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舞の刻



<14>



「聞いているかもしれないけど、僕の実家は鬼塚森神社の神官の家系なんだ。
 代々宮司は世襲で長男が務めているんだけど、その他の兄弟や姉妹も相応の役割が与えられてる。

 僕は巫女として神鎮めの舞を舞うのが務め。
 古来より神は髪に宿るって言い習わされていて、そのために僕は髪を切ることが許されないというわけなんだよ」

 その説明に丞は軽い衝撃を覚え、まじまじと玲熙を凝視した。

「巫女って女がやるものだろう。どうして男のおまえが?」

「巫女っていうのはシャーマンのことだからね。
 特に女性に限ったことではないのだけど、たまたま僕はその素質があったんだよ」

 玲熙はそう言い、携帯電話に意識を戻して最後の文章を打ち込んだ。

「はい、できたよ。これで送信すれば要が探しに来てくれると思う。
 僕も黙って出かけてきたから、すごく心配していると思うしね」

 丞は同意するように頷き、再び腕を伸ばして携帯電話を穴の中に差し込んだ。

 アンテナが出ていることを確認した後、丞はメールを送信した。

「これでよし。もうしばらくしたら、もう一度送ってみよう」

 心配そうな玲熙に笑いかけた丞は、緊張が緩んだせいか、急に左肩が痛み出したことに気づいた。
 目眩を覚え、丞は洞窟の壁に沿って地面に座り込んだ。

「大丈夫? 気分が悪いの?」

 玲熙が慌てたように丞の顔をのぞきこみ、左肩から出血していることに気づくと、驚いたように目を見開いた。

「──ひどい怪我…これでよく平気で動いていられたね」

 玲熙は何度か自分のシャツの袖を引っ張って破ると、きつく丞の肩に縛り付けた。

「横になった方が楽になる? 僕の膝に頭をのせて眠っていていいよ」

「痛くて眠るどころじゃないが、肩だけかしてくれ」

 重くなる一方の頭を玲熙の肩にもたせかけた丞は、激痛を堪えるためにきつく眉を寄せた。

 玲熙はそんな丞を見て、泣き出しそうな顔で謝った。

「ごめんね。僕のせいだ、君にそんな傷を負わせたのは。
 あの鬼は、いつも僕に関わった人たちを傷つけていく」

「──おまえのせいじゃない。俺がおまえを助けたかっただけだ……」

 唇に薄く苦笑を浮かべ、呟くように言うと、丞の意識はそのまま暗闇に引きずり込まれた。

 遠くで必死に名前を呼んでいる玲熙の声が聞こえる。

 完全に意識が途絶える寸前、丞は強く抱きしめてくる玲熙の柔らかな腕の感触を感じ、えもいわれぬ甘い薫りを嗅いでいた。



 意識が覚醒した時、最初に見たのは無表情な白い天井だった。

 一度ゆっくりと瞬きすると、規則正しい点滴の落ちる音が聞こえてくる。

「ああ、気がつきましたか。苦しくはないですか?」

 低いがもの柔らかな印象の声が聞こえ、丞はその声の方へと顔を向けた。

 眼鏡をかけ、スーツを着た青年がそこに立っていた。
 年齢は二十代後半ぐらいであろう。

 その端整な顔を見忘れるはずもなかった。

「──沖守さん、あなたですか?」

 そう声を出してみて、丞は自分の声がずいぶんとかすれていることに気づいた。

「覚えていてくれましたか。──ここは沖月島総合病院です。
 君の怪我を処置するために、ここに運び込みました。
 事情は全て玲熙さんから聞いています。本当に災難でしたね」

 沖守要は傍らにあった椅子を引き寄せ、丞の枕元近くに座った。

「……玲熙は無事ですか?」

 丞が訊ねると、要は淡く微笑んで答えた。

「ええ、もちろん。君は丸一日眠っていたんですよ。
 その間、ずっと玲熙さんは君に付き添っていました。
 さすがに心配をして、晴熙さんが先ほど家に連れ帰りましたがね。

 特に問題ないようなら、明日帰宅してもいいそうです。
 医者が言うには、肩の裂傷はひどいけれど、神経も動脈も切れていないそうです。

 ──幸運でしたね。
 あと1センチずれていたら、間違いなく動脈損傷で大出血していたところですよ」

 その説明に、丞は憮然とした表情になり、右手で左肩に触れてみた。
 そこは包帯でぐるぐる巻かれており、鎮痛剤のせいかあまり痛みも感じなかった。

 丞は上半身を起こし、穏やかな微笑を絶やさない沖守の顔を見返した。

「ありがとうございました、沖守さん。あなたが俺たちを助け出してくれたんですね」

 礼を言い、丞が深く頭を下げると、要はやや慌てたように言った。

「いいえ、最初に君たちを見つけたのは晴熙さんです。
 私も捜索に加わっていましたが、どちらかというと、遺体の確認作業に追われていました。

 それに、玲熙さんを助けてくれたのは君なんですよ。
 君がいなければ、玲熙さんもどうなっていたことか。

 御礼を言わなければならないのは、私たちの方です」

 要は生真面目な表情で丞を見つめ、何かを問たげな表情になった。
 そしてややあってから、ためらいがちな口調で言った。

「しばらくは絶対安静が必要です。
 医者は熱が出るだろうと言っていました。

 それから、警察が事情聴取を行いたいと言っています。
 今回の事件では4人の死者が出てしまい、それがあなたと玲熙さんのクラスメイトなんです。
 だから何度か警察に呼び出されるでしょうし、ずいぶん失礼な事を聞かれるかもしれません。

 私も一応弁護士なので、そういう時は、必ず私に連絡してください」

 翌日の夕方になって、丞は無事に退院することができた。

「これは解熱剤と鎮痛剤、あと抗生物質だそうです。
 今回の入院に関しては、全て私が処理しますので心配しないでください。
 これは私の連絡先です」

 沖守の車で自宅まで送ってもらった丞は、峰月家の玄関先で、薬袋と名刺を手渡された。

 数年ぶりのような気分で家に入った丞は、司がまだ帰宅していないことに気づいた。
 丞が外出して以来、家の中は何も変った気配がない。

 丞は安堵する一方、肩の怪我をどう説明するか悩んだ。
 自分が殺人事件に巻き込まれたと説明すれば、どういう反応が返ってくるだろうか。

 そんな事を考えながら自分の部屋に戻った丞は、不意に自転車を海岸に起きっぱなしにしてきたことを思い出した。

「──それに、買い物もしてないぞ」

 冷蔵庫に何か残っていたかと首を傾げて考えていると、窓の外の洗濯物が目に入った。
 一昨日の朝からずっと干したままだったのだ。

 仕方なく庭に下り、右手だけで洗濯物を取り込んでいると、玄関でベルが鳴った。

「まったく、この忙しい時に……」

 忌々しげに舌打ちをし、洗濯物を屋内に放り込んだ丞は、何度も繰り返し鳴らされるベルに応じるため、玄関の扉を開けた。