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舞の刻



<8>



 融が追いつかないうちに金安にパスを回した丞は、ちらりと玲熙の様子をうかがった。

 一応ボールの行方を目で追ってはいるものの、最初の位置からあまり動いてはいない。

 その様子を見て、丞は内心でため息をついた。

 ゲームは進み、金安からボールを受け取った田中が、何とかシュートを決めた。

 途端にどっと歓声が上がる。

 融は悔しそうにゴールを見つめ、丞の方ににじり寄ってきた。

「おい、丞! あんた、全然本気出してないだろ!!」

「……何でだ?」

「自分でもシュートできたのに、金安にパス回したじゃないか」

 融の言い分を聞いて眉を上げた丞は、呆れたように宙を仰いだ。

「玲熙を孤立させるなって言ったのは誰だ?
 俺がワンマンゲームをやったんじゃ、どうしようもないだろうが。
 それにあの場合、金安はノーマークだった。
 勝つためには当然の選択だぞ」

「玲熙だって、ノーマークだったじゃないか」

「──おまえね。言ってることが無茶苦茶だ。
 玲熙にはパスしろと言いながら、他の連中には回すなと言う。
 俺にはもっと本気を出せという。
 俺は、おまえの都合の良いようには動けないんだ」

 すると融はうつむき、ぼそりと謝った。

「ごめん。ちょっと悔しかっただけなんだ。もう口出ししないから、勝手にやってくれ」

「そうさせていただくよ。そら、早く味方を援護してやれ」

 走り去っていく融を見送り、丞は軽くため息をついた。

 実際に融の言うように本気を出していないのは確かであった。
 ただ突っ立っている玲熙の事を考えると、どうしても自分を抑制しなければ動けない。

 バスケ部の試合であれば動かない者などいないため、いくらでも本気になれるのだが、如何せん、今は授業の一環で行われているだけのことである。

 やる気のない者に無理強いはしたくない。
 それがただでさえ孤立している玲熙であればなおさらであった。

 考え事をしている間にもゲームは進んでおり、再び融がシュートを狙っていた。

 ゴール下をガードしつつ、ちらりと玲熙の方に視線を向けた丞は、一瞬視線がぶつかり注意力が融からそがれた。

 その隙をついて、融が綺麗にシュートを決める。

 観戦していた男子生徒からどっと歓声が上がる。
 やんや、やんやの大騒ぎである。

 我に返った丞は、どうにかなると甘く考えていた自分を叱咤した。

──まったく、俺もどうかしている。

 軽く首を振った丞は、責めるような融の視線に気づいた。

 試合が再開されると、金安の手にボールが渡った。
 金安はそのまま渡辺にパスをしようとしたが、融が腕を伸ばしてカットしようとした。

 ボールは融の指先に弾かれ、方向を変えて隠岐宮玲熙の方へと飛んでいった。

 玲熙は一瞬躊躇したようだったが、それでもボールを拾い上げた。

 と、その時、後ろからCチームの安藤が走り寄り、玲熙を突き飛ばした。

 玲熙が倒れた途端、笛が鋭い音で鳴る。

「おい、大丈夫か?」

 丞が低く問うと、丞を見上げていた玲熙の瞳が戸惑いに揺れた。

「フリースローだ。できるな?」

 玲熙ははっと目を見開いたが、やがてボールを見つめて頷いた。

 玲熙がフリースローを二本とも綺麗に決めると、観客は異様などよめきに満ちた。

 何か不思議な幻でも見たような、驚嘆の響きがあった。

 融が感極まったような顔で玲熙を見つめ、そして丞にウインクを送ってきた。

 試合はDチームがリードしたままで進んだが、残り5分で融がスリーポイントシュートを決め、Cチームが逆転した。

 渡辺からパスを受け、丞は初めて自分からドリブルをしてゴール下に迫った。
 途端に女子生徒の間から歓声がわき起こる。

 緊張した面持ちでゴール下をディフェンスしている融の顔を見て、丞の顔に不敵な微笑が刻まれた。

 ジャンプした瞬間、必死で止めようとする融が見えた。
 丞は空中で身体をねじると、そのままボールをゴールに押し込む。

 凄まじい音が体育館に響き渡り、ゴールがゆらゆらと揺れた。

 束の間、体育館がしんと静まりかえった。
 その瞬間を見ていた者は一様にぽかんと口を開け、揺れるボールを呆然と眺めていた。

 そして一拍後、体育館は女子の甲高い絶叫で満ちあふれた。

「きゃあああっ! すっごーい!!」

「かっこよすぎるーっ!!」

 抱き合って喜ぶ彼女たちを横目で見ていた正志は、「獅子奮迅」とぼそりと呟くと、知らず握りしめていた自分の拳を見て苦笑した。

「さすがだね。見事に跳ね飛ばされちまった」

 吹っ飛んだ勢いで打ち付けた腰をさすりながら、融は嬉しそうに言った。

「借りは返したからな」

 丞がそう言うと、融はにやりと笑ってウインクをした。

「じゃあ、次は俺が必殺技を見せてやるよ」

 そう言って、融は中断した試合に戻っていく。
 その言葉にわずかに首を傾げた丞は、融にパスが回されるのを見て、思わず叫んだ。

「速攻だ、戻れ! 追いつけなくなるぞ!!」

 融のスピードはそれまでにないほど速く、丞でさえ追いつくのがやっとであった。

 丞が前方に回り込んだ途端、融は後方に一歩飛び退き、そのままシュートする。

 しまったと思い、丞はカットするためにジャンプした。

 スリーポイントラインのかなり後方からシュートを決めるという荒技をやってのけた融は、意気揚々と丞の肩を叩いた。

「どんなもんだい。一気に逆転しただろう?」

 汗だくの顔で笑った融を見下ろし、丞はゆっくりと微笑を浮かべた。

「ああ、確かに」

「竜桜学園も捨てたもんじゃないだろう? どう、バスケ部に入部する気になった?」

「それとこれとは話は別だ。まだ試合は終わってないぞ」

「うーん、負けず嫌いだねえ。結構、残り1分半だぜ」

「1分あれば十分だ」