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舞の贄



<20>



 日頃は温厚な笑顔の下に隠されている丞の本性を、アルラウドは透かし見るように双眸を細め、悪戯を思いついた子供のような無邪気な笑みを浮かべた。

「──そうか。だが、タスク、もしレイキが俺の傍にいたいと言ったら?」

「……何だって?」

 訝しむように聞き返した丞を見つめ、アルラウドは憐れむように微笑んだ。

「いいか、タスク──俺は、欲しいものは手に入れる。
 俺自身の名に賭けて、必ずな」

 高貴な美貌に傲慢な笑みを湛えたアルラウドは、クリスタルのグラスを取り上げると、紺碧の双眸の前に掲げた。

 自信たっぷりに言い放ったアルラウドが、あっさりと踵を返してそのまま出ていくと、丞は思わず顔をしかめていた。

 アルラウドの言葉は、宣戦布告だったのかもしれない。

 玲熙を狩るべき獲物だと定めたなら、アルラウドはどんな方法を使ってでも、目的を達そうとするだろう。

(……危なくなったな。そう言えば、要さんから警告されていたんだった)

 ──玲熙にだけは、アルラウド・ローウェルを近づけるな。

 沖守要の言葉を遅ればせながら思い出し、丞は苦々しい思いで舌打ちをした。

 こうなる事はある程度予測できていたのだが、アルラウドが本気になったのならば、丞もまた本腰を入れて玲熙を守ってやらなければならないだろう。

(──だが、ヤツの言葉通り、もし玲熙がアルラウドに惹かれていったら?)

 そう考えた途端、先ほど感じた奇妙なほど荒々しい不快感が再び胸中に沸き起こり、丞は感情の暴走に歯止めをかけるように、琥珀に光る双眸を閉ざした。

 その時、頭の隅から乾いた笑い声が聞こえてきた。

(いい加減に素直になったらどうだ?
 己自身から目を逸らしていては、全ての真実は何も見えてはこぬぞ)

(……おまえに、お節介を焼く趣味があるとは思わなかったぞ、楚良)

 突如として割り込んできた思考に不意を突かれ、丞は眉間に深い皺を寄せていた。

(お節介というのは心外だ。
 我はそなたの内に宿っている、ゆえに、そなたの事は我が事同然に心配するのは当然であろう?
 ましてや主上や雪姫の血筋である玲熙が関わっている。
 我としても無関心ではおれぬのだよ)

(玲熙がそんなに心配なら、わざわざ俺に取り憑いていないで、玲熙に中に潜んでいればいいんじゃないのか?)

 無言で言葉を交わすうちに、徐々に冷静さを取り戻した丞であったが、つい皮肉の棘が散りばめられた言葉を投げかけていた。

(我はそなたを選び、そなたもまた我を選んだ──契約はなされ、絆は結ばれた。
 いまさら変更はきかぬのだよ、残念ながらな。
 玲熙を守ることは、我の役目であり、そなたの宿命だ。
 アルラウドは闇に冒されたモノだが、そなたには主上の力が宿っている。
 我は主上の影にすぎぬが、主上の意志を継ぐモノでもある。
 必要ならば戦え──そなたには牙も爪も力も備わっているのだから。
 欠けているのは、そなた自身の意志だけだ)

 窘めるような言葉を聞き、丞は深いため息をついた。

 精神的な疲労を感じて軽く首を振ると、くすくすと悪戯っぽい笑い声が響いてくる。

(どんなに悩んでも、いずれ土壇場で決断せねばならぬ時がくる。
 ──さて、もう一人、客人が来ているぞ。
 久方ぶりの邂逅だが、我は少し隠れて様子を見ていよう)

 楚良の言葉に怪訝なものを感じながらも、丞はうなずき返していた。

 砂浜に戻ろうと家の玄関から出た時、そこに先に出ていったはずのアルラウドが呆然とした様子で突っ立っていた。

「おい、どうした──アル?」

 声を掛けてアルラウドに近づいた丞は、そこに一人の男が立っていることに気づいた。

 その男の印象は、ただ白かった。

 アルビノかと見紛う純白の髪は腰に届くほど長く、しかしその双眸は夜の闇を思わせるほどに黒かった。

 身長は丞やアルラウドほどではなかったが、それでも175センチほどはあり、日本人男子の平均身長は上回っているだろう。

 そして、何よりも彼の不思議な印象を際だたせているのは、その痩身にまとった白い狩衣だった。

 常に気まぐれで傍若無人なアルラウドも、さすがにその見慣れぬ不可思議な雰囲気に呑まれてしまったのか、唖然として男の顔を見つめていた。

 彼の顔は、普段のアルラウドならば絶対に見逃すはずがないほど秀麗であり、中性的でありながら凛々しく典雅な顔立ちであった。

「──失礼ですが、あなたは?」

 丞がそう訊ねると、その純白の男はアルラウドに向けていた漆黒の視線を逸らし、丞の顔を静かに見つめた。

 一瞬、驚いたように双眸を瞠り、彼は──榊志熙は、淡々とした声音で呟いた。

「そうか……君が、峰月丞なのか」

 丞は肯定するようにうなずくと、確認するように問いかけた。

「俺を知っているという事は、あなたが志熙さんですね?
 鬼塚森神社の新しい宮司になったという……」

 丞に名前を呼びかけられ、志熙はふっと唇に淡い微笑を刻んだ。

「そう、私が玲熙の後見人に加わる事になった、榊志熙だよ。
 玲熙がいつもお世話になっているようだね」

 まさに風のようなという形容詞が相応しいほど、志熙の声は静かだった。

 ようやく我に返ったのか、アルラウドが怪訝そうに蒼瞳を眇め、鋭い眼差しで志熙を観察している。

「いつも世話になっているのは、俺の方ですよ。
 それで志熙さん──俺に何か御用でしたか?」

「なに、ちょっとご挨拶にうかがったまでだ。
 これからは君とも出会う機会も多くなろうから。
 ──ところで、こちらの方は、君のご友人なのかな?」

 淡い微笑の刻まれた謎めいた顔で、志熙はアルラウドをもう一度見やった。

(──この人も、相当の狸らしいな)

 アルラウドに関する報告は要から受けており、警告もされていることは、丞にもすぐに察しがついた。

 しかし知らん顔をしているということは、おそらく丞やアルラウドを直接見定めに来たということだろう。

「ええ、俺のアメリカ時代の友人で、名前をアルラウド・ローウェルと言います。
 アルラウド、こちらは鬼塚森神社の神官で、玲熙の親戚にあたる方だ」

 丞が簡単に紹介すると、志熙はアルラウドに軽く頭を下げた。

「──なるほどな、確かに顔形はよく似ている」

 線の細い端麗な顔立ちは玲熙と志熙に共通するものであり、髪の色さえ漆黒に変えれば、おそらく兄弟と言っても通用するだろう。

 玲熙から幼さを払拭し、さらに怜悧な印象を与えれば、志熙のような雰囲気になるかもしれない。

 玲熙には庇護欲をそそる儚げな印象があったが、志熙からは弾き返されそうな強さを感じる。

 低く呟いたアルラウドは、剣呑な眼差しで志熙を睨みつけた。

 どうやら志熙を見て気圧されてしまった事が、彼の高いプライドをいたく傷つけたらしい。

 ギリシャ彫刻のように秀麗な顔には、かなり不機嫌そうな表情が浮かんでいた。