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舞の贄



<15>



「おまえの周りは、相変わらず凄い騒ぎだな」

 苦笑を浮かべた丞を見返し、アルラウドは軽く肩をすくめ、穏和にさえ見える微笑を見せた。

「物珍しがられているだけだろう。
 おまえだって、人の事は言えないんじゃないのか?」

「ロシア人とのハーフだから? 残念ながら、ロシア語は全く話せた試しがないがな」

「あんな後進国の言葉なんて、必要ない。
 それより、タスク──おまえの友達を紹介してくれないのか?」

 そう言ったアルラウドの紺碧の双眸がきらりと光り、玲熙と融へと視線を移した。

 アルラウドは、融の顔はほとんど通り過ぎるように一瞥しただけだったが、玲熙の顔はまじまじと長い間眺めていた。

 その無遠慮な、全てを見抜こうとするかのような視線に居心地の悪さを感じた玲熙は、困惑したように視線を地面に向けた。

 アルラウドの不躾な視線に気づいていた丞は、彼の注意を逸らすように、融を先に紹介した。

「こっちが滝沢融。俺のクラスメイトで、沖月島に住んでる。
 一応、バスケ部のエースらしい」

「一応ってのは何だよ」

 丞の紹介に思わずむくれた融を、アルラウドはさほど興味なさそうに見下ろしたが、やがて唇をにやりとつり上げた。

「──ふーん、小猿みたいだな、おまえ」

「な、なんだってえっ!?」

 突然の暴言に融が両目をつり上げると、アルラウドは面白そうに笑った。

「ああ、怒ったのか? 怒ったら、ますます小猿に見えるぞ。
 俺の趣味からは外れるが──それでもまあ、さほどひどくはない顔だな」

「──黙れ、アルラウド」

 飛び上がらんばかりに怒り狂っている融を羽交い締めにした丞は、にやにやと笑っているアルラウドを鋭く睨みつけた。

「おや、俺としたことが。怒らせるつもりは無かったんだがね」

 しれっとした態度で言ってのけたアルラウドは、突然の成り行きに呆気にとられている玲熙にもう一度視線を向けた。

「──ということは、こちらの美人がレイキ・オキミヤか」

 一瞬、紺青の瞳に暗い光を煌めかせたアルラウドは、先ほどとは打って変わって、胸に片手を当てると、慇懃な態度で一礼した。

「はじめまして、レイキ・オキミヤ。
 私の名はアルラウド・ローウェル──あなたにお会いできて光栄です」

 あたかも欧州の貴族が、高貴な女性に対するような恭しい挨拶に、玲熙は困惑したように首を傾げたが、それでも精一杯の微笑みを浮かべてアルラウドに片手を差し出した。

「──はじめまして。
 あなたは丞の友達なんだって聞いています。
 丞の友達なら、僕もぜひ友達になりたいな。
 僕の事は玲熙と呼んでください──どうぞ、よろしく」

 アルラウドは玲熙を見返すと、鮮やかな南洋の双瞳を細め、はっとするほど艶やかに微笑んだ。

「嬉しい事を言ってくれる──では、俺のこともアルラウドと呼んでほしい。
 タスクや親しい者はアルと呼んでいるが、どちらでも」

 差し伸べられた玲熙の手を握ったアルラウドは、そのまま白い繊手を軽く引っ張ると、上体を屈して恭しく接吻した。

「──ああっ!!」

 丞に押さえ込まれ、ジタバタと暴れていた融が、奇声を発して凍りついた。

 丞もまた、アルラウドの罠にはまったことを悟る。

 そして、周囲を遠巻きに取り囲んでいた女子生徒の間からは、悲鳴のような黄色い声が飛び交った。

 予想外の出来事に驚愕していた玲熙は、ただ呆然としたまま、アルラウドの手を振り払うことすらできなかった。

 玲熙の抵抗がないのに気をよくしたアルラウドは、舌先で手の甲を舐め上げた。

 その瞬間、背筋を走るぞくりとした感触に戸惑った玲熙は、慌てて手を引っ込めた。

「──……アル、おまえ、俺をはめたな」

 腹立たしく思い、丞が睨みつけながらそう言うと、アルラウドはさもおかしげにくつくつと笑い出した。

「油断していたおまえが悪い。
 俺の性格は見越していたはずだろう?
 一度や二度死に損なったぐらいで、俺の性格が変わるとでも思っていたのか?」

 明るい声で笑うアルラウドに、丞は殺気のこもった視線を向けた。

「悪ふざけにも程がある──特に、この町ではだ」

「硬いことを言うなよ、タスク──いいじゃないか、楽しければ。
 そんなに怖い顔をするもんじゃない。
 レイキは怒ってなどいないさ。俺からの友情の証だからな」

 アルラウドはにこりと玲熙に微笑みかけた後、渋い顔をしている融を見下ろした。

「トオルはからかいやすそうだったから、ついね」

「……あんた、めっちゃくちゃ性格悪いね」

 完全に頭に来ていた融は、アルラウドの秀麗な顔を睨み上げた。

 それを見返したアルラウドは、不敵な微笑を唇に刻んだ。

「そう、よく言われる。だから、心した方がいいと忠告しておこう」

「──今度からそうする。ご忠告、感謝」

 ふんっと鼻を鳴らした融は、せせら笑うようなアルラウドを睨みつけ、そのままそっぽ向いた。

 融と不毛な会話を交わしているアルラウドに、丞は冷ややかな眼差しを向けた後、どうしてよいのか判らずにいる玲熙を見つめた。

「玲熙、後でよく手を洗っておけよ。
 こいつは、昔から毒気の塊だからな」

 見たことがないほど厳しい表情をしている丞を見上げ、玲熙は驚いたように目を瞠ると、特に変わりはない自分の手を見下ろした。

(──毒気って……)

 ふと何故か嬉しくなり、玲熙の唇に微笑みが広がった。

「何がおかしい?」

 不審げに眉をひそめた丞を見上げ、玲熙は慌ててかぶりを振ると、照れたように頬を赤らめて微笑んだ。

「何でもない──教室に入ったら、洗ってくるね」




 その朝の衝撃的なニュースは、あっという間に校内に広がった。

 幼稚舎から大学部まであるとはいえ、所詮は狭い竜桜学園である。

 複数の目撃者から始まった噂は、いつの間にか尾鰭背鰭が山ほどつき、凄まじいほど脚色が施された話へと成長していた。

「アルラウド・ローウェルが、あの隠岐宮玲熙に一目惚れをしたんだって」

「隠岐宮君にプロポーズしたらしいよ」

「その場に峰月君もいてね、昔から親友だった2人は、隠岐宮君を巡って大喧嘩になって、今度決闘するんだって」

「親友同士が同じ人を巡って争うなんて、ドラマチックじゃない?」

「でも、隠岐宮君って、男でしょ?」

「男でもいいじゃない、あんなに綺麗なんだもん、彼。
 その上、峰月君もアルラウドも、極めつけの美形だし〜。
 写真撮っといて、雑誌に投稿しようかなあ」

 ぺちゃくちゃと女子生徒のお喋りは留まることを知らず、ゴールデンウィーク明け早々、丞と玲熙は、再び学園中の注目を浴びることになったのであった。