Rosariel.com
舞の刻



<19>



「何でおまえが知っているんだ?」

「僕だけじゃない、みんな知っているよ。校舎の窓から一目瞭然だもんな。
 ホームルーム直前だったから、みんな記者たちを注意して見てたんだよ。
 そしたら隠岐宮のベンツが来ただろう。
 みんなが窓際に殺到して見てる前で、君のあの派手な行動。
 ──知らない奴はいないんじゃないかな」

 正志の話を聞いて、丞はさらに不機嫌になった。
 そう言われてみると、ずっと注目されているような気がしていたのだ。
 しかし、そこまで大騒ぎになっているとは、全く気づかなかったのである。

「──熱があるんだ。思考力が低下してても、仕方がないだろう?」

 低い声音でそう言うと、正志は人差し指を軽く振って見せた。

「そうじゃないよ、丞。
 みんな、君の英雄的行為に感動しているんだ。
 ……あたかも姫君を守る騎士のごとく──。

 まあ、君の行動は正しかったと僕は思うよ。
 いくら隠岐宮が要注意人物だからといって、川村の行動は酷すぎる。
 あいつは、教師という立場にありながら、学校と生徒を売ったんだ。
 教師としてあるまじき行動だと思うね」

 拳を握りしめて熱弁をふるう正志を、丞は皮肉げな微笑を浮かべて見やった。

「川村先生にも、何か事情があったんじゃないか?
 理由も聞かずに糾弾するのは、どうかと思うが」

「すると何かね。姫を守った君が、あの川村をかばうと言うのかい?」

 銀のフレームを直しながら正志がそう言うと、丞は苦笑した。

「その『姫』というのはやめろ。隠岐宮が気を悪くするぞ。
 それに、俺は川村先生を弁護しているわけじゃない。正論を言っただけだ」

「まったく、君の騎士道的精神には敬服するよ。
 ただ者ではないと思っていたが、ここまでただ者じゃなかったとは。
 これからは、ナイト・タスクと呼ばせてもらうよ、君」

 不気味な微笑を浮かべる正志を見て、丞は唇を引きつらせた。

「おまえ、そんな事を宣伝してみろ。停学覚悟で殴るぞ」

「じょ、冗談だよ、冗談。ところで、トオル君はどこに行った? 隠岐宮もいないようだが」

 丞の恐ろしい表情を見て顔を引きつらせた正志が、両手を上げて頭を振り、その話を強引に切り替えた。

「さあ、どこかに消えてるのは確かだが、行き先まではね」

「そうか。まあ、そのうち帰ってくるだろう。

 それにしても、丞。苦労するのはこれからだよ。
 記者連中にはバッチリ顔を覚えられただろうし、どうやって家に帰るんだ?
 隠岐宮もさらに帰りづらくなるぞ」

 正志の言葉に、丞は額を押さえた。

「それを聞くのはやめてくれ。ただでさえ頭痛がするのに、さらに悪化する。
 ──今は何も思い浮かばない。何か名案があれば、教えてくれ」

「了解。──ふむ、じゃあ僕はナイトの参謀だな。さしずめ融は従者ってところか」

 1人で盛り上がっている正志を見下ろし、丞はもはや何も言えず、呆れ果てたように天を仰ぐだけであった。

 授業は平常よりも遅れて始まった。
 融と玲熙は、まだ帰ってこなかった。

「どこに行ったんだろう。まさか帰ったわけじゃないよな」

 1時間目が終わった休憩時間に、正志が首を傾げながら呟いた。

 丞は机の上に頬杖をついたまま、黒板をぼんやりと見つめていた。

「ほとぼりを冷ましているんだろう。
 それより、おまえ、単語テストの勉強をしなくてもいいのか? 次、英語だぞ」

「君は帰国子女だから英語は得意だろうけどね。
 しかし、今はそんなことよりも重要なことがあるだろう?
 単語テストごときにかまっていられないよ」

「──ほう。東大まっしぐらのおまえから、そんな言葉を聞くとは思わなかったな」

 半ば本気で感心した丞を見て、正志は悪戯っぽく笑った。

「当たり前だ。友情を捨ててまで勉強するほどの価値はない。
 ──と言いたいところだけど、昨日の夜、バッチリ勉強してあるんだ。
 この10分間に勉強したところで、結果は変らないよ」

「そんなとこだろうと思った。
 ──さて、俺は熱が出てきたから保健室に行ってくる。後はよろしく」

 ゆらりと立ち上がった丞を見上げ、正志は驚いたように目を見張った。

 そんな彼にウインクして見せると、正志は途端に不満そうな顔になった。

「いいなあ。僕も一緒に行きたい」

「学級委員長のおまえが何を言ってる。
 これ以上、このクラスに問題児を増やすな。
 じゃあ、頼んだぞ。昼休みまでには戻ってくる」

 ひらひらと片手を振り、丞はざわめく教室を出た。
 まだ生徒たちのたむろする廊下を歩き出すと、視線が集まってくるのが痛いほど判る。

 人垣ができていても、丞の姿を認めた途端、見事なまでに道が開いた。
 内心でため息をつきつつも、あまり気にしても仕方がないと思い、丞は歩き続けた。

 校舎の一階の奥にある保健室に来てみると、部屋の中で融が困惑して立ち尽くしていた。

「おい、玲熙はどうしたんだ?」

 丞が声をかけると、融は顔を上げ、情けなそうな顔で首を振った。

「ちょっと目を離した隙にいなくなっちまった。
 俺、そんなにあいつに嫌われたかな。
 かまうなって言われたからそっとしておいたんだけど、もっと話を聞いてやれば良かった」

 迷子になった子供のような表情を浮かべた融を見て、丞は安心させるように笑った。

「多分、おまえに迷惑をかけたくなかったんだろう。
 朝、相当目立ってしまったからな。
 もう全校中で噂になっているらしいぞ」

「うわあ、まずーい。俺、明日から変装してこようかしら」

「どうしておまえが変装するんだ? まあいい、とにかくおまえは教室に戻ってろ。
 玲熙は俺が探しに行く」

「でも、それって結構まずくない? 噂になっちゃうよ」

 眉をひそめた融を見て、丞は皮肉っぽく片唇をつり上げた。

「朝、あれだけのことをしでかしたから、十分すぎるほどの噂になってる。
 今更、尾鰭背鰭がついたところで、たかが知れているさ」

 すると融は複雑な表情を浮かべて頷いた。

「それもそうか。でもさ、1人で探すのは結構骨だぜ、この学校」

「適当に探してみる。おまえまで迷子になられても困るからな。
 安心しろ、方向感覚は犬並みに良いんだ」

 憮然とした融を見て、融は双眸を和ませた。

「玲熙に謝りたいからな。その時おまえが横にいたら、謝りにくい」

 融はしばらく丞の顔を見上げていたが、やがてこくりと頷いた。

「判った、教室で待ってる。
 ただし、昼休みが終わっても帰ってこなかったら、俺も勝手に探し始めるからな」

「ああ、その時は好きにしてくれ。くれぐれも迷子にだけはなるなよ」

 にやりと笑った丞に、融は軽くパンチを繰り出した。
 それを右手で受け止めた丞に、融は不敵な微笑を浮かべて見せた。

「じゃあ、頑張ってな」

 融はそう言って保健室を出ていき、扉の所で片手を振った。

 それを見送った丞は、軽いため息をついた後、ひたすら野生の勘に任せて歩き出した。