Rosariel.com
舞の刻



<13>



 しばらくすると泣き疲れたのか、玲熙は脱力して丞の胸にもたれかかった。

 丞が腕を開放しても逃げることはなく、ぼんやりと周囲の風景を見つめる。

「──ごめんね、君を巻き込んでしまって」

 丞は軽く片眉をつり上げた後、深いため息をついた。

「巻き込まれたって言っても、本当に全くの偶然だ。
 暇だったから観光をしていたところだったんだ。
 それより、おまえこそどうしてこんな所に来てたんだ?」

 丞がそう訊ねると、玲熙は悲痛な面持ちになり、自分の身体をかばうかのように両手で抱きしめた。

 沈黙の後、玲熙は重い口調で話し始めた。

「──今朝、クラスの渡辺から電話があって、ここに呼び出されたんだ。
 それで来てみたら、彼らに暴行されそうになってね。
 怖くて叫びたかったけど、口を塞がれてたせいで声が出せなくて。
 そうしたら、突然目の前に血が……」

 その時の恐怖を思い出したのか、玲熙の身体が震え始めた。

「僕は押さえ込まれてたから、何が何だか判らなかった。
 でも、上に乗っていた渡辺が倒れ込んで来て、他の3人がもの凄い悲鳴を上げながら逃げ出していったんだ。

 ──渡辺は殺されてた。
 僕が身体を起こした時、頭と身体がばらばらになっていて……」

 玲熙は悲鳴を堪えるように両手を口許に持っていき、ぎゅっとまぶたを閉じた。

「もういい、玲熙。悪かった、思い出したくないことを話させたな」

 丞はそう謝り、そっと玲熙の肩を抱いた。

 すると玲熙は心底驚いたように丞を見つめ、とまどったように訊ねた。

「──峰月君は、何も聞いていないの、僕のこと?」

「何を?」

 問い返してきた丞を、玲熙は困ったような様子で唇を噛んだ。

「僕に関わった人が、過去に何人も死んでいるんだ。
 だから、学校では僕に近づいてくる人なんていない。
 皆、僕のことを怖がっているからね。
 転校してきたばかりだから知らないかもしれないけど、あまり僕に関わらない方がいいよ」

 その言葉に丞は思わず玲熙の顔を凝視し、そして苦笑を浮かべた。

「おまえが彼らを殺したのか? それは違うだろう、玲熙。
 あいつらが何故死んだのかは知らないが、俺は犯人の顔をしっかり見てるんだからな。

 信じたくはないが、渡辺たちを殺したのは人間じゃない。
 俺が見たものが幻じゃなければ、あれは確かに角のある鬼だった。

 おまえを抱いて逃げ回っていたんだから、おまえが犯人じゃないことは俺が保証する。
 だから、今回の事件でおまえが罪の意識を感じる必要はないんだ。
 ──おまえは被害者なんだからな」

 丞が強い口調でそう断言すると、玲熙は目を大きく見開いて丞を見つめていた。

 そしてその双眸に涙が盛り上がり、すうっと頬を流れた。

「ありがとう、峰月君。君の言葉が、どれほど僕の救いになるか……」

「おいおい、大げさすぎるぞ、それは。
 それと『峰月君』はやめてくれ。
 そう呼ばれるのは慣れていないんだ。
 俺もおまえを名前で呼ぶから、おまえもそうしてくれ」

 丞の言葉に玲熙は悲しげに微笑み、頭を振った。

「本当にありがとう。……でも、君はやっぱり僕に関わらない方がいいよ。
 僕の周囲で異常な事件が起こってるのは確かなんだから。
 何人も殺されているのに、いつも僕だけが生き残ってる」

 自分を慰めるように我が身を抱いた玲熙は、膝に顔を伏せて泣き顔を隠した。

 玲熙の深い悲しみは、静かな涙となってこぼれ落ちてゆくようだった。

 声を押し殺して泣く玲熙かける慰めの言葉もなく、丞は沈黙した。

 小さな水滴が時々水面に落ち、小さな波紋となって広がっていった。
 さざ波が白い砂の丘にひたひたと押し寄せてくる。

 この不思議な空間にいると、時間が止ったようでさえあった。

 いったいどのくらい時が過ぎたのだろうと丞はふと思い、ポケットに突っ込んでおいた携帯電話を引っ張り出した。

「──だめだ、完全に壊れたな」

 電源を入れても画面には何の反応もなく、当然のことながら、外部と連絡すら取れない状態であった。
 もっとも、ここが地下であるなら、恐らく電波は届かないだろう。

 丞はむっつりとした表情で何度か電源を押してみた。

 鬼から助かったことに安堵していたが、こんな場所では幽閉されているのと大差はない。
 どうにかして外界との接触を図る必要があった。

「──僕の携帯電話は使えるみたいだよ」

 丞が何をしているのかに気づき、玲熙は自分の携帯電話を取りだして見た。
 画面は正確に時間を示していた。

 玲熙が洞窟に入ってからすでに3時間は経過しているようだった。
 しかし丞の予想通り、この神秘の洞窟に電波は届かないようだった。

「しかし、使えるだけでもありがたいな。
 そろそろここからの脱出方法を真剣に考えよう。
 俺たちがこんな所にいるなんて、誰も知らないだろうからな」

 丞は立ち上がり、薄明かりの差し込んでくる洞窟をぐるりと見回した。

 そして壁から漏れてくる光の方に歩み寄る。

「玲熙、ちょっとそれを貸してくれ」

 丞の言葉に玲熙は頷き、沖守要から持たせられていた携帯電話を渡した。

 丞はアンテナを最大限に伸ばし、小さな穴に携帯電話を差し込んだ。
 すると辛うじて一本だけアンテナが立つ。

 しかし丞が腕を伸ばしてやっとの一であるため、とても誰かと電話越しに会話することは不可能であった。

 丞は腕を下ろしてしばらく電話を見つめ、そして思いついたように言った。

「誰かにメールで知らせればいいな。
 玲熙、おまえが知っている奴に、メール送ってくれ。
 できれば沖月島に詳しくて、頼りになる人がいい」

 携帯電話を渡された玲熙は困惑しながらも頷き、登録してあるアドレスを探した。

「じゃあ、要に送ってみるよ。
 彼なら地元の警察にも信用があるし、一族の者も従うだろうからね」

 玲熙はそう胃って、しばらく無言で文字を打ち込んでいた。
 その真剣で綺麗な横顔を見つめ、丞は思わずくすりと笑った。

 玲熙は顔を上げ、不思議そうに丞を見上げる。

「──ああ、悪い。そうやってメール打ってる姿が、女の子みたいに見えたからな」

「……男のくせにこんなに髪を伸ばしてて、変だって思うんだろう?
 僕だって好きで伸ばしているわけじゃないんだ」

 玲熙は微かに不機嫌そうな口調になり、水分を吸って重くなった髪を払いのけた。
 そして髪の束を指で引っ張り、淡々と説明し始めた。