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舞の贄



<10>



 アルラウドは深く鮮やかな蒼瞳を丞に向けると、見せつけるようにリーファンの黒髪を指でさらりと梳き上げた。

「いいじゃないか、似合っているんだから。
 それに、おまえの大事なレイキ・オキミヤも、能を舞う時、女の装束を纏うんだろう?
 同じようなものじゃないか」

「玲熙のあれは、日本の古典芸能というやつだ。
 おまえのはサディスティックな趣味だろうが。次元が違う話だぞ。
 それから、玲熙は俺の友人だ──変な誤解はするなよ」

 丞が不機嫌そうに言うと、アルラウドは怪訝そうに片眉をつり上げた。

「……誤解ねえ。
 レイキのナイトとも呼ばれているおまえが、ただの友人だって?
 そんな事、素直に信じろと言う方が無理だろう。
 今まで誰にも執着したことのないおまえが、レイキのために傷ついてまで守ろうとしたそうじゃないか。
 ──この話を聞いた時、俺がどれほど驚いたと思う?」

 アルラウドは丞を見上げると、形の良い唇に魅惑的な微笑みを浮かべた。

 淡い陽光のようなプラチナブロンド、深く澄み渡った明るい海色の双眸、ギリシャ彫刻の若き神のように美しく整った容姿──。

 しかし、誰もが賞賛せずにはいられないアポロンのごときアルラウドの瞳の奥には、底知れぬほどに暗い冥府のような闇があった。

 その魂の内に闇を抱え込んでいるアルラウドを見つめ、丞はわずかに眉根を寄せると、重々しいため息をもらした。

「──いいか、アル。
 俺が聞きたいのは、何故死んだはずのおまえがここにいるかってことだ。
 3年前、俺はおまえの葬式にまで出席したんだぞ。
 俺の目の前でおまえのマンションは爆発し、おまえはそれに巻き込まれたはずだ。
 ジェイルに、焼け焦げたおまえの死体も見せてもらった。
 この3年間、俺はおまえが死んだものとずっと思い込んでいたんだぞ。
 ……生きていたなら、どうして連絡してこなかった?」

 断罪するかのように厳しい口調の丞を見つめ、アルラウドはくすりと唇を綻ばせた。

「少しは悲しんでくれたのか、タスク?」

「──ショックだったのは確かだな。
 おまえは、殺しても死なない類の人間だと思っていたから」

 丞が広い肩をすくめると、アルラウドは落胆したようにため息をついた。

「……ショックねえ。
 俺としては、もう少し感動的な再会になると思っていたんだが。
 それなのに、おまえときたら、まるでモンスターでも見るような目で俺を見る。
 ──俺は、おまえに会いたかったよ、タスク。
 俺に服従せず、対等に渡り合えた数少ない人間の一人……だが、同い年というのはおまえだけだ」

 アルラウドは、体重を感じさせない優雅な物腰で立ち上がると、彼以上に上背のある丞の首に両腕を巻き付けた。

 疑わしげに琥珀の双眸を細めた丞に、アルラウドは艶やかですらある微笑を向けると、うなじを引き寄せるようにして顔を伏せた。

 小さくため息をつき、常に尊大な彼には似合わぬほど、アルラウドは力ない口調で低く呟いた。

「……おまえが驚くのも無理はないんだ。
 俺はあの爆発に巻き込まれて助かりはしたが、しばらくは動くこともできなかった。
 親父が心配して、イギリスの実家に戻っている母親に俺を預け、厳戒な警備で俺の身辺をガードさせていたからな」

 丞の首筋に触れそうなほどに唇を寄せ、アルラウドは囁くようにそう説明しながら、自嘲気味に笑った。

「ついでに、俺はしばらくの間記憶というものを失っていた。
 いつも不安に苛まれて、誰も信じることができなかった。
 母親は、まるで俺に感心を持たない気位だけが高い女だからな。
 記憶が戻った時、俺が最初に思い出したのはおまえの顔だった。
 だからこそ……俺は、この日本に来たんだ」

 傲慢な暴君の仮面を自ら剥ぎ取り、本心をさらけ出して見せるかのように感情露わな声で、アルラウドは語った。

 身じろぎもせずに立っていた丞は、視線の端に驚愕したように目を見張っているリーファンを認めると、ゆっくりとした動作でアルラウドの腕を解いた。

「おまえを疑って悪かった、アルラウド。
 事情も知らずに、俺は勝手な事を言ったようだな」

 わずかに表情を和らげ、丞がそう謝ると、アルラウドは軽く肩をすくめた。

「──ふん、おまえは相変わらずつれない。
 この俺が抱きついてやっているんだから、もう少し嬉しそうな反応をしたらどうだ?
 まあ、いい……俺が何かを企んでここに来たんじゃないと判ってくれたならな」

 何が気に入らないのか憮然とした表情になったアルラウドは、しかしすぐに明るく、快活な笑い声を立てた。

「だが、たまには、こんな辺鄙な場所で大人しく過ごすのも悪くはないな。
 どうせ帰ったら騒がしくなる。
 欲深な人間どもに取り囲まれているのは、正直、うんざりしていたところだ。
 おまえがどんな生活をしているのか、それを見てから帰っても遅くはない」

 アルラウドはリビングに面した大きな窓に歩み寄ると、水平線の向こうに落ちてゆく夕陽を見つめた。

 朱色に染まった海の面が、きらきらと眩く輝いている。

 照り返しを受け、金色に輝いてさえ見えるアルラウドの秀麗な横顔を見つめていた丞は、微かに憂えるような翳りがその表情にあるように感じた。

「──そうだ、今夜、ディナーを一緒にどうだ?」

 視線を感じたのか、アルラウドは微笑を湛えながら振り返り、丞にそう提案した。

「悪い話じゃないが、今日は無理だ。
 これから家に帰って、夕飯を作らないといけないからな」

 苦笑した丞に、アルラウドは訝しげに眉根を寄せ、首を傾げた。

「──夕飯? おまえが?」

「ああ、そういう訳だから、今日は帰る。
 まあ、ホテルの飯に飽きたら、うちに寄ってくれ。
 夕飯ぐらいは食わせてやるから」

「夕飯……おまえが料理ねえ。
 それを聞いたら、卒倒するやつがどれだけいることか」

 呆れたようなアルラウドに、丞は片目をつぶって見せた。

「いつまでも遊んではいられないってことだ──じゃあな」

 部屋を出ていった丞を見送った後、アルラウドは再び首を傾げた。

「──あのタスクが夕飯の準備? 悪夢としか思えんな」

 ソファに身を沈めたアルラウドは、空になったグラスに再びテキーラを注がせると、思考を巡らせながらグラスに首をつけた。

 あたかも一幅の絵のようにさえ見える秀麗な主人を、リーファンは沈黙したまま見守っていた。

 淡々と時が流れ、全ての時間が静止してしまったかのような気分に陥りそうになった時、アルラウドが不意にリーファンの細い手首をつかんだ。

 はっとした時には強引にソファに引き倒され、深いスリットの入ったドレスの中に手を差し込まれていた。

「……あっ…あ、ああっ……し…みる──おやめください……アルラウド様!」

 時間をかけて嬲られ、惨いほどに充血した後花に、レモンの果汁と塩で濡れた指を強引に突き込まれる。

 その痛みに涙を浮かべ、悲鳴を上げた美しい少年に、アルラウドは悪魔のごとき魅惑的な冷笑を向けた。

「やめろ? ──じゃあ、これは何だ?」

 淫らに花開いた秘蕾を2本の指で犯しながら、アルラウドは幼さの残る男の証を掌の中にで強く締めつけた。

「──ひいいぃっ……いた…痛い──あ…どうか……おゆるしを──」

「リーファン……おまえ、タスクを見て、どう思った?」

 美しいシルクのチャイナドレスを無造作に引き裂きながら、アルラウドは残酷な笑みを含ませた低い声でそう訊ねた。

 リーファンは驚いたように、アルラウドよりも深く暗い色味を帯びた瞳を見開いた。