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舞の贄



<33>



 鮮やかな紺碧の双眸を険悪に眇めたアルラウドは、顔を引きつらせた融を一瞥した。

「ほう、俺がドラキュラだって?
 言っておくが、俺は昼間に出歩けるし、信じちゃいないが一応クリスチャンなんだがね。
 だから、十字架だって平気だ」

「だ、だったら、ニンニク食えるのか、あんた?」

 強気な口調を崩さないまま、融はテーブルの上のタタキを示した。

 アルラウドはちらりとタタキを見やると、ふんと鼻を鳴らし、そのままテーブルにつく。

「──タスク、ナイフとフォーク」

 まるでウェイターに命じるように傲慢な口調で言い、アルラウドが片手をひらひらと振る。

 こういう時は何を言っても無駄だと承知している丞は、黙ってナイフとフォークを渡してやった。

 ニンニクが散らされたタタキを、アルラウドは小皿により分け、優雅に食事をし始める。

 食い入るようにそれを観察していた融は、次第に顔を青ざめさせていった。

「──この俺をよりによってドラキュラ呼ばわりするとはな。
 許し難い罪だぞ、小猿」

 一旦手を休めたアルラウドは、凍えるような鋭い碧瞳で融を睨みすえた。

 その視線に怯えた融は、引きつった笑みを浮かべ、助けを求めるように丞の腕にしがみついた。

 その様子を眺めながら、アルラウドはすっと双眸を細めた。

「貴様には仕置きが必要だな──さて、どうしてくれようか?」

 優雅に首を傾げたアルラウドは、嘲るように薄く唇をつり上げた。

 不気味なほど冷たい眼差しに見据えられ、丞にしがみついたまま、融は金縛りにあったかのように身体を硬直させた。

「おい、タスク──リーファンの代わりに、こいつを俺の下僕にするぞ。文句は無いな?」

 アルラウドの言葉を聞き、融がげっと呻いた。

「ちょ…ちょっと待て! 悪かったってば──ただの冗談だったんだよ」

「この俺を侮辱しておいて、冗談ですむものか、バカめが。
 とりあえず肩でも揉め、小猿」

「ふざけんな! 何で、俺があんたの肩揉みをせにゃあならんのだ!」

「やらないなら、鞭打ちにしてやる」

 アルラウドの双眸は残忍な三白眼になっており、それを見て震え上がった融は、そそくさと立ち上がって彼の肩を揉み始めた。

「──それより、アル。何か聞き出せたのか?」

 アルラウドの悪ふざけを黙って見守っていた丞は、思い出したように訊ねた。

 意地の悪い微笑を唇に浮かべたアルラウドは、丞にうなずいて見せた。

「ああ、その被害者の事を少し。
 いつもの事だが、俺に声をかけてくる女は多くてな──最初は写真を見せられても思い出せなかった。
 その女も、そんなに特徴のある顔じゃなかったし……。
 ただ、一人だけしつこい女がいて、一晩付き合ってやったんだ。
 彼女は英語が結構話せたからな。
 死んだのは、どうやらその女だったらしいぞ」

「……女の敵だ」

 とてつもなく簡単な説明をアルラウドがした途端、肩を揉まされている融が苦り切ったような声で呟いた。

「下僕は口を挟むな。
 ──とにかく、彼女はその事で昨夜恋人と大喧嘩をしたらしく、男の方は夜中に飛び出していった。
 しばらくしてから、彼女が男を捜しに出たのが目撃されている。
 最後に彼女が目撃されたのは、午前1時だったらしい」

「ということは、午前1時までは、彼女はまったく問題無かったわけだな」

 考え込みながら丞が呟くと、アルラウドは大きくうなずいた。

「彼女が健康だったのは、この俺が保障してやる。
 一晩で四、五回は孕みそうな勢いだったからな」

 平然とアルラウドが言った途端、それを聞いていた玲熙と融の顔が真っ赤になった。

 一人平静なままアルラウドの言葉を聞いていた丞は、眉間に皺を寄せて訊ねた。

「その飛び出していった彼氏の方は見つかったのか?」

「いや、目下捜索中らしい。
 彼女は午前4時半から5時半の間に死亡したんだが、俺もアリバイを訊かれたぞ。
 殺されるような女、抱かなきゃよかったな」

「……そういう問題じゃないだろう、アル」

 呆れたようにたしなめた丞は、冷静な声で訊ねた。

「それで、おまえは何と答えたんだ?」

「タスクの家に泊まっていると言ったぞ。
 その時間は眠っていたから、まったく何も知らんとな。
 だいたい、そんな早朝に起きだしている人間の方がどうかしている」

 自分の事を棚に上げて、ぬけぬけとそう言い放ったアルラウドに、丞は厳しく光る琥珀の双眸を向けた。

「おまえが海で泳いでいたことは?」

 その途端、玲熙が青ざめた顔で息を飲み、その様子を見やったアルラウドは、軽く肩をすくめて見せた。

「そんな事を言えば、俺が怪しまれるだけだろう。
 まあ、後の事は他の下僕連中に命令してきたから、あいつらがどうにかするだろう。
 働かないヤツは、解雇処分にしてやる」

 アルラウドは低く響く声で笑いながら言った。

 その言葉が決して冗談ではない事は、彼の冷ややかに輝く蒼瞳を見れば明らかだった。



 その夜、さすがに疲れているのか、アルラウドは早々に床に付いた。

 ホテルには帰らないと散々ごねたあげく、とりあえず居候させろと言い出したのである。

 まるで死んでいるかのように深い眠りに落ちているアルラウドを見やり、丞は小さくため息をついた。

 沖月島に来てから、アルラウドが散々我が儘を言っているのは確かだったが、あの爆発事件以前に比べれば、格段に精神状態は安定しているように見える。

 あるいは、自分の過去を知る者が、丞しかいないことに安心をしているのかもしれない。

 今のアルラウドは、故意に人を傷つけたり、陥れたりすることを考えていないように見えるが、かつて暗い陰謀に明け暮れていたことを思えば、それは驚くべきことだった。

「──おまえが、今度の事件に関わっているとは思いたくないが……」

 誰もが見惚れる美貌の少年は、その内面に暗く荒んだ闇を抱えて生きていた。

 二人が出会ったのも、アルラウドのほんの気まぐれから。

 その気まぐれから始まった関係が、まさかこれほど長く続くとは思わなかった。

『おまえは、俺のたった一人の友達だ──だから、俺を絶対に裏切るな』

 高飛車に言い放ったアルラウドの瞳は、傲慢な態度とは裏腹に、不安と孤独の色に彩られていた。

 突っぱねてしまえば、これほどの面倒を抱え込むこともなかったのかもしれない。

 だが、心細げに救いを求めている本心が見えてしまったから、丞はアルラウドを拒絶することができなかった。

 寂しさを抱える心を押し隠し、尊大な君主のように振る舞うアルラウドに同情した──そう言えば、本人は怒り狂うのだろうが、何となく可哀想に思ったのは事実だった。

「──玲熙と、似てるか……? おまえの方が全然可愛げが無いが──」

 ふと玲熙が口にした言葉を思い出し、丞は淡く微笑を浮かべた。

 初めて触れた玲熙の唇は、驚くほど甘く感じた。

 同性とは思えないほど細い身体は、力を込めると折れてしまいそうなほど華奢だったが、舞を舞っているだけあって柔らかくしなやかだった。

 自分の性癖はヘテロセクシャルのはずだったが、玲熙に関してはその辺の境界がどうも曖昧になるらしく、欲情するままキスをしてしまった。

 拒まれれば冗談で済ませたのだが、震えながらすがりついてきた身体がひどく頼りなく、そして愛おしく思え、丞は引き返すことができなくなっていた。

(──玲熙……俺が何を考えていたかを知ったら、おまえはどうするんだろうな)

 もし融がいなければ、あの場で玲熙を押し倒し、優美でしなやかな身体を犯していたかもしれない。

 男同士のセックスは、幸か不幸かアルラウドとつるんでいたために経験があり、ほとんど抵抗感は無かった。

 積極的に男を抱くことは無かったが、それでも請われれば、身体を繋げた事は、日本に戻ってからも何度となくあった。

 自分から抱きたいと思うのは、玲熙が初めてだったが──。

 電灯の消えた天井を見上げていた丞は、琥珀色の双眸を閉ざし、はにかむように微笑んでいる玲熙の優しい笑顔を思い描いた。