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舞の刻



<17>



「一族の人間は、何かしら能楽に関係をもたされるんだ。
 隠岐宮家は当然だけどシテ方、滝沢は太鼓方って風にね。


 月初めに、必ず神鎮めの奉納舞をやるから、結構人手も資金も必要になる。
 最近では薪能目当ての観光客も増えてきてるけど、沖月島の人間は神事能に出資するのが義務みたいなところがあるし。
 だから一般日本人に比べると、島の人間は能楽に詳しいかもしれないな。

 俺の融って名前も、能からつけられたらしいぜ。
 源融って人がいて、彼はなんと光源氏のモデルになったんじゃないかと言われてる人なんだ」

 自分の名前の由来になると、融は明るい表情を取り戻し、自慢げに胸を張った。

 丞はそれを見て首を傾げ、あからさまに眉根を寄せた。

「おまえが光源氏ってがらかねえ」

「あ、ひっどーい。こんなに美少年の僕に、それはないでしょ」

 融が頬を膨らませたのを見て、丞は堪えきれずに笑い出した。

 それを見て融は拗ねた顔をしていたが、やがてくすくすと笑い出し、最後には爆笑し始めた。

 
 次の日の早朝、丞は医者の予言が当たったことを知った。

 鎮痛剤が切れた傷口は熱を持ってひどく痛み初め、全身の体温が上がっているのか、頭の中がぼんやりと霞がかっていた。

 体温計で測ってみると、熱は38度まで上がり、ここ数年熱など出したことのなかった丞は、体温計の数字を見て感動すら覚えた。

 とりあえず医者に処方してもらった薬を飲み、丞は時計を見上げて考え込んだ。

──どうするかな。休んでもいいんだが……。

 しかし学校でどの程度噂が蔓延しているのかが気にかかっていた。

 朝食を作る気力はなく、食欲もなかったため、冷えた牛乳だけ喉に流し込む。
 頭痛のする頭を軽く叩きながら、丞は居間にあるテレビをつけた。

「──殺された生徒は、全身を引き裂かれており、警察では事件に大型肉食獣が関わっているとして捜査しています。
 三年前にも、この沖月島では同様の殺人事件が起こっており、警察では両事件に関連があるとして捜査を進めていくようです」

 朝のニュースでも、事件は大々的に取り上げられていた。
 チャンネルを変えると、別のニュースでも同じように事件が報道されている。
 三年前の事件についても詳しく説明されており、竜桜学園の校門が画面に映っていた。

 思わず額を押さえていた丞は、急いで学校に行く用意を始めた。

 バスに乗り込むと、融が心配そうに手を振っていた。

「おい、大丈夫か? 顔色悪いぜ、あんた」

「熱があるんだ。……ああ、あまり大声出さないでくれ、頭に響くから」

 頭を押さえた丞を見て、融は首をすくめ、バスの乗客の様子を見渡してから、低い声で話し始めた。

「もう島中に噂が広がってるぜ。昨日の夜、要さんが来て、そう言ってた。
 できるだけ取材陣を島に入れないように手は回すって言ってたけど、こんな美味しいネタに飛びつかないワイドショーなんてないよな」

 目を瞑って話を聞いていた丞は、片目だけ開けて融を見た。

「手を回すってどういうことだ?」

「ほら、要さんは桜坂グループの顧問弁護士だろ。
 竜泉閣ホテルの経営者は桜坂グループだから、取材陣を可能な限り泊めさせないらしいよ。
 竜桜学園にも傷がつくし、沖月島のイメージダウンにもつながるからさ」

 その話を聞き、丞は大きなため息をついた。

「大型肉食獣がうろうろしているかもしれない島なんだぞ。
 十分すぎるほどイメージダウンしていると思うがね。
 さっさと犯人を上げた方が桜坂にとっても良いはずだ。

 『犯人は獣です』と言って、住人が納得するか、普通?
 俺はむしろ、この島の落ち着きの方が異様に見える。
 もっと騒いだって良さそうなものだ」

 丞は両目を開けると、ふんふんと頷いている融を見つめた。

「──それにしても、よくそこまで聞き出せたな。
 あの用心深そうな沖守さんが、おまえのそこまで話したのか?」

 すると融は肩をすくめ、舌をぺろりと出して見せた。

「まっさかあ。親父に話に来てたんだよ。俺はそれをちょっと盗み聞きしただけ。
 何を隠そう、俺は耳が良いんだ」

「威張るほどのことか、それが?
 しかし、何やら裏がありそうな事件だな。
 もしかすると、沖守さんは、もっと重要な何かを知ってるんじゃないのか?」

 すると融は渋い顔をして首を傾げた。

「それは無いと思う。だって、あの人は沖守家の次期当主だぜ。
 沖守家は、隠岐宮家を守護するのが存在理由らしいから、隠岐宮家の不利になることは絶対にしないよ。
 隠岐宮家の直系である玲熙に疑いがかかってるなら、犯人が判っていれば、警察に突きだした方が玲熙のためじゃないか?」

 融が言うことももっともだった。

 バスの振動で眠くなってきた丞は、一つ欠伸をすると、右手で顔を覆った。

「……それもそうだ。俺の考えすぎか」

「大丈夫かい、タスク君。学校、休んだ方が良かったんじゃないの?」

 融が身体を乗り出して丞の顔をのぞき込んでくる。
 丞は手を下ろすと、物憂げな口調で呟くように言った。

「──俺は、犯人を見た唯一の生き残りだ。
 玲熙がこの事件に関与してないことを証明できる証人でもある。
 ここで俺が玲熙を見捨てれば、あいつはまたひどく傷つくことになるだろう。
 この事件に関わってしまった以上、俺は逃げるわけにはいかない」

「──丞、あんた、玲熙が心配で来たってわけ?」

 驚愕して大きな目を見開いている融に、丞は軽く笑ってみせると、再び目を閉じた。

 竜桜学園前でバスを降りた時、融が「げっ」と蛙じみた声を上げた。

「やばいぜ、丞。校門の前に、レポーターがぞろぞろと……」

 丞が視線を上げると、竜桜学園の白い校門の前に、テレビカメラやマイクを持った人々が大勢集まっていた。

「──こちらが、ころされた生徒が通っていた学校です」

「──三年前にも、この学校の生徒が同じように殺害されました」

 記者たちの声に、丞は思わず目眩を覚えた。

「どうする、丞?」

 不安そうな表情を浮かべた融が、心配そうに丞を見上げた。

「行くしかないな。こうなったら、中央突破だ」

 唇の両端をつり上げた丞は、融にウインクを送ると、報道陣を睨んだ。

 その顔を見ていた融は嬉しそうに笑うと、バスケの試合の時に見せた好戦的な表情をにんまりと浮かべた。