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舞の刻



<44>



 しかし円盤の角度を変えてみた時、太陽が滑らかな平面に当たった。
 その瞬間、平面は淡く太陽の光を反射し、黄金色に染まって輝いた。

「……ひょっとして、これは銅鏡ってやつか?」

 そう呟いた途端、融はさあっと顔から血の気が失せていくのを感じた。
 もし銅鏡であるのなら、それは何らかの目的を持って埋められていたことになる。
 そして、この桜の大樹は、隠岐宮家の初代当主が植えたと伝えられているものだった。

「やっ、やばすぎっ! ちょっと、勘弁してくれよな」

 慌てふためいた融は、元通りに鏡を埋めようとして、地面に座り込んだ。
 ところが、震えていた手から、鏡が滑り落ちる。

 落ちた鏡は、桜の硬く太い音に当たると、ビシッという嫌な音を発し、蒼白になった融の目の前で真っ二つに割れてしまったのだった。

 ショックのあまり動くこともできない融は、呆然と割れた鏡を見つめていた。

 と、鏡面の方が突如として黒く濁り、渦を巻くと、そこから白と黒の光が矢のように空に吹き上がる。

 唖然として融が見上げていると、光と影のように二つに分かれ、影は離れの方へ、そしてもう片方は垂直に落ちてきた。

 その光が自分を狙っていることに気づいたのは、それが眼前に迫った時だった。

 逃れる間は無く、稲妻のような衝撃が融の身体を貫く。

 悲鳴を上げたのが誰だったのか、融には判らなかった。

(──そんな大声を出すなよ、格好悪いなぁ)

 無意識にそんな事を考えた融は、意識が暗い闇に落ちていくのを感じた。
 白い光に閉ざされていた視界が、今度は暗い闇に塗り替えられてゆく。

(──もしかして、俺、このまま死んじゃうのか?
 やっぱり、桜に祟られちゃったんだ……)

 闇に引き込まれた融は、意識が消える直前まで、ぼんやりと考えていたのだった。


 ひらひらのフリルのついたエプロン姿から、スマートなアルマーニのパンツスーツに着替えた冴夜子は、さらさらと肩にかかる黒髪をバレッタで一つにまとめた。

 典型的なオフィス・スタイルとなった冴夜子は、住人が出払ってしまった家に鍵を掛けると、レンタカーの鍵を振り回しながら車庫へと向かった。

 と、その時、彼女の背後から声をかけた者がいた。

「冴夜ちゃん、そろそろ現れる頃だと思っていたよ」

 その声を聞いて立ち止まった冴夜子は、満面の笑みを浮かべ、颯爽と振り向いた。

「司ちゃん! やっぱり、出張なんて丞に嘘ついてたのね。
 こんな時期に叔父様がどっか行くなんて、想像つかないもの」

 相変わらず大きな眼鏡を掛けた司は、姪である冴夜子の方へと歩み寄ってきた。
 その顔にはいつものようにおっとりとした優しい微笑が浮かんでいたが、瞳の奥には底知れない怜悧な表情が漂っていた。

「嘘をつくのは心苦しいけど、いきなり真実を告げるわけにもいかないよ。
 ずっと、隠し通してきたんだからね。
 それより、君はこれからどうするんだい、捜査官殿?」

 大きな眼鏡の位置を直すように指で押し上げた司を見つめ、冴夜子は肩をすくめた。

「とりあえず、鬼ヶ浦の所轄にある捜査本部へのご挨拶。
 本庁から、それも女の捜査官だって嫌がられると思うけどね、いつも通り。
 司ちゃんはどこにいるのよ?
 わざわざ丞の様子を見に帰ってきたの?
 あいつなら出かけていったわよ、ついさっき」

「丞も心配だったけど、君に声を掛けておきたかったんだ。
 僕は今、桜坂家の別邸に泊まってる。
 隠岐宮家に関する古文書を、桜坂の御前から見せていただいているところだからね」

「車はどうしたの、司ちゃん?
 まさか、その別邸とやらから歩いて帰ってきたわけ?」

「車は置いてきたけど、ここまではバスで帰ってきた。
 ──丞に、気づかれたくなかったから」

 ふっと重いため息をついた司を見つめ、冴夜子は軽く首を傾げたが、すぐに屈託のない明るい笑顔になった。

「そう、じゃあ、送っていくわ。
 ついでに、丞の今度の学校も一度見てみたいし。
 話に聞くところによると、なかなか大きな学校みたいね」

 その言葉を聞き、司は穏やかな微笑みを浮かべ、うなずいた。

「桜坂の御前が自慢するほどの立派な学校だよ。
 まさか丞がそこに通うことになるとは思いもしなかったけどね。
 楽しい学校生活を送ってほしかったんだけど、こんなことになるなんて──。
 やっぱり、東京に残った方が良かったのかもしれないな」

 ほっと嘆息した司を見つめ、冴夜子は同意するようにうなずいた。

 海岸線に沿って車を走らせながら、冴夜子は助手席に座った司に訊ねた。

「──それで、進展はあった? 桜坂の御前は、結構、気の短い方なんでしょう?」

 シートにもたれていた司は、力の無い微笑を浮かべると、両手を開いて軽く降った。

「沖月島の人々は、隠岐宮家に関しては口が堅いんだ。
 だから島を出た人から話は聞いているけど……守りは鉄壁だね、つけいる隙がない。
 短気な老人にしては珍しく、気長に待っていらっしゃるよ。
 元は主君だから、下克上するにも、相当の勇気がいるらしい。
 いまだに、桜坂家は隠岐宮家を恐れている、迷信的、盲目的に。
 その恐れの原因が何なのか、突き止めるのが僕の仕事ってわけだ」

「司ちゃんも大変よね。わざわざ転勤までしなきゃいけなくなったんだから。
 どっちみち、この事件が解決しても、しばらくここに居座らなきゃいけないんでしょう?」

「──そうだね。事件に隠岐宮家が関わっているのは確かだけど、あの家の闇は、さらに奥が深い。
 桜坂の思惑もあるだろうが、これは峰月の問題でもある。
 相手が隠岐宮家でなければ、いくら兄さんの頼みとは言え、僕は断っていたよ。
 だけど、これを最後に、僕はもう手を引くつもりだ。
 よりによって丞が、隠岐宮家に深く関わってしまったからね」

 憂鬱そうな口調になった司を横目で見やり、冴夜子はため息をもらした。

「丞がおかしな形で関わっているって知って、私もびっくりよ。
 あいつは今までどんな事があっても、『我関せず』って涼しい顔してたのに。
 いったい、どういう心境の変化があったのかしらねえ」

 思わず首を傾げた冴夜子は、何故か深刻な表情になっている司を見やった。

 すると、不意に、窓の外を見ていた司が急に振り返り、恐ろしいまでに真剣な表情で大声を上げた。

「──冴夜ちゃん、ブレーキ!」

 その声に驚愕した冴夜子は、反射的に急ブレーキを踏んでいた。

 それとほぼ同じ瞬間、突如として巨大な破壊音が響き、前方の橋が砕け散った。
 コンクリートの瓦礫は海中に飛散し、波飛沫を立てて沈んでいく。

 耳障りな音を立て、車は十数メートル進んだ所で止まった。

 額に滲んだ冷や汗を手の甲でぬぐった冴夜子は、ほっと安堵のため息をつき、ハンドルの上に思わず顔を伏せていた。

「──いったい、何が起こったの?」

 息を乱した冴夜子の問いに、シートベルトが食い込んだ肩を押さえていた司は、フロントガラスの方を指さした。

「──見てご覧、鬼ヶ浦大橋が落ちた」

 ぎょっとしたように冴夜子が前方を見ると、本土と沖月島を結ぶ唯一の橋が、真ん中の辺りで崩れ落ちていた。

 車から降りた司と冴夜子は、落ちた吊り橋の手前まで歩いていった。

「まるで、何か重いものが突然振ってきたって形の落ち方ね。
 自然に落ちたわけじゃなさそうだわ。
 凄まじい外圧が加わらなきゃ、こんな瓦礫にはならないでしょうから」

 中央部分が抜けたようになっている鬼ヶ浦大橋を観察し、冴夜子は断言した。
 周囲には、衝撃で砕けたらしいコンクリートや鉄筋が散らばっている。

「某国からミサイルでも飛んできたってわけでもないし、ゴジラが出現したって雰囲気もないわねえ。
 突然、空から隕石でも降って来たのかしら……」