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舞の刻



<15>



「──よかったぁ。無事だったんだ」

 玄関の前に立っていたのは融だった。
 丞が顔を出すと、心底安心したような表情になり、しかし肩の包帯を見て顔をしかめた。

「怪我、ひどいのか?」

 融の心配そうな声に、丞は軽く頭を振った。

「今は痛み止めが効いているからな。……寄っていけよ、茶ぐらいは出してやるから」

 すると融が明るい表情で笑った。

「いくら図々しい俺でも、怪我人を働かせるほどじゃないぜ。
 何か手伝えることがあれば、手伝うけど?」

「じゃあ、お言葉に甘えて。夕飯の用意、よろしく」

 その途端、融の顔が引きつった。

「──え、うそ? 俺、作ったことない」

 融があまりにも狼狽したため、丞は思わず笑い出してしまった。

「冗談だ。まあ、とりあえず寄っていかないか? おまえに聞きたいことがあるんだ」

 丞の言葉にほっとした様子の融は、最後の言葉を聞くと、ゆっくりと頷いた。


「──それで、警察の話では、渡辺たちを襲ったのは大型肉食獣らしい」

 居間で事件の内容を簡単に説明した丞は、融の顔が蒼白になっているのを見て、一度言葉を切った。

「どうした、気分が悪くなったか?」

「あ、ごめん。俺、血に弱くってさ。
 想像したら、ちょっと気分が悪くなったかも……」

 引きつった笑顔でそう答えた融は、丞から視線をそらし、天井を仰いだ。

「じゃあ、丞や玲熙はまったく関係ないってわけ?」

 そう問われ、丞はわずかに首を傾げた。

「さあ、どうだろう。俺が見たのは、人のようだったし、それは警察にも話した。
 ただ、その姿があまりに異様だったんで、正直なところ、俺も自分の目を疑っているんだ」

 嘆息した丞を見て、融が力無く笑った。

「いつも自信満々のタスク君らしくないんじゃなーい?
 一体、何を見たんだ?

 融の問いに、丞は苦く笑った。

「──鬼を見た。額に二本の角、口に生えた牙、深紅に光る目をした鬼だ。
 平安時代の貴族みたいな格好をしていたな。
 信じられないだろ、やっぱり?」

 丞が説明すると、目に見えて融の顔が青ざめた。
 その身体が小刻みに震え始めている。

 いつも明るい融の表情は、懸命に恐怖を堪えているようだった。

「おい、融。どうしたんだ?」

 ぶるぶると震えていた融は、驚くほど細い声で丞に訊ねた。

「──丞、あんた、本当にその鬼を見たんだな?」

「俺だって信じられないって言っただろう?
 本当は鬼面をつけていただけかもしれないが、それにしてはリアルだったな」

 肩をすくめようとすると、左肩に激痛が走った。
 丞はその痛みに思わず顔をしかめる。

 その様子を見ていた融は、テーブルの上に肘をつき、両手で顔を覆った。

「最悪だぜ、丞。3年前の事件にそっくりだよ。
 また、あの人喰い鬼が、この町に帰ってきちまった」

 融の呻くような声に、丞は眉をつり上げた。

「3年前の事件? ずっと気になっていたんだが、どういう事件だったんだ?
 その事件に、玲熙はどう関係してる?」

 丞の問いに、融はしばらく顔を埋めたまま答えなかったが、やがてぽつりぽつりと当時の様子を語り始めた。

「──最初の事件は、鬼塚森神社の森で起こったんだ。
 ちょうど夏休み中だったんだ、俺達。

 被害者は観光客のカップルでね、襲われて瀕死の男を見つけたのが、玲熙だったんだよ。
 男は両腕を引き千切られ、腹部を裂かれていた。

 まだ襲われて間もなかったみたいで、男は玲熙に言い残したんだ。
 『鬼が出て』とね。
 すぐに救急車を呼んだけど、その時には息絶えてたらしい。

 警察が神社付近を捜査していた時、女の死体が発見されたんだ。
 彼女も、獣に貪り喰われたような死に様だったらしい。

 竜海山を徹底的に山狩りしたんだけど、結局、それらしい獣は出てこなかった」

 融は憂鬱そうな重いため息を吐き出した。

「そしてその一ヶ月後、今度は竜桜学園の高校生が殺されたんだ。
 当時、俺と玲熙は一緒に帰ってたんだけど、その日はたまたま玲熙1人で帰ったんだ。
 俺は部活で遅くなっちゃったからさ。

 そしたら、その高校生が帰宅途中だった玲熙を襲って、竜海山に連れ込み、レイプしようとしたんだよ。

 ──もの凄い悲鳴が聞こえて、ちょうどその辺を通りかかった観光客が覗いてみたら、ばらばらにされた死体と、血の海で倒れている玲熙が発見されたんだよ」

 その話を聞いて、丞は眉をひそめた。
 そんな丞の顔を見やり、融は乾いた笑いを漏らした。

「あんたは知らないけど、中学時代の玲熙は、マジで女の子みたいだったよ。
 誰よりも断然綺麗だったから、変な奴から目をつけられてた。
 まあ、綺麗なのは今でも変らないんだけどね。

 ──とにかく、その時も犯人は見つからなかった」

「それも、鬼の仕業っていうのか?」

「さあね。警察は今でも捜査しているはずだぜ。
 獣の仕業らしいって発表はされたけど、誰もそんなこと信じてないよ。

 人間が犯人にしろ、獣が犯人にしろ、不明瞭な点が多すぎるもんな。
 人間の力じゃあ、あそこまでメチャクチャには引き裂けないらしいからさ」

 どうやら話すうちに開き直ってきた融は、いつもの歯切れの良い話し方に戻っていた。

「で、その後、その殺された高校生の友達って奴が殺されたんだ。
 そいつは玲熙が友達を殺したと思い込んでて、俺と玲熙に詰め寄ってきた。
 もちろん、俺たちは犯人なんて知らないから、そいつを振り切って逃げ帰ったんだ。

 その夜、玲熙は俺の家に泊りに来てた。
 そしたら要さんが急に迎えに来て、玲熙を本家に連れ帰ったんだ。

 変だなと思っていたら、神社の裏に龍神湖って湖があるんだけど、そこにその高校生の死体が浮かんでいたらしい。
 彼の場合は、やっぱり両手足と、喉笛を喰い千切られていた。

 ──あの湖、小さい頃から俺達の遊び場だったから、いや嫌になるよな」

 丞の話を頭の中で整理した丞は、大きな疑問を感じた。

「どうして犯人は、玲熙を殺さなかった?
 顔を見られている可能性だってあったはずだぞ。
 それに、玲熙に絡む人間ばかりを殺しているようにも見える」