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舞の刻



<46>



「おまえの声は美しい……神々が愛でるわけだ。
 神々はおまえの舞を楽しみ、おまえの謡いに酔いしれる。
 だけど──これからは、僕だけのために舞い、歌ってもらおう」

 涙に濡れた玲熙の顔をつかみ、晴熙は残忍な微笑を浮かべた。

「これからは、僕がおまえの神だ」

「──どうして……兄弟なのに…どうして……こんな──」

 間近にある深紅の妖眼から目を背け、玲熙は啜り泣きながら問うた。

「愛しているといっただろう?
 僕たちの血は濃く、人には判らぬ闇を抱えている。
 一族同士の交わりは、遙か過去より続けられてきたことだ。
 我々の前に──禁忌はない」

 漆黒の長い髪が紗幕のように、玲熙の顔に降りかかってくる。

 皮膚から入り込んでくる冷たい妖気に凍え、玲熙はぎゅっと瞼を閉じていた。

 唇が塞がれ、生暖かい舌が血の味と共に入り込む。

 身体の中心に熱い塊が押しつけられた時、玲熙はおぞましい恐怖に身を硬直させた。

「力を抜け、玲熙……痛い思いをしたくないだろう。
 痛みは最初だけ──身をゆだねれば、じきによくなる」

 耳元で囁かれる声は昔と変わらぬ優しい兄のものであるというのに、その言葉は何よりも残酷だった。

「いやだ……やめて…晴熙兄さん……やめてっ──いやああっ!」

 身の内に入り込んだ灼熱は心までを切り裂くほどの凶器となり、その激痛に玲熙は大きく仰け反った。

「ヒッ…ああっ……アアーッ!」

 目の前が真っ赤に染まり、無慈悲な痛みが玲熙を苛んだ。

 花芯を貫く怒張が根元まで深く押し入った時、玲熙は今まで信じていた全てのものが失われていくのを感じた。

「ああっ……痛い……やめて──動かないでっ……!」

 苦痛に強張る身体を、兄であったものが突き上げ、壊そうとしている。

 その恐怖にのたうち、漆黒の瞳から涙を溢れさせていた玲熙は、やがて身体から力が抜けて弛緩し、揺さぶられるままとなっていた。

「ここで交われるのなら……もう、おまえは弟じゃないな」

 血と花蜜に濡れた花唇を穿ちながら、鬼は快楽に滲んだ声を漏らした。

 深紅の双眸が細められ、悲鳴を漏らす唇を舌先で舐め上げる。

「ううっ…ううっ──やめ…もう……いたい──」

「痛いだけじゃないだろう? 僕を締め付けてきている。
 身体は悦びの前に屈し、僕を待ちわびるようになる。
 おまえは……運命が僕に用意した──僕だけの巫女だ……」

 悦楽に身を震わせた妖鬼は、鮮血の滴る花弁の奥に、欲情の白濁を放っていた。

 初めての身体を抱くにしては長い時間をかけて玲熙を陵辱していた晴熙は、それが弾き返された瞬間、ふっと顔を上げた。

「──蛇蠱(ジャコ)が破れたか?」

 呟いた途端、のたうつような気配が襲いかかってくる。

 空間がよじれるような感覚に、晴熙は深紅の双眸を光らせると、長く鋭い爪の生えた手を虚空に伸ばした。

 そして襲いかかってくる気配をつかみ、そのまま引きずり出す。

 見えない蛇の怨念を確実に捕らえ、一瞬微笑を閃かせた晴熙は、そのままそれを掌の中で握りつぶした。
 その瞬間、憎しみに満ちた怨念が四散する。

 低く笑った晴熙は、組み敷いている玲熙が気を失ったのを見ると、血に濡れた片手を伸ばした。
 苦しげに歪められた美貌を撫でながら、もう片方の手で胸をなぞる。

 大きく上下する白い胸の一点に爪を立てると、そのまま下に切り裂いた。

「あううっ……あ、ああっ──!!」

 血が溢れ出し、玲熙が激痛に耐えきれずに悲鳴を上げた。

 鮮血に彩られた身体を見下ろし、鬼は楽しげに喉を鳴らし、傷口に舌を這わせる。

 それは、玲熙が意識を失うたびに繰り返される残酷な行為だった。
 白い身体にはいたるところに傷がつけられている。

 傷口は塞がることも許されず、新たな傷が増えるたびに、また血を流すのであった。

 涙を溢れさせた玲熙は、残忍な微笑を浮かべている鬼を見つめ、かすれた声で言った。

「──あなたは…やっぱり……僕を憎んでいたんだ──」

「愛と憎悪は紙一重だ、けれど、僕はおまえを愛した……僕なりにね。
 綺麗なおまえを、いつも汚してやりたいと思っていた。
 みんながおまえを聖なる者として崇める──それを憎らしく思っていたよ。
 だが、おまえにも、僕と同じ呪われた血が流れている。
 僕を憎むがいい、そして、僕と同じモノに生まれ変わるんだ」

 微笑を消した晴熙の顔を霞む目で見つめ、玲熙は小さくかぶりを振った。

「……僕にも…鬼になれと?
 なれるわけがない……どんなに僕を痛めつけても、血が流れていても……僕は兄さんとは違うんだから──」

「そうは思えないね。まだ十分に耐えられそうじゃないか、玲熙。
 人間であるおまえが耐えられるのなら、本性が現れなくても仕方がないな」

 冷酷な微笑を唇に刻み、晴熙はそう告げた。

 その言葉の裏に秘められた意味を悟った玲熙は、目を見開き、あたかも血と闇に毒されているように見える兄を見つめた。

「これ以上……何をしようと……」

「さて、どうしようかな。
 犯され、傷つけられ、それでも正気を保っているおまえの精神力には敬服するよ。
 ──だが……これならばどうだ?」 

 恐怖の表情を浮かべる玲熙を見下ろした晴熙は、掌を上に向けてかざした。

 すると小さな鬼火が現れ、それはちろちろと燃えながら上に上っていくと、炎に囲まれた大きな鏡となった。

 それは、あたかも地獄の閻羅王の前にあり、生前のどんな善悪業も映し出すと言われる浄玻璃の鏡を思わせた。

 驚愕したように鏡を見つめる玲熙を満足したように眺めつつ、晴熙は掌を鏡に向けたまま念を放った。

 すると、何も映し出していなかった鏡の表面が、さざ波のように白く光ると、まるで映画のスクリーンのように像を結び始めた。

 そこに映っていたのは、沖月島と本土を結ぶ鬼ヶ浦大橋を見下ろすような光景だった。
 あたかも空中撮影のようにも見え、そして沖月島方面からは、濃紺の車が走ってきている。

「よく見ているんだな。鬼の力というものが、どれほどのものなのか」

 くつくつと笑いながら、晴熙は玲熙の白い首筋に口づけた。

 その瞬間、玲熙の見ている前で、橋が轟音を上げて砕け散った。
 ダイナマイトに吹き飛ばされたかのように、コンクリートと鉄筋が空中に跳ね上がる。

「……まずは手始め。
 これで、沖月島から外界への逃げ道は閉ざされたことになる。
 絶海の孤島となったこの島で、どれだけの人間が、明日の朝まで生き残ることができるか楽しみだな。
 作り物の映画より、よっぽど面白い見せ物だろう?」

 鏡の中では、ぎりぎりで橋の上に止まることができた車から、二人の人物が降り立った。

「──おや、なかなか運転手の方は良い腕をしていたようだな。
 さすがは我が一族を壊滅に追いやった者の末裔だ、なかなかしぶとい。
 では、まずはあの二人を我が生贄としようか」