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舞の刻



<22>



 放課後になって、正志提案の作戦は決行されることになった。

「いやあ、いるわ、いるわ。
 わらわら虫みたいにたかってるぞ、あいつら」

 西日が射し込む窓から身を乗り出した融が、校門の前にいる報道陣を見てそう言った。

 教室の中もまだざわついており、帰宅する生徒たちは窓から校門の様子を興味津々でうかがっていた。

「取材されたらどうするぅ?」

「ええーっ。でも、報道陣に対応しちゃいけないとかって言ってなかった?」

「でもさあ、顔がテレビに出るかも。それでスカウトとかされちゃったりしてえ」

 クラスメイトの大半が帰宅するのを待っていた融は、ちらりと女子生徒を睨んだ。

「不謹慎なんだからな、まったく」

 ぼそりと呟いた融を見て、窓辺に寄りかかっていた丞は微笑を浮かべた。

「そう言うな。暗くなられるよりはマシだ」

「でもさあ……」

 口を尖らせた融は、沈痛な表情でうつむいている玲熙の顔を見やった。
 そして軽く嘆息した後、明るい口調で言った。

「ま、関係ないか。それにしても、遅せえな、正志のやつ」

「ハシゴを調達しに行ったんだ。──先に行って待つことにするか」

 丞の言葉に、融は大きく頷くと、玲熙の腕を取った。

「じゃあ、行こう」

 とまどったように融を見上げた玲熙は、腕を取られたまま立ち上がった。

「──どこへ?」

「クラブハウスの裏。壁越えをするんだ。先に、要さんに連絡しようぜ」

 玲熙は融の顔を見返し、そして丞を見つめた。
 丞はそれに応じるように頷き、言葉を添えた。

「あの黒ベンツはやめてもらってくれ。目立ちすぎるからな」

 玲熙はゆっくりと頷くと、鞄から携帯電話を取りだした。

 その後、3人はそろってクラブハウスの方へと向った。
 竜桜学園のクラブハウスは、最近になって新設されたばかりであり、特に運動部の部室が多く入っていた。

 3人が建物の裏に回り込むと、高さ3メートルほどの白壁が立っていた。
 壁の上には、槍の穂先のような鉄柵が連なっている。

「──ハシゴがなくても越えられそうだな」

 丞が壁を見上げてそう呟くと、融が嫌そうな顔をした。

「やだぜ、俺らは絶対無理。槍が立ってるじゃん、この壁。なあ、玲熙?」

 融が同意を求めると、玲熙は曖昧な表情で微笑んだ。

「無理強いはしないさ。だから正志にハシゴを頼んだんだ。
 それに、俺もこの肩の傷があるから、身体を引き上げるのは無理っぽいな」

 丞が苦笑すると、途端に玲熙はその白い顔に悔やむような表情を滲ませた。

 その時、正志が銀色のハシゴを持って現れた。

「──悪い、遅くなった」

 正志は壁際にハシゴを立てかける。
 そして、最初に自分のその上に上がってみた。

「車がまだ来てないな。もう少し待たなきゃ」

「来たら、クラクションを鳴らすように言ってある」

 ハシゴから下りてきた正志に丞はそう教えた。
 正志が確認するように玲熙の顔を見やると、玲熙は頷き返した。

 と、突然丞は人の気配を感じ、厳しい眼差しで背後を振り返った。

「やれやれ、何をしでかそうっていうんだい、君たちは?」

 四人の姿を見ていたのは、隠岐宮晴熙だった。
 彼はなかば呆れたような口調でそう問いかけ、緊張で顔を強ばらせている玲熙に優しく微笑みかけた。

「──玲熙、どうして僕の言うことが聞けなかったんだい?
 だから何の関係もないクラスメイトにまで迷惑をかけることになったんだよ。
 お父さんは、今日登校することに反対しなかったのか?」

 過ちを諭すような晴熙の口調に、玲熙は唇を噛んでうつむいた。

 晴熙は少し寂しげに微笑むと、4人の方へと歩み寄ってきた。
 玲熙は身体をすくませると、庇護を求めるかのように丞の背後に逃れた。

「玲熙、言いたい事があるなら、ちゃんと言ってごらん」

 丞の前に立った晴熙が少し強い口調で言うと、玲熙はますます頑なになり、丞から離れまいとするかのようにぎゅっと両手でシャツをつかんだ。

 そんな玲熙を融と正志は不思議そうに見つめていたが、丞はシャツをつかんでいる玲熙の指が小刻みに震えているのを感じた。

「──晴熙さん。玲熙も今日は疲れているんでしょう。
 心配するのは判りますが、今は安全に帰宅させる方が先決ですからね。
 俺は無関係じゃないし、騒ぎを大きくした張本人ですから、何が何でも玲熙を帰す義務があるんです。
 それに、多少迷惑をかけたって、友人だったら許してもらえます」

 丞が玲熙に代ってそう言うと、融が嬉しそうに大きく何度も頷いた。
 正志は怪訝そうに玲熙を一瞥した後、仕方がないといった様子で頷く。

 晴熙はまじまじと丞を見つめ、やがてゆっくりと頷いた。

「わかった。兄弟喧嘩は帰ってからすることにするよ。
 これからどうするつもりだい?」

「要さんが迎えに来てくれたら、壁を乗り越えます。
 ハシゴは正志が持って帰るんで問題ないですしね。
 同じ手段が何度も使えるとは思いませんが、今回は十分でしょう」

 そう言いながら、丞は玲熙の指が緩むのを感じ、背後を振り返った。
 そして青ざめている玲熙を励ますように、その華奢な肩に片手を置く。

「責任持って玲熙を帰宅させますので、ご心配なく」

 丞が玲熙に笑いかけると、玲熙の緊張した顔に微かな安堵の微笑みが浮かんだ。
 それを見ていた晴熙はかすかに眉根を寄せ、片手で顔を覆って大げさにため息をついた。

「心配するなという方が無理だろう?
 明日からの事を考えると、目の前が真っ暗になってくるよ。
 父には怒られるだろうし、玲熙は反抗期だし、困ったものだよ、まったく」

「あれ、玲熙、反抗期だったの?
 でも判るなあ、俺も家族と衝突してばっかりだもんね。
 やっぱり、難しいお年頃なのよね、俺達ってば」

 融が明るい口調でそう言い、からからと笑った。
 晴熙は「やれやれ」と呟いて肩をすくめると、白い壁を見上げた。

「頼むから、怪我をしないようにしてくれよ」

「そんなドジはしませんって」

 融が声を上げて笑うと、壁の向こう側からクラクションの音が聞こえてきた。

「要さんが来たかな。それじゃあ、晴熙さん。お先に失礼します」

 融がぺこりと頭を下げると、晴熙はにこりと笑ってみせた。
 晴熙は丞の陰に隠れたままの玲熙に視線を移すと、穏やかな口調で話しかけた。

「玲熙、帰ったらちゃんと話をしよう。いつもみたいに逃げるんじゃないぞ」

 玲熙は晴熙を見上げると、無言で頷いた。
 そんな弟を、晴熙はもの問いたげな視線で見つめていた。
 玲熙はその視線に耐えられなくなったのか、身を翻して、先に壁を乗り越えていった融の後に続いた。

「正志、後始末は頼んだぞ」

 玲熙の後を追うようにハシゴを上った後、丞は正志を見下ろして言った。
 正志は親指と人差し指で輪を作り、頷いて見せた。

 丞は心配そうな晴熙に頭を下げると、壁の向こう側へと飛び降りた。