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舞の贄



<14>



 アルラウド・ローウェルと再会した翌朝、丞は朝食の席で、父親の司から東京出張の話を聞かされた。

「──それで、一週間ぐらいは東京に残らなきゃいけないみたいなんだ。
 峰月の本家からも呼び出しをくらっちゃってるから、どうしても帰れそうにないんだよね」

 地元沖月島で採れたアジの開きを箸で突っつきながら、司はさも嫌そうに言った。

「本家が父さんに何の用なんだ? 例の副業の話?」

 司は大手建設会社に勤務するサラリーマンであり、一応一級建築士であったが、先祖代々続く峰月家の伝統として「陰陽師」という奇妙な肩書きも所有していた。

 本業の方はさっぱり出世街道から外れてしまっていたが、陰陽師としては優秀らしく、実際は本業よりも副業の方が収入が多いらしい。

 これは、沖月島を震撼させた連続殺人事件の後、つい最近になって司から知らされた事実であった。

 問い返した息子の秀麗な顔を見返し、司は両手で頬杖をついてため息をついた。

「……かもねえ。まあ、仕事なんだから仕方がないし、出張自体はどうでもいいんだ。
 でも、僕としては、一週間もの間、丞と離れるのは何だか心配なんだよ」

 日常生活において、うすらぼんやり、おっちょこちょいという形容詞が見事に当てはまる司にそう言われ、丞は思わず顔を引きつらせた。

「陰陽師としては非常に優秀だし、もの凄く頼りになるんだけど、普段の生活ではかなり天然ボケが入ってるのよね、司ちゃんって」

 とは、丞の従姉の峰月冴夜子の言葉である。

 年齢不詳ともいえる童顔のせいか、ぱっと見ではまだ大学生に見えなくもない司は、野性味溢れる美丈夫の丞とは絶対に親子に見られない上、下手をすると丞の方が兄扱いされることもあった。

 性格もいたって穏やかで、のほほんとしており、いつも人からからかわれる存在である。

 冴夜子に言われるまでもなく、物心ついた頃から、丞は父親のことがいつも危なっかしく見えて仕方がなかった。

「父さんに心配されるような事、今のところはまだ何もしてないぞ」

 苦笑した丞に、司はこぼれそうなほど大きな目を向けた。

「うん、判ってる。でもさ、玲熙君の事になると、おまえは見境がなくなるからね」

 目の前で一度息絶えた息子の姿を思い出し、司は双眸を伏せた。

 胸をえぐられるような苦しみと悲しみを覚えている司は、深いため息をつく。

 ──丞が出会ってしまった、美しい隠岐宮玲熙という存在。

 敵対していた隠岐宮家と峰月家の血が、呼び合ってしまったのだろうか。

 古くからの因果は巡り、運命は再び二つの一族を対決させ、動きだそうとしている。

 何かが大きく変わっていくような予感が、司の心を不安にさせていた。

 知らず、司はもう一度大きな嘆息をもらしていた。

 司が重い足取りで会社に出かけていった後、丞は椅子に座ったまま考え込んだ。

 玲熙を取り巻いていた事件はとりあえず解決したが、犯人である隠岐宮晴熙は逃亡したままである。

 再び自分たちの前に現れる事を畏れて、司はあれほど心配しているのだろう。

「だが──悩んだところで、どうなるものでもないしな」

 独りごちた丞は、壁に掛けられた時計を見上げると、自分も登校しなければならないことを思い出した。

 強引に頭から憂いを振り払い、思考を切り替える。

 しかし、それでも頭の隅では、逃亡した晴熙の事がいつまでも引っかかっていた。



 いつもの時間にバスに乗り込むと、後方の座席シートに融と玲熙が乗っていた。

「──玲熙、今日からバス通学にしたのか?」

「うん。要は不満そうだったけど、志熙さんがいいだろうって言ってくれたからね」

 2人の後ろに乗り込んだ丞に、玲熙は笑って説明した。

 昨日の要の姿を思い出した丞は苦笑し、問い返した。

「志熙さんというのは、今度宮司になるっていう人なんだろう?」

「血筋的には、僕の又従兄弟になるらしいんだけどね。
 鬼塚森神社の宮司として招いたんだけど、実際は一族の束ね役になるんだろうな。
 僕はまだ修業が全然足りないから宮司にはなれないし、隠岐宮家の当主になれるような教育も受けてない。
 でも、志熙さんの事は、お父さんも認めているみたい。
 彼に教えを請うようにって、昨日、お父さんからも要からも言われたから」

 悲しげな微笑を浮かべる玲熙を見て、慌てたように融が話しかけた。

「で、その人っていい人? 怖くない?」

「怖くはないんだけど、何だか僕は圧倒されちゃったな。
 要より一つ年下らしいんだけど、もっと大人に見えるし、冷静に見えた。
 でも要とは仲が良いって言ってたし、信頼できる人なんだと思うよ」

 考えながら答えている玲熙とは対照的に、融は奇妙な悲鳴じみた声を上げた。

「うっひょぉ〜! あの要さんより冷静な人間なんて、この世に存在するの?
 丞もそう思わない?」

「……確かに、ちょっと想像するのは難しいな」

 互いにうなずきあう2人を見て、玲熙は軽やかな笑い声を上げた。

「そんな事ないよ。実際に志熙さんに会ってみれば判ると思う。
 何て言うか、飄々とした風みたいなんだけど、すごく落ち着いていて、決して理性や感情が揺らがないって感じかな。
 きっと、宮司というのは、彼のような人でなければ務められないんだと思う」

「そうなの?」

 きょとんとした顔で融が聞き返す。

「そうだよ、宮司というのは神、つまり森羅万象を相手に対話する者だからね。
 その精神は空にして不動でなければならないって、お父さんが前に言ってた」

「……難しくてよく判んないけど、とにかく凄い人なんだな。
 なんだか、おっかなそうだ」

 融が首をすくめるのを見て、玲熙は淡く微笑んだ。

 そのうち、バスは竜桜学園前に停車した。

 バスから降りた3人は、校門の前に、奇妙な人だかりができているのに気づいた。

「……何だあ?」

 融が怪訝そうな声を上げると、玲熙も不思議そうに首を傾げる。

 しかし丞は、その人だかりの中心に、プラチナブロンドがきらめいているのを認め、思わず顔をしかめていた。

 昨日旧交を温めたものの、突然辺鄙な沖月島に現れたアルラウドの存在は、丞の警戒心を完全に解くには至っていない。

 すぐには心を許せないほど、丞はアルラウドの暗い一面を知りすぎていた。

 険しさを増した丞の視線に気づいたのか、高等部の女子生徒に取り巻かれていたアルラウドが振り返った。

 そして、丞を見て視線を止めると、挨拶するように軽く片手を挙げて見せる。

「あ、あれが例の留学生ってやつ?」

 好奇心丸出しの視線を送った融が、感心したように声を上げていた。

 アルラウドは悠然とした足どりで、丞の方へと歩み寄ってきた。

 自然に囲みが解かれ、皆一様にアルラウドの典雅な姿に目を奪われているようだった。

「おはよう、タスク」

 丞の隣に玲熙と融がいることを認めたアルラウドは、無邪気に見えるような微笑みを浮かべ、訛のほとんど感じられない綺麗な日本語で話しかけてきた。