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TearyDoll


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「お話というのは、それだけですか?」

 鷲塚が確認するように問うと、美弥子は軽く首を横に振り、ハンドバッグから小さな宝石箱を取りだした。

 青いビロードが張られた小箱をテーブルに置き、鷲塚に向けて蓋を開く。

 白いクッションの上に、精緻な浮き彫りが施されたゴールドのペンダントが乗っていた。

「これを、あなたにお渡ししておこうと思ったんです。
 あなたにお会いして、決心がつきました。
 今までは私が保管してきましたが、これはあなたにお渡しいたします。
 これをどうなさろうとも、あなたのご自由です」

「──これは?」

 中央に小さなルビーが飾られたペンダントトップを指先でなぞり、鷲塚が問うと、美弥子はわずかに悲しげな表情を浮かべた。

「これはロケットなんです……どうぞ、中をご覧になってください。
 このロケット自体も、どうやらアンティークらしくて価値があるものらしいのですが……」

 鷲塚がロケットの蓋を開けると、その中には優美な微笑みを浮かべる女の肖像写真が入っていた。

 緩やかな栗色の巻毛が肩にかかり、わずかに首を傾げるようにして微笑んでいる彼女は、目鼻立ちや雰囲気が零によく似ている。

 だが、零の中にある芯の強さのようなものが、彼女からは感じられず、存在そのものが儚く消えてしまいそうに見えた。

 写真を裏返して見ると、女の名前なのか「香澄(カスミ)」というサインがある。

「──零が捨てられていた時、着ていた産着の裏に縫い込んであったんです。
 産着もシルク製でしたし、そのロケットも高価な物ですから、もしかするとどこから誘拐されてきた子供なのではないかと、主人と一緒に調べてみました。
 けれど結局判らず終いで……。
 ただ、本音を言ってしまえば、両親が見つからなくて良かったと、私は安心しました。
 その時は、あの子の母親になれるという喜びで一杯でしたから」

 ふと寂しげに微笑んだ美弥子は、厳しい表情で写真を見つめている鷲塚に視線を向けると、穏和でありながらもしっかりした声で告げた。

「鷲塚さん──このロケットの存在を、零は知りません。
 本当は知らせるべきだったのかもしれませんが、零が本当の母親を探し求めるのが嫌で、私はずっと隠してきたんです。
 ですが、あなたのお考えはまた違うと思います。
 どうぞ、あなたの思うようになさってください」

「これを零に渡してもいいと、そう言うことですか?」

 鋭利な鋼の双眸を美弥子に向け、鷲塚は感情を抑制した口調で訊ねた。

 豊かな愛情を秘めた大きな瞳を和ませ、美弥子は暖かな微笑みを浮かべた。

「ええ、それをあなたが望まれるのなら」




 橋の上で車を停めさせた鷲塚は、ゆるやかに波うちながら流れる黒い川面を見下ろし、上着のポケットからビロードの宝石箱を取りだした。

 納まっているロケットの鎖を指にかけ、その中の写真を開けて見る。

「香澄……か」

 低く名前を呟いた鷲塚は、ふっと小さくため息をついた。

 これほど容姿が零に似ているからには、全くの赤の他人とは考えにくい。

(何者なのか──やはり実の母親か……?)

 零によく似た微笑みは、儚く散ってゆく花のように清楚で美しかったが、その瞳の奥底には深い悲しみが横たわっているようにも見えた。

 彼女が実母だとするなら、何故零を捨てたのか。

 それとも、何か深い事情があって、離れ離れになってしまったのか。

 微笑みを浮かべるその顔からは、何も読みとることはできなかった。

「──だが、母親など必要は無い。おまえに必要なのは……俺だけだ」

 囁きかけるように呟いた鷲塚は、滔々と下方へと流れてゆく川面の上に片手を差し伸べる。

 迷いは無かった。

 零が求めるのは、自分だけでいいのだから──。

 ゆっくりとロケットを載せた掌を開くと、謎を秘めた金のロケットは、シャラン……と秘やかな音色を立て、鷲塚の手から離れていった。





「──あ……お帰り、海琉」

 夜が深まった頃になって戻ってきた鷲塚に強く抱きすくめられ、パジャマ姿のままソファの上で微睡んでいた零は、ふわりと柔らかく微笑んだ。

「遅くなると言っておいただろう。
 寝るなら、ベッドに行って眠れ──風邪を引きたいのか?」

 広い胸に抱き込まれたまま零は小さく笑い、両腕を伸ばして鷲塚の背中を抱き締めた。

「もうちょっとだけ待ってようって思ってたら、眠っちゃった。
 あ、お茶かコーヒー、淹れようか?
 お腹空いてるんだったら、何か作ってもいいけど……」

 零が顔を上げると、セピア色の瞳が光を弾いて暁のように輝き、鷲塚は胸の奥で何かがざわめくのを感じた。

 力を込めれば折れそうなほど細い首を撫で上げ、そのまま掌を頬に沿わせる。

 くすぐったそうに首をすくめた零は、鷲塚の鋼色の双眸を見つめ、首を傾げた。

「──海琉? どうかしたの?」

「零……おまえ、実の両親に会いたいと思った事はないのか?」

 突然の問いに、零は戸惑ったように瞳を揺らし、軽く瞬きをした。

「……そんな事、あんまり考えた事なかったけど──会えるんだったら、会ってみたいな」

 零の言葉に、鷲塚は眉根を寄せた。

「おまえを捨てた親であっても?」

 残酷な刃のような言葉を受け止めた零は、悲しげに微笑みながら、まるで癒しを求めるように鷲塚の胸に顔をすり寄せた。

「──生んでくれてありがとうって……それだけ伝えられたらいいな。
 生まれて来なければ、私は海琉に出会えなかった。
 悩んだ事もあったけど、今は感謝してるんだよ──だから、会えたらいいよね」

 ロケットの中で微笑んでいた女と同じ、清楚で儚げな微笑を浮かべながら──零の瞳から一筋の涙が滑り落ちた。

「海琉……ずっと、傍にいて──やっと、ここにいていいって思えるようになったから。
 海琉がいてくれるなら、何も望まないから……」

「二度と離さないと言っただろう?
 それなのに、勝手に飛び出していくのは、おまえの方だ」

 嘆息混じりに鷲塚が呟くと、零は反論しようと顔を上げた。

「あ、あれは! ……もう、謝ったのに──」

 どうやって謝らされたかをまざまざと思い出し、零の頬が紅潮すると、それを見下ろしていた鷲塚は喉の奥で笑う。

 そして真顔になり、鷲塚は零の顔を片手で持ち上げた。

「零、愛してる──おまえは俺のものだ。おまえだけは、誰にも渡さない」

 鼓膜を震わせる深く甘やかな声音に陶酔し、零は細い吐息をこぼしながら瞳を閉ざした。

「愛してる……私も愛してる──だから、離さないで……」

 唇を重ね合わせ、深く結びつこうとするように抱き合う。

 互いに惹かれ合い、お互いを求め合う心が共振し、そのまま熱く溶け合っていくようだった。

 誰にも邪魔されることの無い、二人だけの空間──。

 ようやく日常を共有し合うようになった二人は、離れていたそれまでの時間を埋めようとするかのように、身体を触れ合わせていった。




─ The End ─



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