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舞の刻



<9>



 お祭り騒ぎになっている外野をみながら、融は愛想良く手を振った。

 女子半分と男子全員がそれに応じる。

 試合が再開され、ボールを受け取った瞬間に丞はドリブルで前進した。

 しかし融のディフェンスが厳しく、先ほどのように簡単にはシュートが打てない。
 玲熙以外の味方もそれぞれマークされており、彼らが動ける状況ではなかった。

 そんな中、玲熙だけがノーマークでコートに立っている。

 それを見とった丞は、迷わず完璧なパスを回していた。

 玲熙は丞の視線を見返すと、まるで流れるようなドリブルを開始した。

 観衆は唖然といたように、ため息のような声を漏らしていた。

 玲熙にボールが渡った瞬間、融の注意が丞からそれた。
 その好きを見過ごさずにすり抜けた丞は、ゴールに迫った玲熙のフォローに走った。

 その時、思わぬ事が起こった。

 ゴール下にいた4人のうち、2人が玲熙のブロックに入る。
 しかし味方であるはずの田中と金安は後方に戻ってしまい、そこから動こうとはしなかった。

「隠岐宮、こっちだ」

 丞は玲熙に声をかけ、ボールを受け取る。
 そして玲熙が2人の障壁をすり抜けた所で、再びパスを渡した。

 音もなくジャンプをした玲熙は、空中でボールを受け取り、そのままゴールにふわりと投じた。

 それは一連の舞を見ているような優美な動作であり、パスを渡した丞ですら呆然と見つめるしかなかった。

「──アリウープ……」

 融が呻くように漏らし、唖然とした顔で幼馴染みを見つめていた。

 その時、試合終了を告げる笛が鳴った。

 瞬間、金縛りが解けたかのように、クラス全員が歓声を上げた。
 たかが体育の授業で、これほど凄い技が競われるとは、誰も予想していなかったのだ。

 教師の山本ですら、笛を吹き終わるとしばらく呆然としていた。

「すごいじゃないか、玲熙! いつの間にあんな技を習得してたんだよ!!」

 チームが負けたとはいえ、一番喜んでいたのは融であった。

 疎遠になっていた幼馴染みに飛びつき、1人で飛び跳ねている。
 玲熙も戸惑ってはいるようだったが、少し嬉しそうな表情を浮かべていた。

 観覧席に戻った丞は、タオルを正志から受け取ると、流れ落ちてくる汗をふいた。

「おつかれさん。この中で君の苦労を知っているのは、多分、僕だけだろうね。
 融が無茶を言うから、かなり神経を使っただろう?」

 正志がねぎらいの言葉をかけてくると、丞は唇の片端を上げて笑った。

「まったくだ。これほど胃が痛くなる試合は初めてだぞ。
 ……もっとも、隠岐宮玲熙があそこまでやるとは、俺が一番信じられなかったんだが」

「一世一代の見せ物かもしれないな。
 何せ、あいつはみんなが無視しようとしていた奴なんだ。
 ただでさえ人目を惹いてやまない容姿なのに、あんなのを見せつけられた日には、さすがにみんな黙ってられないよ」

 感心したような正志の言葉に、丞は苦笑を漏らした。

 そして玲熙の方を見やると、彼はつきまとう融を振りきり、体育館から出て行く所だった。

「おやおや、トオル君はふられてしまったようですねえ」

 正志は茶化したように言ったが、不意に目つきが真剣になり、深刻な口調で告げた。

「あの4人には気を付けた方がいいかもな。
 奴らが共謀して隠岐宮を邪魔しようとしたのは、みんな気づいてる。
 恥をかかされた逆恨みで、馬鹿な事をしでかさなきゃいいが。
 お坊ちゃんたちは妙にプライドが高いからねえ」

 正志の心配を、丞は本気にはできなかった。

「まさか、そこまで……」

「ちっちっち、甘いよ、ワトソン君。杞憂だとは思わない方がいい。

 奴らとのつきあいは僕の方が長いんだ。
 中学からずっと一緒だったんだからね。
 隠岐宮に対する態度が今更変わるはずもない。

 それほど根が深いんだよ、彼らのいじめは。
 実際のところ、隠岐宮が何かをしでかしたわけでもないし、例の殺人事件にしても誰が犯人なのか結局判らずじまいでいるんだ。

 隠岐宮が関係しているのかどうかは、彼自身にしか判らない。
 でもね、彼が何も言わなかったために、疑惑はどんどん膨らんでいったんだよ」

 舌を鳴らし、人差し指を振りながら正志はそう言った。
 そして体育館の高い天井を見上げ、大きく鼻を鳴らした。

「──結局、隠岐宮がいじめられたのは、みんなの不安の裏返しさ。
 誰かのせいにしてしまえば、気が楽だからね。
 自分がいじめられる心配もない。

 彼は都合の良いスケープゴートなんだ。
 抵抗もしなけりゃ、文句も言わない。だけど、今日の彼は違った。

 これは否応無しに荒れるだろうね。
 その辺の事を、融はまったく気がついちゃいない。
 クラスが荒れてさらに辛い思いをするのは、やっぱり隠岐宮なんだからね」

 その話を聞いて、丞は思わず眉間を押さえていた。

「そこまで判っているなら、おまえも何か打開策を考えればいいだろうが。
 学級委員長なんだろう?」

 すると正志は乾いた笑いを漏らした。

「──僕が? できるわけないだろう、そんなこと。
 隠岐宮玲熙いじめを最初に命じたのは、桜坂の連中だよ。
 僕の父親は桜坂系だからね。
 とてもじゃないが、逆らう気にはなれない。

 やり方が汚いとは思うけど、逆らうリスクを考えると、良心を閉じこめるしかない。
 僕は正義のヒーローにはなれないよ」

 丞は訝しげに片眉をつり上げた。

「ああ、この学園は桜坂家に牛耳られているんだったな。
 ──それにしても、このゲームのせいで隠岐宮がいじめられたら、俺はその片棒を担いだことになるな」

 やりきれない気分で丞が呟くと、正志は眼鏡をふきながら答えた。

「まあ、そういうことになるかな。
 多分、パスを渡したのが融や僕だったら、隠岐宮は受け取らなかっただろうね。
 その後、どうなるか嫌ってほど判っているだろうから。

 だから、僕も最初は彼が動くとは思わなかったんだ。
 何が彼をその気にさせたのかは判らないけど、ともあれ、相手が君だったから動いたのは間違いないな」

 正志の言葉は、丞の心を重くするばかりであった。

 深刻なため息をついた丞は、玲熙が出ていった出口を見つめた。

 融が帰ってこない。

 どうやら玲熙を追いかけていったようだった。