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ValentineRhapsody


3



 荒神会総本部事務所のデスクで、新聞に目を通している高宮の姿を見た時、新堂は良い機会だと思って訊ねてみた。

「──すみません、兄貴。ちょっとお聞きしたい事があるんですけど」

 新堂の声に、高宮は新聞から視線を上げると、「何だ」とでも言うようにわずかに片眉を上げた。

 身長は鷲塚よりも高く2メートルを越え、体格もがっしりとしている高宮は、まるで装甲車か戦車のような迫力がある。

 若頭補佐を任されるほどであるから実務能力にも優れているのだが、軍人か某映画に出てくる戦闘アンドロイドのような厳つい風貌であるため、荒神会の武闘派筆頭──通称「鬼」の高宮と呼ばれていた。

「チョコレート食べるなら、どれがいいですか?」

 あたかもトランプを広げるように、新堂は数種類の板チョコを高宮に見せた。

 ホワイト、ミルク、ビター、ブラック……それぞれに苦みも甘さも異なるが、どの程度の甘さが好みなのかはだいたい判るだろう。

 どんなチョコレート菓子が好きかどうかまではさすがに聞けないため、それに関しては零に任せるしかない。

 無言でブラックチョコレートを指差した高宮は、訝しげに眉をひそめ、新堂に問いただした。

「──チョコレートがどうかしたのか?」

「いえ、もうすぐバレンタインなんですけどね。
 飲み屋なんかに行くと、いろんな女からしつこく聞かれて困ってるんですよ。
 『若頭や若頭補佐は、どんなチョコが好きなのかしら?』って。
 いちいち考えるのも面倒なんで、この際、味覚調査をしてみようかなあと」

「俺はともかく、若頭は食わないんじゃないのか。
 去年だってダンボールに山積みにしたまま、『適当に処分しておけ』って言ってただろう」

 毎年、毎年、義理チョコだけでも山のようにプレゼントされる鷲塚は、もともと甘味をさほど好まないいだけに、バレンタインのチョコレート攻撃にはうんざりしているようであった。

 断るのも面倒になっているらしく、配下の組員が預かってきたり、直接事務所に送られてきた物に関しては、若手に処分を完全に任せきっている。

「確かに、バレンタイン1日だけで、チョコレート屋が開けそうなぐらいですからね」

 果たして零はどうするつもりだろうと考えた新堂は、手帳に高宮の好みをメモしておいた。

「参考までにお聞きしますけど、兄貴はもらったチョコレート、どうしてるんですか?」

「日持ちしそうなやつは置いてある。
 夜、仕事をしている時や、食事がとれない時とかの非常食だな」

 確かに、鷲塚以上の巨躯を維持するためには、体格に見合ったカロリーが必要なのだろう。

 チョコレートはカロリー補給には最適だ、と言っていた薫の言葉を思い出し、新堂は納得したようにうなずいた。


 思っていた以上にあっさりと高宮の情報を得ることに成功した新堂は、気を良くして、次は古谷の所へ出向くことにした。

 古谷会計事務所を訪れた新堂は、鷲塚に用事を命じられていたこともあり、そのままスムーズに社長室へと通される。

 口に煙草をくわえ、デスクに両足を投げ出して競馬新聞を見ていた古谷は、相変わらず仕事をしているのかどうかも判らないような雰囲気だった。

「古谷の兄貴──若頭から書類を預かってきました」

「おう……その辺に置いといてくれ。
 それよりよ、新堂──この間、おまえが鷲塚んちに行った時、零ちゃん、バレンタインの事で何か言ってなかったか?」

 ばさりと競馬新聞をデスクに放り出した古谷は、灰皿に煙草の灰を落としながらそう言った。

「えっ!? ──バレンタインですか?」

 自分が聞くより先に話題を振られ、新堂は動揺して視線を宙にさまよわせていた。

 古谷は、一見蛇のように酷薄そうに見える双眸を細めると、唇の片端を皮肉っぽくつり上げた。

「零ちゃんのことだからよ、義理もどうせ手作りでとかって思ってんだろ?
 鷲塚も多少は目を瞑るだろうが、あんまり大々的にばらまくと、あいつマジギレするぜ」

 指に煙草を挟んだ古谷は、ふうっと紫煙を天井に向けて吐き出すと、ぎょっとした新堂を見てにんまりと笑った。

「……ま、マジギレって──まさか若頭にかぎって、そんな……」

「あいつはさ、自分がそんなにチョレート食えるわけじゃねえだろ?
 食えねえもんだから、零ちゃんの手作りチョコもらって無邪気に浮かれ騒いでる連中を見ると、絶対に腹を立てるぜ。
 鷲塚の独占欲は半端じゃねえからな。
 まあ、おまえさんも気をつけるこった」

「な、何で俺が気を付けなきゃいけないんです?
 だいたい、手作りっていっても、やっぱり義理チョコなんだから……どう考えても、零さんの大本命は若頭以外にありえないんだし──」

 古谷の質問を思いっきり正直に肯定してしまった新堂は、慌ててその言葉を取り繕うように、必死になって頭を働かせた。

 動揺しきっている新堂を可笑しげに見ていた古谷は、後頭部を両手で支えながら、ぶらぶらと組んでいた片足を宙で揺らし始めた。

「大本命は鷲塚だが、案外ダークホースはおまえなんじゃないかと俺は思うぜ。
 だいたい、バレンタインはおまえの誕生日だろうが、新堂?
 『新堂さんには、特別なチョコをあげるね』って零ちゃんが言っても、おかしくねぇだろ?
 あの子はおまえさんには妙に懐いてるからな」

 堂々の対抗馬ではなく、ダークホースと言われたことに、新堂は何やら複雑な気分になった。

 そもそもこのレースは、どう考えても大本命が先行逃げ切りで圧勝しそうである。

 所詮、最初から結果の見えた勝負だと思いながら、新堂はふと零の笑顔を思い出していた。

「──じゃあ、古谷の兄貴にも、特別なチョコ作ってもらいましょうか?
 みんなが特別なものなら、若頭だって怒らないかもしれないし」

 どさくさに紛れて、零の「お願い」を思い出した新堂は、できるだけさりげなく話題を振った。

 すると古谷は少し考えた後、微笑の浮かぶ薄い唇に挟んでいた煙草を灰皿に押しつけた。

「良いアイデアとは言えねぇが、零ちゃんの手作りチョコは魅力だねえ。
 義理でも何でも、くれるってぇ物は、俺は遠慮せずに貰う主義だからよ。
 ──だが、どうせなら、ゴディバみたいな美味いトリュフが食いてえな」

 ワイン通であり、極めて美食家の古谷は、有名チョコレート専門店の名前を口にする。

 一粒が三百円以上するトリュフを思い出した新堂は、思わず苦笑を浮かべていた。

「パティシエでもない限り、専門店並みに作るっていうのは無理じゃないですか?」

 すると古谷は軽く舌打ちをしながら、人差し指を左右に振った。

「重要なのは技術じゃなくて味覚の方だぜ、お若いの。
 修業すりゃ、技術的なものはどうにでもなるが、味音痴には美味いものは作れねえからな。
 その点、零ちゃんの作ったもんは俺好みだから、結構期待してるんだ。
 鷲塚に愛想尽かしたら、是非、俺のところに嫁に来て欲しいもんだね」

「──義理チョコでもマジギレするって話してるとこだったのに、若頭の前でそんな事言ったら、古谷さんでもどうなるか判りませんよ。
 独占欲は半端じゃないって、兄貴が言ったんじゃないですか」

 大きく肩をすくめた新堂を見やり、古谷は不審そうに首を傾げた。

「……あ──そんな事言ったっけか、そういえば。
 でもよ、鷲塚はああ見えて、結構悪食だろ?
 少々不味かろうが平気で食っちまう男だからな。
 その点俺はグルメだから、不味い物には耐えられねえ。
 零ちゃんを必要としてるのは、俺だって同じなんだがねえ」

「大金持ちなんだから、コック雇えばいいじゃないですか。
 そもそも、若頭が悪食なんじゃなくて、古谷さんの方がグルメすぎるんです。
 そういう事ばっかり言ってると、一生、嫁なんか来ませんよ」

 新堂が呆れたようにため息をつくと、古谷はさも面白そうにくつくつと笑い出した。

「少しは言うようになったじゃねえか、おまえもよ。
 うちにコックはいるにはいるが、どうも長く居着かなくてな。
 どうやら俺の華麗な批評に耐えられねぇらしくて、みんな一ヶ月くらいで逃げ出すんだ。
 ついでに言っとくと、俺が本家にいた頃は、今よりも飯のレベルは高かったぜ。
 不味い飯を作った奴には──容赦しなかったからな。
 そこへゆくと、鷲塚の奴はまだ甘いねえ」