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舞の贄



<16>



「まったく君たちは、よくもまあ、何やかんやと騒動を起こしてくれるな」

 女子生徒の噂話を嫌というほど聞かされた有馬正志が、放課後、丞にそう言った。

「全校の女子生徒たちの話題になっているんだぞ。
 僕も聞きたくもない噂話を、耳にタコができるほど聞かされたんだからな」

 大騒ぎをしていた女子生徒もさすがにいなくなった教室で、丞と融そして玲熙の三人組は、窓辺で疲れたような顔をして座り込んでいた。

「ちなみに、丞とアルラウド・ローウェルが決闘するっていうのが、今一番レアな噂だぞ」

 三人の近くに椅子を引っ張ってきて座った正志が、眼鏡を直しつつ、やや声をひそめながらそう言った。

「──どうして、そんな話ができあがったんだ?」

 呆れ果てたような丞の言葉に、生徒会の役員でもある正志は軽く肩をすくめてみせた。

「女の噂は怖いよな、まったく。
 つまり、丞と玲熙は、今や全校女子公認のカップルになりつつあるわけだ。
 そこにライバルとして登場したのが、あのアルラウドというわけさ。
 まあ転入早々、あれだけ派手な立ち回りをしたんだから、仕方がないと言えば仕方がないんだがね」

 正志の説明を聞き、融が引きつった笑みを浮かべた。

「俺、全面的に丞を応援しちゃう。
 あのイヂワルなアルラウドをやっつけてよね」

「バカ、誰が決闘なんぞするか。
 今朝のアルラウドに腹が立ったのは事実だがな。
 あいつの挑発に乗れば、アルラウドが喜ぶだけだ。
 ……まったく、好んで騒ぎの種を蒔きたがるヤツだから、困るんだ。
 あいつは昔っからトラブルメーカーだったよ」

 憮然としてため息をついた丞に、玲熙は心配そうな視線を向けた。

「ごめんね──また、僕のせいで迷惑をかけちゃって」

 感情がせめぎ合うように揺れる美しい漆黒の瞳を見返し、丞は軽く肩をすくめた。

「玲熙が謝るような事じゃない。
 悪いのは全部アルの方なんだからな。
 ──それと、ヤツの思惑を見抜けなかった俺のせいだ」

「そうそう、全部、ぜ〜んぶあいつのせい。
 玲熙は被害者なんだからな、謝る必要なんて、全然ないよ」

 アルラウドに「小猿」と呼ばれ、怒りの収まらない融は声高に言い放った。

「それより、ちゃんと手を洗ったか?
 タワシでしっかり擦っておいた方がいいかもよ。
 何てったって、あいつは毒気の塊なんだからさ」

 融にそう言われ、玲熙は困惑したようにうなずいた。

「──何で手を洗うんだ?」

 正志が不思議そうに訊ねると、融は拳を握りしめて立ち上がった。

「あ、あいつは、玲熙の手にキスしやがったんだよ! それも、いきなり!!」

「……ははあ、手にキスか。なるほどね、それが真実か」

 納得したように正志はうなずき、ちらりと皮肉っぽい眼差しで丞を見やった。

「キスについても、散々噂が飛び交っているようだけどな。
 やっぱり類は友を呼ぶのかねえ……目立たないと気が済まない性格なんだな、君のオトモダチは。
 にこにこと笑いながら、『大和撫子に一目惚れをした』と宣ったそうだぞ」

「ゲゲッ! 何て事を言いやがんだ、あいつ!
 そりゃ、玲熙は誰よりも綺麗だけど、あんなヤツにつきまとわれたら最悪だよ。
 類友でも何でもいいけど、責任もって、あいつから玲熙を守ってくれよ、丞」

「……責任って、どういう意味だ?」

 丞が怪訝そうな声を上げると、融はへらへらと笑いながら両手を上げた。

「姫を守るのはナイトの役目──そうだろ?
 ここは一つ、ビシっと決めて欲しいところだねえ。
 決闘に勝ったら、今度マックでおごるよ」

「だから……決闘はなしだって言っただろうが」

 嘆息をし、丞が不機嫌な声を上げると、不意に廊下の方から楽しげな笑い声が響いてきた。

 四人が同時にそちらに視線を向けると、そこには紛れもないアルラウド・ローウェルの姿があった。

「──ずいぶんと楽しそうだな。その話に、俺も混ぜてくれないか?」

 にこりと笑ったその顔は、悪意も欠片もない天使のような笑顔であったが、今朝の出来事を覚えている三人は十分すぎるほどに警戒感を強めた。

「──げ、アルラウド」

 心底嫌そうな顔をした融を見て、アルラウドはにやりと不敵な微笑を浮かべた。

「やあ、小猿君──元気にしているかね?」

 つかつかと歩み寄ってきたアルラウドは、そう言いながら、融の赤毛を片手で乱暴に掻き回した。

「ま〜た言ったなあ! 小猿って言ったなあ!!」

「そう聞こえたのなら、そう言ったんだろうな」

 嫌みなセリフを訛のない日本語で言ってのけるのが、また嫌みであった。

 ふるふると怒りに震えている融を、玲熙と正志が慌てたようになだめにかかる。

「やめろ、融──相手が悪すぎる」

「喧嘩して怪我でもしたら大変だよ、融。だから──ね、我慢しよう」

 顔を真っ赤にした融を見下ろし、楽しげに笑っているアルラウドを見上げ、丞は不機嫌そのものといった口調で訊ねた。

「それで? 何の用だ、アルラウド?」

「本当につれない態度だな、タスク。
 せっかく取り巻き連中から解放されたんだ。
 親友と心おきなく語り合いたいと思うのは、友達として当然だろう?」

「おまえのせいで、いろんな噂が飛び交っているんだ。
 この事態をどうしてくれるんだ?」

 丞の言葉を聞いた途端、アルラウドは声を上げて笑い出した。

 そして近くにある机に腰を下ろし、優雅に長い足を組んだ。

「ああ、それなら俺も聞いたぞ。
 なんでも、俺とおまえが決闘するらしいな──レイキを奪い合って」

「笑い事か、それが」

「笑い事にしかならないし、実際に面白いじゃないか。
 何だったら、実際にやってみるか、タスク?
 ピストルは日本では使えないから、剣でもいいが。
 どっちが勝つのか、賭けたら面白いぞ」

「……それで、勝者が得るものは?」

 うんざりして丞が義務的に問い返すと、アルラウドは嬉々とした様子で、驚いている玲熙に魅惑的なウィンクを送った。

「もちろん、レイキに愛を告白し、キスをする権利に決まってるだろう。
 みんな喜ぶだろうし、儲かるぞ。
 決闘場の入場料として千円とったとしても、全校生徒が集まれば百万以上の収益がでるだろう。
 ──まあ、ちょっとしたビジネスだな」

 その話を聞いた途端、融と正志の瞳が驚いたように見開かれ、互いに顔を見合わせた後、まじまじとアルラウドの秀麗な顔を見つめた。

「……性格は最悪だけど、あんた、頭はいいな」

「みんな暇にしているから、確かに面白いイベントになるかもしれない」

 2人の言葉を聞いたアルラウドは、端整な唇を鮮やかにつり上げた。

「当然だ。しかし、その言葉から察するに、おまえ達は賛成してくれるわけだな」

 アルラウドが喉の奥で笑うと、丞はその話題をうち切るように、机を軽く叩いた。