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舞の刻



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 白い校門の前に立った峰月丞(ミネヅキ タスク)は、今日から通うことになる高等部の校舎を無感動な眼差しで見つめた。

 私立竜桜(リュウオウ)学園は、幼稚舎から大学部までエスカレーター式に上がれる。
 広い敷地内にはそれぞれの校舎が立ち並んでおり、高等部の校舎は、最も鬼ヶ浦(オニガウラ)に近い所に立っていた。

 真珠色のタイルが貼られた近代的な校舎は、学校というよりもオフィスビルのように見える。
 そのせいか同じブレザーを着ている生徒たちも、他校の生徒とは雰囲気が違うように見えた。

 ひどく場違いな場所に来ているような気分に陥り、丞は大きくため息を吐き出した。
 転校するのは今回が初めてではない。
 しかしそれにしてもこの竜桜学園は、彼には似つかわしくないように思えた。

「まあ仕方がないな。ここの他に編入できる高校がなかったんだから」

 軽く頭を振り、低く呟いた丞は、諦めたように校門の中に足を踏み入れた。

 すれ違った女子生徒が丞を見上げ、驚いたような声を上げた。

 彼女らが驚くのは無理はなかった。
 彫りの深い秀麗な容貌、髪の色はゴールドがかったブラウン、虹彩の色は薄く、光の加減で琥珀色にも見える金茶色。
 身長188センチほどの十分に鍛えてある体躯は、圧倒的な存在感を放っている。

 丞の父親は日本人であったが、母親はロシア人であった。


 注目を集めていることを自覚しつつ、丞は半円形に円柱が並んだ校舎の玄関をくぐった。

 あちらこちらから驚愕の声や奇声が聞こえてくる。
 しかしそれは丞にとって習慣のようなものだったので、大して気にもとめなかった。


 退屈極まる長い始業式が終わった後、2年D組の担任である中野の後について丞は教室へと向かった。

 歩いている途中、眠っていた事を隠しもせずに大きな欠伸をしながら、中野が親しげに話しかけてきた。

「それにしても大きいな。185センチくらいあるの?」

「去年測った時には187センチでした。
 それからもう少し伸びたような気はします」

 全校生徒は先に教室に戻っていたため、廊下にはあまり人影はなかった。
 しかし時々すれ違う生徒に驚かれ、唖然と見つめられる。

 慣れているとは言え、その大げさな驚きように丞はやや居心地の悪さを感じた。

「いいなあ。僕なんか170しかないから、憧れてしまうよ。
 その上、大したハンサムだときてる。
 東京でも人気者だったんじゃない?」

 本心から羨ましそうに言われ、丞は微かに口許をほころばせた。

 数学の担当教師でもある中野は、明るい好奇心に満ちた視線を丞に向けていた。
 丞が見下ろしていても、視線をそらすことがない。
 中野は大きな眼鏡をかけており、眼鏡の向こうにある目は驚くほど大きかった。
 良く言えば若く見え、悪く言えば童顔である。

 中野の顔を見下ろしていた丞は、思わず笑い出したくなった。
 彼は、驚くほど父親に雰囲気が似ている。
 童顔なところも、好奇心旺盛なところも、顔にのしかかるような眼鏡をかけているところも、何やらよく似ていた。

 丞の母は大した美女であったらしい。
 数枚しか残っていない写真の中で見る母親は、極めて美しい金髪碧眼の北欧系白人女性であった。
 何故あのぼんくらとも言える父親と結婚したのかは峰月家最大の謎であったが、とにかく、彼女の遺伝子のおかげで、丞はとても普通の日本人には見えない容貌に育った。

 モデルの勧誘は嫌というほど受けたし、どこの学校にいても女の子から何度も何度も告白されている。 

 本人に自慢する気がさらさら無かったとしても、さすがに自分の容貌が人に与える影響じゃ十分冷静に自覚をしていた。

 さらに頼りない父親のおかげで大小の気苦労を重ね、幼い頃から世の中を冷めた目で見るようになっていた。

 奇妙に大人びてしまったのが災いし、それが顔に見事に現れてしまった。

 少年らしさを早々に喪失した結果、丞はとても16歳という若さには見られなくなっていたのである。


「全員、そろってるかあ?」

 のんびりとした口調で中野が教室を見回すと、1人の男子生徒が声を上げた。

「トオルがまだ来てません」

「何だ、また滝沢か。しょーがない奴だなあ、あいつは」

 中野が名簿をめくりながら、憮然とした口調で言った。
 しかしその声には隠しきれない愛情があり、それに反応して生徒がどっと笑った。

 廊下で待たされ、ドアの陰から教室内をうかがっていた丞は、それでも痛いほど好奇に満ちた視線にさらされていた。

 教室全体がそわそわとし、微かな緊張と不安に包まれている。

 名門と評価がされている竜桜学園に突然やって来た転校生。
 成績優秀者であればあるほど、ライバルが増えることに対する不安も増すのかもしれない。

 そんなことをつい考えてしまい、丞は苦笑を浮かべていた。

「──ええと、今日は転校生を紹介する。
 峰月君、入ってくれ」

 中野が丞を呼んだ。
 教壇の隣に丞を立たせると、ざわめいている教室の生徒たちに紹介した。

「峰月丞君だ。お父さんの仕事の関係で、東京からこっちに転校してきたそうだ。
 みんな、仲良くしてやってくれ」

 中野は黒板に峰月丞と漢字で書き、その横にカタカナでフリガナをふった。
 その途端、周囲の者とひそひそと会話を交わす生徒の姿がクラス中に広がった。

「峰月丞です。よろしく」

 ついこの前まで在籍していた清南学園では「女殺し」と異名を取った微笑を浮かべ、丞が挨拶をする。
 悲鳴とも奇声ともつかぬ声が上がり、女子生徒が騒がしくなった。
 反対に男子はとんでもないライバル出現だという顔で憮然としてしまう。

 そんな様子を冷めた気持ちで見渡していた丞は、ふとある所で視線を止めた。

 その生徒は、丞には見向きもせず、ただじっと窓の外を眺めていた。
 窓の外には穏やかな鬼ヶ浦、そして沖月島が見えている。

 鬼ヶ浦は晴天の太陽を受けて水面がきらきらと輝いていた。
 その生徒は、白い浜辺に寄せては返す白波をじっと見つめている。

 丞の視線は、いつの間にかその生徒に釘付けにされていた。
 後ろから2番目の窓際に座っている生徒は、際だった美貌の持ち主だった。

 ほっそりとした白い横顔は、目や鼻といったパーツが完璧なまでの配置で並んでおり、細部にいたるまで芸術的に美しかった。
 白大理石を刻んだかのような顔には闇のように黒い睫毛と瞳が飾られ、魔性めいた艶麗さを放っている。
 どういった理由でか長く伸ばされた髪は黒絹のように艶やかで、まるで古の姫君を思わせた。

 丞の視線を感じたのか、彼はふと視線を正面に向けた。

 一瞬、二人の視線が絡まる。
 黒い神秘的な眼差し。
 しかしその瞳には、深い悲しみと絶望が宿っていた。
 それが、なぜが懐かしくさえ思える。

 一瞬のその間に、丞は意識が遠のくような錯覚を覚えた。

「おい、聞いてるのか、峰月君。
 君の席は、窓際から2番目の1番後ろの席だ」

 突然響いてきた中野の声に、丞は夢から覚めたように我に返った。

 ちらりと先ほどの生徒を見やると、彼はもはや興味を失ったのか、再び窓の外をじっと眺めているのだった。