零は、鷲塚と視線が合った瞬間、唇の間から出た赤い舌が蛇のようにチロチロと蠢くのを見て、一気に身体が燃え上がるのを感じた。

「あっ、ああっ……あ、うぅ──」

 全身を貫く甘美な感覚に、零は胸を突き出すように反らして喘ぐ。

 繰りかえされる愛撫に胸の果実は熟したように赤く染まり、熱を持って疼いてゆく。

 鷲塚の手が下方に伸び、快感に震える花茎と蜜液に潤んだ花唇をなぞった。

 大きな手が前方を包み込み、ゆっくりと撫で上げる。

 瞼に朱を走らせながら、零は逃れようと身を捩らせたが、不意に両足の間に鷲塚の膝が入り込み上方に押し上げられと、その圧迫感に身体を強張らせた。

 筋肉の隆起した逞しい大腿が下肢の狭間を刺激し、そのまま宙に持ち上げようとする。

「あぁ……いや、やめて……はあ…っ──んっ……」

 バランスを崩した零は、鷲塚の広い両肩に捕まりながら、淫靡な摩擦に耐えかねたように切なげな悲鳴を上げた。