Rosariel.com
舞の刻



<4>



「相変わらずの好青年ぶりだなあ、晴熙さんは」

 正志が感嘆したようにつぶやくと、融は自分のことを誉められたかのように喜んだ。

「やっぱ、カッコイイよな。強いし、頭もいいし、優しいし。
 伝説的なカリスマ生徒会長だからねえ。

 東大卒業して、竜桜学園の助手だもんな。
 なろうと思えば何にでもなれそうなのに、神社を継ぐために戻ってきたんだって」

 融の言葉に、丞はふと疑問を覚えて聞き返した。

「神社? そう言えば、弟がいるって言っていたな」

 すると正志が複雑な表情を浮かべて説明した。

「隠岐宮家は沖月島の古い家で、鬼塚森神社の宮司の家系なんだよ。
 弟っていうのは、ほら、融の前の席の美少年だよ。
 名前は隠岐宮玲熙(オキミヤ レイキ)。
 高等部で怒らせてはいけない人物の1人でね。
 ……いろいろ噂がある奴なんだ」

 その途端、今まで笑っていた融の顔からすうっと笑みが消え、何か苦いものを堪えるような表情になった。

「怒らせてはいけない? どういうことだ」

 丞が怪訝そうに問い返すと、正志はちらりと融を一瞥し、深いため息をついた。

「まあ、そのうちいろいろあらぬ噂を聞くと思うから先に教えておくけどね。
 竜桜学園の噂によれば、あいつを怒らせると必ず1ヶ月以内に殺されるって言われている」

 正志の言葉に丞は驚愕した。
 冗談を言っているという口調でもなく、正志の瞳は恐ろしいまでに真剣だった。

「ずいぶんと物騒だな。どうして隠岐宮玲熙を怒らせると殺されるんだ?」

「あいつの周りで、もう何人もの死人が出てるんだ。
 それも尋常ではない殺され方をしてね。

 警察はあいつを犯人にはしなかったけど、あいつが犯人だと信じている奴は結構多い。
 何の証拠もないんだけどな」

 正志がそう説明した途端、融が「やめろっ!」と叫んだ。
 そして険しい顔で正志を睨みつける。
 それは、正志が思わず後ずさりしたほど迫力があった。

「玲熙を責めるのはやめてくれ。
 あいつは何もやっちゃいないんだから。
 みんな、あいつを誤解してるだけなんだ」

 怒ってはいるが、どこか悲しげな顔で融は言った。
 丞が不思議に思っていると、融はくるりと踵を返し、再び歩き出した。

「行こう。体育館はすぐそこだ」

 複雑な心境に陥った丞は、宙を仰いだ正志に声をひそめて訊ねた。

「どうして融はあんなに怒ったんだ?」

「融は隠岐宮の親友だし、隠岐宮家の親戚らしいからな。
 ──この学校内で公然と隠岐宮玲熙の味方をするのは、兄である晴熙さんとあいつくらいだろう。
 晴熙さんは人望厚いし、学園の人気者だから、みんな遠慮して玲熙を表立っていじめることはないけど、実際のところ、ほとんど無視しているような状況なんだ」

 正志の説明に「なるほど」と呟いた丞は、前を歩く融の背中を見つめた。
 先ほどまでの威勢の良さは見る影もない。
 深い苦悩に陥っているのは一目瞭然であった。

──隠岐宮玲熙か。沖月島の住人だったとは、偶然だな。

 ということは、融も沖月島の住人ということになる。
 帰りにそれとなく聞いてみようと思い、丞は様々な疑問を頭の中で整理し始めた。


 巨大な体育館に行き、様々な部活動を見学した後、丞は融と共に帰宅することになった。
 寮住まいの正志は方向が逆だったので、体育館を出た所で2人と別れた。

「いろんな部活が一斉に練習できるように、この体育館が建てられたらしい。
 他にも別にでっかい武道館があるなんて、信じられない話だろ?」

 融が丞を見上げて言った。

「まったくだな。どうも来る学校を間違えたような気がする。
 父親が桜坂系企業じゃないから良いようなものの、俺のような小市民には、あまり縁の無さそうな連中がうろうろしているみたいだからな」

 丞が呆れたように言うと、融はからからと笑った。

「俺もずーっと場違いな気がしてるぜ。
 何てったって、俺と玲熙は幼稚舎からこの学校の世話になってるからな。
 でもさ、あんたが沖月に引っ越して来たのはめでたいかな。
 沖月島は小さな町だから、高校生も少ないんだ。
 2年生は俺と玲熙とあんただけ。
 ……東京に住んでたなら、びっくり仰天だよな」

 校門に向かいながら融はそう言い、よく晴れた蒼天を仰いだ。
 学園の周囲に植えられた桜がまだ満開に咲いており、風に乗ってときおり花弁がひらひらと舞っている。

 校門の向こう側には鬼ヶ浦が広がっており、春風は微かに海の匂いを含んでいた。

「どうする、バスで帰る? 歩いてもせいぜい30分ぐらいだけど」

 沖月島に大きなホテルができたおかげで、バスも竜桜学園と沖月島の間を、1時間に1本運行するようになったのだと融は説明した。
 それ以前は2時間に1本だったらしい。

 それを聞いた瞬間、丞は思わず眉間を押さえていた。

 気を取り直して丞が校門を見やると、門の前に大きな黒塗りのベンツが止った。
 どうやら、学校の生徒の誰かを出迎えに来ているらしい。
 幼稚舎からある竜桜学園であったから、どこの誰かまでは特定できないと融は言い、丞も納得するしかなかった。

 黒いベンツの後部ドアが開き、中からスーツを着た若い男が出てきた。
 すらりとした長身の男は、校門の前に立っていたらしい誰かに頭を下げ、ゆっくりとドアの方へと導いた。

 その男に守られるようにして車に乗った人物に、丞は見覚えがあった。

 春風に煽られ、長い黒髪が宙に舞っている。
 風に運ばれてきたのか、微かな香の薫りも漂ってきた。
 その生徒は、紛れもなく隠岐宮玲熙だった。

「あれ、要(カナメ)さんだ。どうしたんだろう」

 その光景を見ていた融がぽつりと呟いた。

「知っているのか?」

「ああ、隠岐宮家の弁護士なんだ。名前は沖守要(オキモリ カナメ)。
 東大法学部出身の超エリート弁護士さ。
 桜坂グループの顧問弁護士もしてるらしい。
 でも、要さんが玲熙を迎えに来るなんて珍しいんだよ。家で何かあったかな」

 心配そうな顔になった融を見て、丞はずっと気になっていたことを訊ねてみた。

「融は、あの隠岐宮玲熙と幼馴染みなんだろう?
 それなのに、何故あいつはおまえと一言も喋らないんだ?」

 すると融は悲しさと寂しさの入り混ざった微笑を浮かべた。

「玲熙は誰とも喋らなくなった。話すとしても、必要最低限だ。
 昔から大人しかったけど、今のあいつは全てに心を閉ざしてしまった。
 ──3年前に起こった事件のせいで、玲熙はみんなからいじめられて、完全に無視をされて、それで深く傷ついたんだ」