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舞の刻



<7>



 広い体育館に集まった2年D組は、男子と女子がそれぞれ分かれてバスケットボールの試合をすることになった。

「今日は最初の授業だから、まあ気楽にやってくれ。
 ただし、くれぐれも怪我だけはしないように注意すること。
 男女とも、それぞれ5人ずつ4チームに分かれる。
 誰がどこのチームになるかは、この名簿に書いてあるから、各自これを見て分かれること」

 体育教師の山本が名簿をホワイトボードに貼ると、生徒たちがどっと詰めかけた。

「うわーお、見事にバラバラになっちまったな。
 正志はAチーム、俺はCで、丞はDチームだって。
 山本の奴、さては図ったな」

 教師の悪口をぶつぶつと言い募る融に、丞はにやにやと笑いながら15センチは低い赤茶色の髪をぽんぽんと叩いた。

「A対B、C対Dなんだろう? まあお互い運が悪かったってわけだ。
 おまえも、俺にダンク決められちゃ、まずいだろう?」

「俺の他は素人ばっかだからなあ、うちのチームは。
 丞のチームは、隠岐宮、金安、田中、渡辺かあ」

 途端に苦い表情になった融は、「まずい、まずい」と連呼しはじめた。

「他の3人、特に玲熙を苛めてた奴らばっかなんだ。
 山本の奴、もう少し考えてチーム分けをしてくれよな」

 丞がその3人を眺めると、彼らは集まって何やら相談している。
 玲熙を見れば、ただ1人群衆を離れてぽつんと立っていた。

 その美しい顔に表情はなく、男女ともに同じ体操服を着た姿は驚くほど華奢だった。
 長い黒髪は後ろで一つにまとめられており、微かにうつむいた姿は、今にも消えてしまいそうなほど儚げに見えた。

「こうなったら、あんただけが頼りだ。
 頼むから、玲熙をこれ以上孤立させないでくれ。
 あの3人、絶対玲熙を無視するに決まってる。
 もしかしたら、何か仕掛けてくるかもしれないし……。
 俺もできるだけ努力はするけどさ」

 少し離れた所に丞を呼び寄せ、融は真剣な顔をしてそう言った。
 そのあまりに真摯な眼差しを見て、丞は微かに唇をつり上げた。

「おまえがフォローしてどうするんだ?
 それこそチームの奴らに恨まれるだけだろう。
 心配するな、何とかなるだろう」

 その時、笛の音が聞こえ、最初の試合が始まった。


「ああ、まいった、まいった。やはりインテリの僕には、ああいう野蛮なスポーツは向かないね」

 額から流れ落ちる汗をぬぐいながら正志が戻ってくると、融がけらけらと笑いながらタオルを放り投げた。

「負け惜しみ言うなよ、情けねえなあ。
 新見ごときにしてやられてどうすんだよ、おまえ。
 思いっきり逃げ腰じゃねえか。
 今度俺が特訓してやるから、放課後残ってろ!」

 いつも正志に馬鹿にされている融は、それ見たことかと言わんばかりに胸を張った。
 優等生の正志よりも得意な事があるということが、この上なく嬉しかったらしい。

 それを見て丞が笑うと、眼鏡に付いた汗を拭きながら、正志が憮然を言った。

「このアホに何とか言ってくれよ。僕が失敗すると、いつもこうなんだからね」

「あーら、それはお互い様ってもんじゃない?
 あんただって、あたしがいつも赤点取るたびに、馬鹿にするじゃないのさ」

 けけけ……と奇妙な笑いを上げた融を、正志がじろりと睨む。

 女子の試合を見ながら、丞はそのいつ終わるともしれない不毛な口論を聞いていた。

──それにしても、融にはああ言ったが、どうしたものかな。

 実際のところ、女子の試合など見てはいないのだが、考え事に没頭するには丁度良かった。
 ちらりと玲熙の方を見やると、相変わらず凍った表情のまま、1人で観覧席に座っている。

 その瞳は何も映していないようであり、何を考えているのかは検討もつかなかった。

──隠岐宮玲熙にやる気がなければ、いくら考えたところで無駄だしな。

 さりげなく観察してみると、隠岐宮玲熙がクラスメイトから完全に無視をされているわけではないことが判った。
 古典を質問しにきた男子生徒には丁寧に教えているようであったし、時々は前の席に座っている女子生徒とも言葉を交わす。

 しかしいつも玲熙の顔には表情がなく、全てを拒絶しているような雰囲気が漂っていた。

 軽くため息をついた丞は、試合の残り時間を見て顔をしかめた。
 ハーフゲームであるため、あと残り1分しかない。

 何の打開策も見いだせないまま、ついに丞のチームに試合の順番が回ってきた。

 男子のCチームとDチームの試合が始まるとなった瞬間、体育館は異様な緊張と興奮に満ちた。
 竜桜学園バスケ部エースである滝沢融と、彼が散々に宣伝しまくった峰月丞が出場するからである。
 女子からは黄色い声援が送られ、体育の授業とは思えないほど、生徒たちは興奮していた。
 カメラやビデオを持っている女子生徒までいる。

「授業だからって手抜きすんなよ、丞。俺はマジでやるからな」

 融がびしっと宣戦布告をする。途端に観客がどよめいた。

「お手柔らかに。本気になるのはいいが、他の連中に怪我だけはさせるなよ」

 呆れ混じりに丞が言うと、融はふふんと鼻で笑った。

「うるさい。俺は今、最高に燃えているんだ。問答無用だぜ」

 からからと融が笑う。

 すると女子生徒の大きな歓声が聞こえてきた。

「頑張れー、峰月くーん!」

「トオルー! 負けるなあっ! 勝ったら昼飯おごるぞーっ!!」

 丞が女子の人気を独占するのが許せないのか、男子生徒はほとんどが融が応援に回っている。
 黄色い声と茶色い声の対決に聞こえた。

 Dチームの中では一番身長が高いという理由で、丞はジャンプボールに出さされた。

 ボールが宙に上がる。
 久しぶりの感覚に、丞の血がざわりと騒いだ。
 それが闘争心に火をつけたのか、何も考える間もなく、指がボールを弾いていた。

 最初にボールを取ったのは、丞のチームの渡辺だった。
 慣れないドリブルでゴールに向かうが、風のような素早さで融にカットされた。

「行くぞおーっ!!」

 丞が味方を怒鳴り、攻撃に移る。
 いち早く守備に回った丞は、ゴール下で融を待ち構えた。

 シュートを打とうとする融をブロックする。
 さすがに15センチの身長差は大きく、融は攻めあぐねていたが、一瞬の隙をついて丞を抜こうとした。
 しかし丞も易々とは抜かせない。

 すると、時間切れを気にした融が味方にパスを出す。
 その瞬間、丞の長い手がパスカットしていた。

「ちくしょう。みんな、戻れ!」

 舌打ちをした融が丞を追いかける。
 その足の速さは、丞も舌を巻くほどであった。